5-4
僕たちは半信半疑のままメイさんに指定されたドーナツ店へ向かう。
なんだか釈然としない様子の理子さんは、僕が訪ねても首を振るばかりだ。
「でも依頼人見つかってよかったですね。理子さんも路上占いせずに済んだことですし」
「ふーん。なら最初からメイとふたりで来ればよかったんじゃないですか」
「またそうやって怒る~、僕なにかしました──ってあ、ちょ」
「ぐずぐずしてると置いて行きますよ」
つっけんどんな態度でさっさと先へ行ってしまう理子さんを早歩きで追いかける。
大体いつもこんな感じではあるが、今日はいつにも増して風当たりが強いような気がする。
そうして僕と理子さんはドーナツ店に到着した時には早歩きにも拘らず、実距離よりも少し長い体感を要していた。
「あ、いたいた……依頼人ってあの人かな」
適当にドーナツを選んでトレーに乗せ料金を払うと、店内をうろつく。
すると窓に向いたカウンター席にメイさん、そして隣にパーカーを着た小柄な人が座っている。
「お待たせしました」
先に彼女らに声をかけたのは理子さんだった。
「ふぉおっ! まって女神超きれい!」
するとパーカーの女性がやや大げさに立ち上がって今にも泣きそうな顔で両手で口を隠している。
それが想像以上に大きな声だったので周囲の客が数人、何事かと振り返った。
「はい、それはどうも」
しかし理子さんは、そんな状況でも眉一つ動かさない相変わらずの対応だ。
「あ、えぇと……こちらがその」
僕は店内に発生した変な空気を散らすように両者の間に割って入り、名前を確認しようとメイさんの方をちらりと窺う。
しかし彼女はしばし中空に視線を遊ばせた後、急に気がついたように目を丸くした。
「あ、名前聞いてなかったヨ」
「えぇ……今更ですか」
「仕方ないネ、最初はコイツ食べるつもりだったからナ。湊徒だって今まで食べたパンの名前なんて気にしたことないだロ」
「例えが微妙に間違ってますけどね、一体なに見たんだか……」
そう返して、もっと不自然なところに気が付いた。
「食べるってなんですか?」
「そのまんまヨ。捕食」
メイさんはそう言って眼を赤く光らせた。
そうだ、彼女はサキュバス。人間の精気を糧にする悪魔だったことを思い出して言葉を失ってしまった。
「くく、くるみ……
僕の不用意な一言で更におかしくしてしまった場の空気をフードの彼女、瀬戸胡桃さんが引き戻してくれた。
「……あ、どうも。えと、僕は向湊徒。こっちは理子さんで……まさかメイさん自分も名乗ってない?」
「パンに自己紹介しないだロ」
そんな非常識なことをさも当然のように言わなくても。
「はいはい、えーと……メイさん」
「メイさまにリコさま……素敵なお名前です……」
胡桃さんは目を輝かせて女性ふたりを交互に眺めては溜め息をついている。
というか、さっきから散々な扱いを受けているのに気にも留めていないのはなんでだろう。
「いつまでつっ立てるんダ、とっとと座レ」
僕はメイさんの横へ、理子さんは胡桃さんの横のカウンター席へ座ったが、4人横並びだと一番向こうの理子さんまで結構距離があって喋りにくい。
対面席に席移動してもらった方がいいかなとも考えたが、店内の空席にそんな余裕も無さそうだし、なによりこれ以上目立ちたくないという意識が強かった。
「それで、胡桃さん──」
「……胡桃さん?」
メイさん越しに胡桃さんに話しかけようと首を振って目が合うポジションを探すものの、さっきからずっと彼女と視線が合わないし、呼んでも返事が返ってこない。
「どうかしたのカ?」
今度はメイさんが胡桃さんに話しかける。
すると僕にも聞こえないくらいの小声でなにか話しているようだけど。
その直後、メイさんが頬をおたふくのように膨らませて僕に振り返った。
「ぷ、くく……湊徒、オスとは喋れないって」
「えぇ!?」
そう言いながら吹き出しそうになるのを必死に堪えているが、その目だけで十分抱腹絶倒している。
「あぁわ、悪気は、ありません……苦手な、だけで」
つい不満げに声を荒げてしまった僕に胡桃さんは必死に弁解をするが、その間も顔はこっちを向いていない。
「あぁいや……僕こそ大きな声を出してごめん。それじゃあとは理子さんお願いします」
僕と目を合わせなかったのは、やはり気のせいではなかったみたいだ。
落胆を隠すように窓の外に視線を移すと、席も4人の端だし最早隣に座っただけの他人のような疎外感を覚える。
「メイ、さっきは食べるとかなんとか言ってましたけど、この子どうやって見つけて来たんですか?」
「こいつビルの屋上から飛び降りたヨ」
「え!?」
突然のショッキングな発言で僕が声を出したと同時に周囲の客たちも次第にこちらを気にし始めた。
「すいません、続けて。あとトーンもう少し抑えて」
そんな周囲を察してか、理子さんは手の平を下に向けて下げるジェスチャーをした。
流石と言うか相変わらずと言うか、この程度のことでは驚いたりはしない人だ。
「ウム、そこに偶然ウチが通りかかって、どうせ死にたいなら食ってやろうと拾ったら『資質保有者』だったワケ」
「なるほど、偶然ですね」
「それでもウチの勝ちダナ♪」
「勝負した覚えはないです」
「フフン負け惜しみカ?」
「それであの、ボク……どうなっちゃうんですか? まさかみんなで、とか……ひゃっ///」
すると胡桃さんが不安になったのかふたりの小競り合いに割って入ってきた。
しかしその後すぐに紅潮しフードを被ってテーブルに突っ伏してしまった。
「メイ、彼女になんて?」
「ん? エグエグエッチでメチャクチャにして、その後食ってやるって。ナルホド3■か……イイかもナ」
「だからみんなでって……///、呆れた!」
今度はたまりかねた理子さんが声を荒げた。
僕は訝しげにこちらを窺う周囲に無言でなんでもありませんから、と手で制しながら頭を下げる。
「じゃあまだなにも話してないんですか?」
「その為にオマエたち呼んだんだロ」
「はあ……では、まずは彼女の意思確認からですね」
ひたすら無責任なメイさんに、理子さんはこめかみを押さえ大きなため息をついたと思えば、乱暴にドリンクカップの蓋を開け中身を氷ごと口へ放り込んだ。
無表情だがぼりぼりと氷を噛み砕く様子で彼女の苛々が伝わってくる。
「瀬戸胡桃さん」
氷を飲み込んだ理子さんはふうとひとつ息を吐くと、首を左右に倒す。
よく格闘マンガなどで指を鳴らしながらやるアレだ。
そしてフードを静かに、素早く脱がせた。
「はっ! 女神!」
ボサボサ頭を起こせば鼻先と鼻先が触れそうな距離に理子さんが確認出来て、胡桃さんは再び飛び上がった。
理子さんはそんな彼女に構いもせず、淡々と説明を始める。
「詳細は後程話しますが、あなたは『転生』できる資質を持っています」
「て、てんせい?」
「ここではない世界、あなたの希望の世界で希望の人生を送ることができる資格がある、いわば選ばれた人なのです」
「ヤバ変な宗教キタ、 ホントにいたんだ」
やっぱりそうなるよね……。
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