5章:堕ちゆくフ女子は何を願う
5-1
「おはようございます……」
「一番下っ端の癖に最後に入って来るなんていい身分だナ」
日課の朝清掃を終えてあくびを噛み殺しながら会議室に出勤すると、早速メイさんに嫌味を言われてしまった。
「メイさんこそ朝からちゃんと座ってるなんてすごいじゃないですか。
早起きもお手の物ですね」
「ふふん、流石だロ、もっと褒めていいゾ♪」
僕に褒められたのかと思ったメイさんが居丈高に上を向くと、それを見て向かいの理子さんが手で口を覆う。
「ぷぷ、皮肉ですよ」
「呀ァン!? そうなのか湊徒」
「ま、まさかぁ」
「はい、その辺にしたまえ」
僕たちは社長のひとことで、まるで教師に注意された児童の如くしゃん、と背筋を伸ばした。
ひろしくんを見送ってから数日が経過していた。
心配された協会からの圧力もなく平和に、何事もなく時間は流れる。
逆に言えば、仕事が無く暇だということ。
そんな状況を憂慮してか、今日は朝イチで会議という訳だ。
「それでは始めようか。まずは今月の収支見込みから」
社長が音頭を取って議事を進行する。
理子さんが社の現在の財政状況をタブレット片手に皆に説明し始めた。
その説明の内容を全て理解することは難しかったが、そんな僕でも現状赤字であるということは理解できた。
協会がらみでの影乃さんの転生、ひろしくんの空振りというタダ働きに加え新規の転生依頼も今のところないことからそれは想像に難くない。
「ふむ、やはり新規顧客の獲得が急務だね……とは言え結界の条件を緩めるわけにもいかない」
「ネットにもう少し噂を流しておきます」
「うむ頼むよ。うちは業態上リピーターを望めない以上、新規が全てだからね」
「え、ちょっと待ってください、もしかして僕がここに来るまでに必死に調べて回った情報とかって、理子さんが意図的に流してたってことですか?」
僕はまるでドッキリのタネ明かしされた瞬間のように、今されたやりとりに食いついた。
「いえーす。もっとも全部が全部リコが書いたものではありませんが」
この会社の存在を見つけた時は自分の検索力の高さに感心すらしたものだが、まさかそれが本人たちによって流されていたものだったなんて驚きだ。
「所在地などを特定されないように宣伝するのは結構難しいですけど、そういう意味では『〇〇駅』のような都市伝説なんてものはとても都合がいいですね。
こういったオカルト系の噂話に尾ひれを付けて流してやれば、あとは勝手に拡散してくれます」
「な、なるほど……」
詳細を隠しつつ存在を意識に根付かせる手法として、ネットはもってこいの手段だ。
異世界転生もネットの時代、同業他社もいる中で情報を制する者がビジネスを制するのだと膝を打つ。
「それで釣れたのがオマエネ。
まったく、下等種族の人間を誘導することなんて簡単ヨ」
「わかったような口ぶりですが、その時メイは絶賛帰宅困難者なのでした。
あ、帰社困難の間違いでした」
鼻息を荒くしたメイさんだったが理子さんに再びからかわれ、無言で立ち上がる。
口には出さずとも『表出ろ』という意図は十分伝わってきた。
「座りたまえ」
しかし間髪を入れないタイミングで社長に叱責され、しおしおと着席する。
僕は『どんまい』のつもりで目配せをするが、逆にお前のせいだと激しく睨まれてしまった。
「話を戻そう。
という訳で今弊社の喫緊の課題は新規顧客の獲得だ。
悩みを抱える人々の深層に訴えかけるのもいいアイデアだ。是非継続すべきだと思う。
しかし、今私たちに必要なのは即効性のある実績だ、わかるね?」
しばし考えたが僕にはさっぱり思い浮かばず、周囲を見渡しながら肩をすくめた。
「はい」
「理子さん分かるんですか?」
理子さんは少しは考えろと言わんばかりの呆れ顔で答えてくれた。
「スカウト営業ですよ。以前湊徒にやったように」
理子さんの言葉に僕は初めてこの会社に来た時のことを回想する。
