5-3

「参ったな……どうしようか」


 『占いカフェ デスティニー』の入口扉を力なく閉めると、浅いため息をついた。


「さすがに路上で占いは……嫌、ですよね……?」


「…………」


 理子さんはふくれっ面で黙り込んだまま口をきいてくれない。


「公序良俗に反することだからダメなんじゃないですか? 湊徒もそう言ったでしょう」


「怒らないでください、店員さんも誤解しただけですって──あ、待って……くそ、ちょっと考えれば予想できたことなのに……!」


 そしてようやく口を開いてくれたかと思えば刺々しい受け答えだけで、さっさと雑居ビルを出て行ってしまった。

 そんな理子さんを追いながら僕は、自分の軽率さに臍を噬む。


 しかしながら彼女がご立腹なのは、店内でのやりとりから無理もないことだった。

 店に入ると僕たちは店内で利用料金代わりのドリンクを頼んで、ブースを借りた。

 それはちょうどおひとり様用のラーメン店のような仕切りが設けられた対面二人掛けのテーブルだ。

 すると早速希望する女性が理子さんの向かいに座って占いを始めたまではよかったが、その方法に戸惑った女性が店側に申し出て、取り付く島もなく追い出されたという訳だ。


「やっぱり胸の谷間に手を入れる占いなんて怪しむのが普通か……」


 とは言え提案してここまで来た手前、なにも収穫無しで逃げ帰ればもう信用を失って、二度と仕事を任せてもらえないかもしれない。

 そう考えると急に焦りが出て来るものだ。


 理子さんはと言うと、ビルを出てからすぐにその裏手へ入って周囲を見まわしている。


「あの、なにか探してるんですか? 別に特別なにも見えませんけど」


 それからも雑居ビルの隙間などをしきりに見て回っていたので、僕も一緒になってビルの隙間を覗き込んで、なにをしているのか尋ねた。


「ちょうどいい大きさできれいめの段ボールです」


 そう言うと理子さんは適当なゴミを持ち上げてはポイしている。


「段ボールなんてどうするんです? あ、わかった、路上で占いするために椅子と机を用意するんですね」


「半分正解です」


「半分? じゃあ──」


 僕も一緒になって、きょろきょろとゴミ捨て場や店舗の裏を探して歩く。

 段ボールなんてすぐ見つかるかと思っていたけど、意外とないものだ。


「ブラインドボックスにします」


 そう聞いてもピンと来ず首を傾げる僕に、理子さんは胸の前で四角い箱をジェスチャーする。


「リコは後ろ側が切り抜かれた箱を抱えて、中に手を入れてもらうんです」


「あーなるほど、確かにこれなら箱に手を入れて占っているように見えるかも……」


 言いかけて、アイドルなんかが箱の中の生き物やこんにゃくを触って悲鳴を上げるバラエティ番組が脳裏に浮かんだ。


「ぷっ……」


「なんで笑ってるんです(怒) 早く箱探して」


「誤解ですってば~」


──


 時はそれよりも少し遡る。

 少女をお姫様抱っこしたメイは人気のない路地裏に着地した。


「あ、あの……食べるって、その……エッチな意味で……?」


 そう言って見上げる少女に恐怖の色は微塵も見えない。

 寧ろその頬は紅潮し目は潤んで、まるでそうなることを期待しているかのようだ。


「ふーん、ソッチ? それもいいガ……ちなみにそう言って逃れようと思っても無駄ヨ。ウチは女子専だからナ」


 メイはそう言って少女を見下ろし卑下た笑みを浮かべると、舌なめずりをした。

 血のように真っ赤な舌がちらりと覗いて、妖艶と言う言葉がぴったりはまる。


「エッグい程エッチなコトしたあと、精気をすすってヤル」


「ふぁっ……、初めての百合プレイが天使様だなんて、すてき……。ああのボク、誰ともしたことが無いんです、それってその、美味しい? んですよね?」


 少女はメイの言葉に目を輝かせて妙なことを口走っている。

 メイはこの奇妙な空気に居心地の悪さを覚えていた。


「ウチは処女の血好む妖怪でも天使でもなくて悪魔。この羽見て天使だと思うカ普通」


「ボクには光ってて綺麗な翼に見えます」


 その言葉でメイは、羽の形状までくっきり判別できる湊徒とこの少女では『こっちの世界』に対する理解や順応の素養が違うのだと知った。


「……まあいいかそんなコト。それよりこっちネ」


 メイは少女の身体を下ろし、ビルの壁に押し付け自分と挟み込むように陣取った。

 そしてフードを捲ってヘッドホンを剥ぎ取ると、少女の生白いうなじが露わになった。

 少女は固く目をつぶっているが、恐怖ではなく初体験の緊張のようだった。


「くっくっく。久しぶりの精気……」


 今にも少女の首筋に噛みつかんとしたとき、年恰好の割に細い首と浮き出た鎖骨が目に留まる。


「…………あ、あれ?」


 これからどんなことが起こるのか期待に胸躍らせた少女だったが、いつまで待ってもなにも起こらず、とうとう固く閉じた目を開けた。


「オマエ貧弱だし風呂入ってないだロ」


「えっ……?」


 メイにそう言われた少女は自分の痩せて薄い胸を隠した。

 途端に暗い影が彼女の顔を曇らせる。


「……決めた。来い」


 しばし動きを止めていたメイは、今度は急に少女の手を取り歩き出す。


「呀!? マジか……」


 ──が、数歩歩いたところでその足をぴたりと止めてしまった。

 振り回されっぱなしの少女は困惑するばかりだ。


 そしてメイは180度ターンして少女の顔を覗き込んだ。


「……オマエ、転生希望者だったんだナ」


──


「理子さん、この箱なんかどうですか?」


 僕は畳んだ段ボールを四角く戻し、理子さんに向かって放り投げる。


「そうですね……大きさも汚れも問題ないですが、ちょっと薄いですね。これだとおっぱいに沿って歪みそうです。リコのは横にもおっきいので」


 それをキャッチした理子さんが、再び畳んで立てかける。

 もうこの作業をかれこれ20分くらいは続けているわけだけど。


「理子さん、そもそもゴミじゃなくてちゃんとしたもので考えた方がいい気がするんですけど。百均あたりでプラ製のかわいい衣装ボックスとかいくらでもありますよ


 僕はこんなことをしている時間が無駄過ぎると言いかけて、そこは言語化せずに提案だけに留める。


「ふう……それ、もっと早く言ってくれませんか。無駄な時間と労力を費やしちゃったじゃないですか!」


「で、なんで怒ってるんですか。言い出しっぺでしょ!」


 どうやら理子さんも無駄だと思ってたようで八つ当たりされてしまった。

 僕の立場理不尽過ぎませんか。


 愚痴をこぼしたいのも山々だけど、まあそもそもの原因を作っているのだから仕方ないかと諦めることにした。

 前向きに行こう、うん。


「じゃあ、百均探しましょうか」


 僕は膝の煤をぱんぱんとはたいて、薄暗い路地裏から煌びやかな表通りへ歩き出す。

 するとすぐに賑やかな喧騒が聞こえてきて、ここは繁華街の中心地であることを思い出す。


「中央通りは避けてください」


「はいはい」


 こちらとしてもまたあのスカウト攻めは御免だから、素直に中心から外れた地点に進路を取ったその時、理子さんのスマホが鳴った。


「社長ですか?」


 僕が訪ねると暫く会話した理子さんがスマホをしまい、呆れたように言った。


「依頼人、見つかったみたいです」


「……え?」

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