4-13
「これは……!」
その棚にはたくさんの花と、写真が飾られていた。
花は全て造花で、中央に衣装ボックスが置かれている。
おそらくこれが棺桶だろう。
「まるで祭壇じゃないか……」
言葉を失う僕の後ろで社長がそう漏らす。
表面上はきちんと弔っているように見える。
匂いもほとんどしない。僕はもっと凄惨な光景を想像していたが、目に飛び込んできたものは全く反対のものだ。
「ぼーっとしない、確認しますよ」
理子さんのその声で我に返る。
そうだ、早くまことちゃんを開放してあげなきゃ……!
こちらにも厳重に目張りがしてあった衣装ボックスに手をかける。
が、なかなか思うように手が動かない。
「代わろうか」
社長がそう言ってくれたが僕は首を振った。
辛くてもやらなきゃいけない。
そしてようやく目張りがはがされ、衣装ボックスの蓋を開ける。
「…………!!」
たくさんの花に囲まれた、白骨遺体。
「まこと……ちゃん……!」
呆然と立ち尽くす僕の目の前で遺体が暗闇の中、ぼうっと光を放つ。
その光は遺体から完全に離れると、しばらく部屋の中を周回していた。
これは人魂、と呼ばれるものだろうか。
それを不思議な感覚で見ていると、遠くから声が聞こえてきたような気がした。
それは僕を『パパ』と呼ぶ、よく知っている声。
「……? ひろしくん? なにいってんだよ……」
「湊徒君?」
「なんでさよならなんだよ……これから転生するんだろ……?
幸せになるんじゃないか、なあ、あっ……!」
しばらく部屋を周回していた光が壁を擦り抜けて上空へ消えていった。
「ひろしくんの声が、う、うぅ……ひろしくん……あぁ~……う、うぁああ~~~」
僕は人目もはばからず泣いた。
まるで、かつてここに仲良く暮らしていた幼い双子のように、声を出して泣きじゃくっていた。
「ひろしくん、ひろしくん……! だめだよ……うぅっ……」
社長はうずくまる僕の肩をそっと抱いてくれた。
「彼は転生先で既に命を落としていたんだよ……それで妹のことが余程心残りだったのか、魂だけ帰ってきてしまったんだ。
なんとなくそんな予感はしていたんだが……」
「クソ協会は転生先も勝手に選ぶし、ギフトもありませんから」
「……きっとそんな環境は幼いひろしくんには過酷過ぎたんだ」
「うぅ……ずずっ、それでまことちゃんを探しに帰って……うぅ……」
「最後はふたり一緒に送ってあげたんだ。これで良しとしようじゃないか。
……さあ、長居をしていて面倒なことになってもいけない、撤収しよう」
社長は僕を立たせてくれると、そのまま肩を貸してくれた。
「理子君、私はメイ君と少しやることがあるから、湊徒君を連れて先にエクソダスコフィンまで戻っていてくれないか」
「らじゃー。
湊徒、行きますよ」
「ぐす、あ、あの……まって、まだちゃんと歩けな……」
僕は理子さんにベルトの腰を後ろから掴まれて、余韻も与えられないまま引きずられるように部屋から追い出された。
それから車に戻ってくるまで何を考えていたのか正直憶えていない。
ふたりを救えなかったやりきれない思いと、もしかしたらこれが最善の結果だったのではないかという葛藤でずっとグチャグチャだった。
理子さんは察してくれているのか今まで口を開かなかったが、ハンドルにうつぶせになっている僕に声をかけて来た。
「答えを出そうと思わなくてもいいです。
今は何が正しいかよりも、湊徒がどうしたいかで判断したらいいです」
「……ありがとうございます」
相変わらず理子さんの感情は伝わらなかったが、その言葉から励ましてくれているんだろう。
「リコはもうこんなタダ働きは御免ですけど」
でも結局最後は嫌味を言われてしまった。
しかし、これくらいでちょうどいい。
「待たせたね、さあ帰ろう」
それからしばらくして社長とメイさんが帰ってきた。
「何してたんです?」
「後始末だよ」
あとしまつ……元に戻して痕跡を消してきたのだろうか。