あの時は確か……。
「あっ、おっぱい占い!」
思わず声を上げてしまった。
パイコメトリーを使えば、資質のチェックと勧誘を同時にできるという訳ですね」
「うむ、理子君にはそのお──コホン、バストの力で有望な若者を是非勧誘して欲しい」
エロに訴えかけることはビジネスの常套手段だけど、それを社長が部下に命じるなんてちょっとセクハラすぎやしないだろうか。
まあ、それだけ会社の危機なのかもしれないが。
「でもそんなヤバいやり方しなくても、メイさんが触れれば分かるんですよね?」
「ウチに触れていいのはかわゆい女子だけネ。
イカ臭いオスの手握るなんて御免だし、そもそもウチがそんなことに協力すると思うカ?」
「いえ全く」
自分で疑問を投げかけておいてなんだが、想像通りの回答だった。
メイさんの奔放さは僕だってよくわかっている。
「具体的には、人通りの多い繁華街でリコが路上占いをします。
胸の谷間に手を挿入できるとなれば、行列は不可避。
そこで有望株を見つけたら弊社にご招待するという訳です」
「ヤバいキャッチ丸出しじゃないですか。普通に通報されますよそれ」
名案を披露するみたいなニュアンスでトンデモアイデア出してる理子さんも相当ズレている。
だいたいそんな真似できるなら転生させるより儲かりそうなものだ。
「フン、デカチチがデッカチチ使ってオス集めとは……落ちたナ」
さっきの仕返しだろうか、メイさんは鼻息荒く理子さんを挑発するが彼女は歯牙にもかけていない様子で、悔しそうに唇を噛んでいる。
なんにしろいい方法を考えないといけない。
「ともかく地道にやりましょう。
占い……、占いか……」
そこで僕はSNSで聞きかじった情報を思い出し、スマホを手に取る。
「あった、これで行きましょう!」
僕がそう言ってスマホをかざすと、一同が小さな画面を覗き込む。
「占いカフェ……?」
「そう、最近シブヤにできた占い好きが集まるカフェで、無料を条件で客同士が互いに占い合うことができるんですよ」
「ふむ……こういった場所は悩みを抱える若者も多く来るだろうし、無作為に街頭で行うよりは確率が高そうだね。
では、このプロジェクトは湊徒君に任せよう」
「はい、がんばります!」
「ハッ単純バカ」
僕が元気よく返事するとメイさんが早速皮肉ってきた。
彼女の機嫌が悪く全方位に撒き菱を撒いているのだって、早朝だからという単純な理由のくせに。
尤も僕だって、上司に『任せる』と言われ一人前に張り切ってしまう、彼女の言葉通り単純な人間だ。
「ではどうするね、湊徒主任」
「はい、それじゃ僕と理子さんでその占いカフェへ早速行ってみようと思います。
理子さんもそれでいいですか?」
「……まあいいでしょう。他に案も無さそうですし」
社長に乗せられてやる気満々の僕に対し、理子さんはあまり気乗りしなさそうな返事だ。
「それではお昼過ぎに着けるように各自準備するってことで、失礼しまっす」
僕は言うが早いか軽トラ『エクソダスコフィン』の整備と点検のために会議室を出て行った。
この時余程張り切っていたのか、無意識にスキップしていたことを後に指摘され赤面することになる。
──
「……どう思うかい? 最近の彼は」
3人だけ残った会議室で、狂咲は不敵な笑みを浮かべる。
「良くも悪くも、我々に新しい顧客をもたらしてくれそうです。
過去2回、彼はリコたちとは違う価値観で自ら顧客を連れて来ました。
残念ながらいずれも利益にはつながりませんでしたが、この調子ならいずれ……」
「ふっ、そうだね……ではまだ静観だ」
「イヴ様、始末はウチに任せてネ♪」
いつもと変わらず眉一つ動かさず淡々と答える理子に、不穏な発言をする蝋梅。
窓から差し込んできていた明るい朝日を雲が遮った。
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