5-2

「わあ、こういうとこ歩くの久しぶりだぁ♪」


 ワントーン高い喧騒とビビットな空気に彩られた空間は、若さというエネルギーで溢れていた。

 僕たちは若者たちが闊歩するセンター街を縫うように歩く。

 こうして人混みを掻き分けながら移動することは普段なら鬱陶しいだけだが、最近こんなことは全くなかったせいか懐かしさすら覚える。


「湊徒、キョロキョロしながら歩くの止めてくれますか。地方民感まるだしで恥ずかしいです」


 理子さんは興味深げに周囲を見渡す僕に冷ややかな視線を向ける。

 しかし、その割にいつもより両者の距離が近いことが気になった。


「でもそんなこと言って、腕でも組みたそうですけど?」


 更に距離を詰めて来た理子さんに歩調を合わせる。

 肩を並べて歩きながら僕は満更でもない感じで肘を張ってみせた。


「ちょっと黙ってくれますか。なんかその浮かれたトーンが気に障るので」


「はい……」


 しかし理子さんの態度は冷たいままだ。

 なぜそんなちぐはぐな態度を取るのか僕にはさっぱりわからなかった。


「お姉さんちょっといいですか、私こういう者なんですけど、すごくスタイル良いですよね、もしかしてモデルさん?」


 すると通り過ぎた店舗の陰から軽薄そうなスーツの男性が近づいてきて理子さんに話しかけてきた。

 理子さんはそれを一瞥すると一礼だけして、足を止めることもない。


「今のってもしかしてナンパですか……?」


「多分スカウトです」


「マジですか!? すげ、そういうのホントにあるんだ……おうっ!」


 眉一つ動かさずしれっと答える理子さん。

 元より表情筋が機能不全な彼女だけど、それ以上にもう慣れっこだという感じも伝わってくる。

 僕はそんな理子さんにちょっとあてつけがましく大きめの声で反応したら、たちまちみぞおちに肘鉄が飛んで来た。


「だからその地方民ムーブやめてくださいって言ってるでしょう。だいたい湊徒がもっと親しくしないから変なのが話しかけてくるんですよ」


 なるほど、理子さんの距離が近いのは単なる弾避けだったのかと空を仰ぐ。

 とは言えそれでも頼られている気がして、少し嬉しかった。


「ねえねえ、事務所とかってもう決まってるの?」


 そんなことを考えていたら、また新手のスカウトが貼りついた笑顔で近づいてきた。

 僕がすかさずその間に立ちふさがると男は舌打ちして去っていく。


「写真集出してみない? コスプレとか超似合いそうだなあ」


「お姉さんだったら月300余裕で稼げるけど、どう?」


「イメージビデオとかグラビアって興味ある?」


 それから何人ものスカウトに同じように話しかけられては、その度に僕は弟や友達を装って追い払った。

 彼氏ヅラするとまた肘鉄をもらうのでそれは遠慮したが。


 すっかり目が慣れてしまっていたけど、社長をはじめ会社の従業員全員とんでもない美人であることを改めて思い知らされた。


「しっかしすごいですね、こんなにスカウト来るなんて……」


「何か言いたそうですね、いいですよ言っても」


 奥歯に物が挟まったような言い方になってしまったのか、理子さんが僕の本心を訪ねて来た。

 言うべきか言わざるべきか……悩んでいたがそれよりも前に先に口が動いてしまっていた。


「なんかスカウトのジャンル……偏ってません……?」


 そう、話しかけてくるほぼ全員が理子さんの谷間の大きく開いたバストにロックオンしているのだ。

 となれば、必然的に誘われるのはグラビアやセクシー系ということになる。

 それだって十分名誉ではあるけども。


「どうせアイドルには誘ってもらえませんよ」


 そう言って理子さんはぷいと顔を背ける。


「そんなデカチチ渓谷見せびらかしてるんだから、アダルトじゃないだけマシネ」


 すると不意に頭の上からケタケタという笑いと軽口をたたく声がした。


「メイさん、どこいってたんです? 迷子になったらどうするんですか」


「フン、首輪みたいに発信機持たせといてとんだ言い草ネ」


 メイさんはフワフワと上空を漂いながらアカンベーをしている。

 そもそも今日彼女は僕たちに同行する予定はなかったのだが、出発時に面白そうだから、と勝手についてきたのだ。


「もうお店すぐそこですからあまり離れないでくださいね」


 首が痛くなる角度で上空のメイさんに声をかける。

 彼女は自分にだけ認識阻害魔法をかけているので、傍から見れば僕は虚空に話しかけているヤバい人にしか見えない。


「誰が店までついて行くと言った? ウチはかわゆい女子を探しに行く」


「あっ、メイさん──行っちゃった」


「放っときましょう。どうせ邪魔しかしません」


 こっちはこっちでメイさんには構わずスタスタと歩いて行ってしまう。

 僕はメイさんの飛んで行った方向と理子さんを交互に見ながら頭を掻きむしった。


「もう少しですね……あ、次の角左で」


 スマホで位置情報を確認しながら、少し先を歩く理子さんに指示を出す。

 スカウト連中は中央通りさえ抜ければあとは大人しいもので、僕たちはすぐに普段通りのディスタンスを回復させた。


「『占いカフェ、デスティニー』……うん、ここで良さそうですね」


 そこは人気カフェというプロモーションからは程遠い外観の雑居ビルの一角で、入り口は演出なのか古い木製の手動扉だった。


「じゃ、入りますよ……」


 緊張しながらノブを回すと、ギィ、という湿った軋む音がしてドアが開く。

 僕は唾液をひとつ飲み込んでその中へ踏み込んでいった。


──


「はぁ……」


 湊徒と理子が入っていったビルからほど近いビルの屋上。

 そこには力なく肩を落とした少女の姿があった。


 よれたパーカーにジャンパースカート姿で、起き抜けのようなすっぴん顔にセットした形跡のないマッシュボブの髪。

 首にかけたヘッドホンからは独特な甲高い声の歌が流れている。


「もう無理、辛い……」


 少女はふらふらとおぼつかない足取りで屋上の端まで来ると、徐に転落防止柵に手をかけた。


「くるみは新しい世界へ旅立ちます……」


 そして柵を乗り越えると屋上の更に端へ。

 もう彼女のつま先は空中にあった。


 ビル風が強く吹いてスカートのすそを躍らせる。

 あと半歩踏み出せば、彼女の身体は十数メートル下のアスファルトへ叩きつけられるだろう。


「さよなら……」


 そう言うと少女は目をつぶり体重を中空へ預けた。


 瞬く間に重力に引っ張られ落ちていくかに見えた少女の身体だったが──


「~~……!!?」


 落下は何かによって防がれ、まるで抱き抱えられるようにふわふわと中空に浮いている。


「え、まってウソ、天使!?」


「……? オマエ、ウチが見えるのカ?」


 少女を助けたのは偶然居合わせたメイだった。

 お姫様抱っこされた少女は彼女と目が合い感涙した様子で、手で口を覆い質問に何度も頷いている。


「見える……羽が生えた……すごい美形……」


「へえ……オマエ見る目あるナ。どうせ死ぬならウチが喰ってやろうカ?」


「……はい♪」


 そこでメイは眼下が騒がしいことに気付いた。

 地上からは少女がひとりで浮いているように見える為、気が付いた人々が撮影しようとスマホをふたり(ひとり)に向けているのだ。


「ウザ、場所変えるヨ」


 そう言うとメイはビルの谷間に少女を抱えて飛んでいくのだった。

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