恥ずかしながら僕はあの時とても何か考えられる状態じゃなかった。
計画立案なんて言っておいて何も出来てない自分に鬱々とした気分を抱えつつサイドブレーキを引く。
車を走らせると、間もなく東から空が明るくなってきた。
長かった夜が終わりを迎えようとしていた。
「あ」
頭は悩んでいても体は呑気なのか、唐突にお腹が空腹のサインを出してきた。
「帰りファミレスでも寄って帰りませんか? お腹空いちゃって」
──
社に帰ってきた頃にはすっかり空も明るくなり、街が動き出していた。
僕は車庫から真っ先に会議室のソファで寝ていた子供の元へ向かう。
「やっぱり……ひろしくんはもう……」
まだ寝息を立てているこの子はおそらく、医療拘置所で行方不明になっている男児で間違いないだろう。
各々ひと休みした後、彼をどうやって施設へ返そうか話し合った。
結果、行方不明であることに便乗して迷子として交番へ届け出ることにした。
神隠しで誤魔化そう作戦だ。
それからは各々仮眠をとったりシャワーを浴びたりして疲れを癒す。
僕は自室のベッドに横になってひろしくんのことを考えていた。
「ほんとにこれでよかったのかな……」
理子さんの『僕はやりたいことをやればいい』という言葉を思い出す。
「僕がどうしたいか、か……」
しかし次第に思考はまどろみ、暗闇に落ちていくのだった。
──
「すいません、熟睡しちゃいました」
僕が飛び起きてオフィスに顔を出したのは昼を過ぎた頃だった。
社長ら3人はデスクに集まってなにかに注視しており、僕を一瞥するとすぐに視線を戻してしまった。
「なんです?」
僕もその輪に加わり、社長が持つタブレットに注目した。
「あっ! これひろしくんの……!」
画面には佃議員とその妻がそれぞれ車に乗せられて連行される二元中継映像がくり返し流されていた。
昼のワイドショーでは現役議員の殺人疑惑だと大いに湧いている。
「見出し……『障害を持った長女を虐待死か』になってる」
「うむ、ひろしくんは転生して存在が消えている。
やはり転生そのものは有効だったのさ」
ひろしくんはきっと遠い異世界でもまことちゃんのことを心配していたんだろう。
彼もまた現世に強い未練を持った、この会社では転生条件に合致しない顧客だった。
厳しい条件は転生希望者のためなのだ、利益のために転生条件を緩めている協会とは根本的に違うのだと改めて思った。
「もしかして社長の後始末って」
「もちろん私の素性と経緯を伏せることを条件に通報させてもらった。
虐待の証拠に関しては出版社に送っておいたから、追々明るみになることだろう」
一歩間違えば僕たちも犯罪者になるところを社長が上手く交渉した、ということだろうか……毒を以て毒を制す的な。
「でもいいんですか? またあの理事長怒って乗り込んできませんかね」
佃議員と協会はおそらく利益供与関係にある。
異世界転生が国の事業に侵食していることは疑いようのない事実だ。
「ふっ、そうだね。しかし悪事を働いた者には相応の報いがあって然るべきだ。それにキミたちも多少はスッキリしたのではないかな」
「まあ……それはそうですね」
横柄な蕩山の鼻をあかせたのは気持ちいいけど、これでまたうちに対する風当たりが強くならないか心配だ。
僕は社長のデスクから一歩離れて、スマホを覗く。
画像保存しておいた当時のひろしんの起こした事件の記事を開くと、犠牲になった5人の子供たちは同幼稚舎の通園バスの事故によって亡くなったことになっていた。
異世界転生によって事実は改変される。
それは協会がひろしくんの犯行を隠蔽したことのように、この事象をもし悪用する者が現れたら……?
転生事業の一大勢力である協会の不穏な動きから見てもそれは拭えない。
「僕は、どうしたいんだろう……父さん」
益々理子さんの言葉が頭を反芻し、独り言ちるのだった。
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