第28話 出禁の男 4

 まずは理子さんを捜さなきゃ。

 まさかのバックレは予想外過ぎて意味が分からない。

 玄関から階段を上り、各々の私室のある階へ。


「理子さ~ん、います?」


 彼女の私室をノックしてドアに耳をくっつけた。

 隠れているくらいだから簡単に返事はしないと思うけど。

 静かにノブを回すが、やはりカギがかかっていて扉は開かない。


「もしも~し、これ以上社長怒らせても損するだけですよ」


「湊徒、デカチチ部屋にいたカ?」


 扉をノックし続ける僕に、他の場所を捜索してきたメイさんがふわふわ浮きながらやってくる。

 この感じだと成果はなかったみたいだ。


「いえ、カギかかってるんで中にいるかはわかりません」


「チッ……ウチの手を煩わせたツケとイヴ様に怒られた鬱憤まとめて払ってもらうネ」


「あ、ちょっと待ってください。

ドア壊す前にやってみたいことがあるんです」


 腕まくりのポーズをしながらそこをどけと言わんばかりのメイさんをいったん止めて、僕は指をカギ形に曲げて見せた。


 そしてポケットから出したクリップをまっすぐに伸ばして、針穴に糸を通すように先をちょっと舐めてからドアの鍵穴に挿入する。


「…………おっ」


「開いたカ?」


 メイさんが興味深げに覗き込んでくる。

 しかし直後に不機嫌に表情が歪んだ。


「いえ、細かい作業に集中したら不意に膀胱がムズムズして。

ちょっとトイレ行ってきますね」


 僕はそそくさと理子さんの部屋の前から退散すると、一路トイレへ。


「あれ?」


 こっちもカギがかかって……。

 まさか。


「…………」


 耳を澄ますと、僅かな息遣いが聞こえて来た。


「メイさーん、いました!」


「にゃ、にゃ~ん」


 恐ろしく平坦な猫の声真似、僕じゃなくても見逃さないね。

 往生際の悪い人だ。


「とっとと出てきてくださいよ、僕だけ社長に怒られるの嫌ですからね!

そもそも社長に黙ってろって言ったのは理子さんなんですから」


「デカチチいたカ!?」


「トイレに隠れてました」


「言いがかりはよしてくださいリコはホントにおなか痛いんです。

だからほとぼりが冷めるまでそっとしておいてください」


 まさかの仮病。

 もう細かいのは抜きにしよう。


「メイねえさん、お願いします」


 僕はメイさんにドアの前をどうぞどうぞ、と譲る。

 メイさんは肩をぐるぐる回しながら、ふうとひとつ息を吐いた。


「デカチチ、破片でケガしたらゴメン」


「わかりました出ます出ます!」


 トイレのカギがカチャリと音を立てた。


──


 社長は会議室の最上手に座り、両手を顎の前で組んで座っていた。

 所謂司令官ポーズというやつだ。


「大変遅くなりましたっ!」


 僕は大きめに挨拶をすると、入り口で腰を90度曲げながら入室し最下手に着席した。

 追ってメイさん、理子さんも順に入ってくるが、理子さんはわざと社長と目が合わない場所へ座り、メイさんは如何にもそっち側ですよと言わんばかりに社長のすぐ近くに座った。


「では、聞かせてもらおう」


 社長の雰囲気は想像よりも怒ってなさそうだけど、それが却って怖いともいえる。

 僕は『協会』でどんなことがあって、僕たちが何をしたのかを掻い摘んで説明した。当然、嘘も誇張もなしだ。

 その間も理子さんは、おなかが痛いと誤魔化しつづけている。


「それで全てかい?」


「はい」


「……なるほど、わかった」


 社長は僕の説明が終わるまで一切口を挟まず、その一言だけでしばし考えている。


 次の言葉を固唾を飲んで見守っていると、ゆっくり社長は口を開いた。


「理子君が大半の魔族と反りが合わないことは承知していたし、湊徒君の勉強になればとその魔族ばかりの協会へ行かせた判断をしたのは私だ」


「イヴ様は悪くないヨ、デカチチが全部悪い」


「部外者は黙っててください」


「呀ァ!?」


 やるかと言わんばかりに立ち上がろうとした血の気の多いメイさんの肩を社長が掴んで無理やり座らせる。


「そして、湊徒君の取った行動も、私は道理に反してはいないと思う」


 うちの魔王様は寛大なお方で本当に良かった。

 緊張で口から飛び出しそうだった心臓が、ようやく少し大人しくなった。


「ただし」


「はいっ!」


 安心したのも束の間、お尻に鞭を打たれたように背筋が伸びる。

 唾液を飲みこみながら社長の次の言葉を待った。


「普段から散見されるが、軽率なキミの行動が今回のような事態を招いていることだけはきちんと反省するように、いいね」


「はい、申し訳ありませんでした!」


 僕は立ち上がってもう一度直角に頭を下げた。


「理子君は?」


「……ケンカを売ってきたのは向こうですからね」


 理子さんは社長の顔を見ずにそう返事をした。

 表情筋は相変わらず仕事をしていないが、多分不貞腐れている。


「やれやれ……とは言え、今回は私にも落ち度はあった。

よって懲戒は厳重注意のみとする」


「ありがとうございます! 以後重々留意致します」


 僕は社長の寛大な処置に立ち上がってテーブルが額に着きそうなくらい頭を下げた。


「だから理事長に許してもらうためにも、尻拭いは全力で取り組むことだ」


「やっぱりそうなりますよね……。

う~、殺人犯との面会かあ」


 今度こそ胸を撫で下ろすも束の間で、僕は寒い時のように両腕を抱く仕草をする。

 ほんの少しワクワクもするけど、気持ちの大半は不安と恐怖が占めていた。


「世間を騒がせた人物なんだろう? ジャーナリスト冥利に尽きるじゃないか」


 僕の表情を察したのか社長に痛いところを突かれてしまい、思わず目を逸らしてしまった。


「理子君もいいね、ふたりで責任を取るように」


「ぶー、懲罰はんたーい」


「クックック、精々頑張るネ。

オマエたちが行ってる間、ウチはイヴ様とラブラブしてるヨ」


 口を尖らせる理子さんをメイさんがからかうが、今の理子さんは反撃するだけの元気もないようだ。

 それよりも僕は↑ラ↓ブ↑ラ↓ブのイントネーションの方が気になった。


「そうと決まれば私は面会の手続きを確認しておくから、キミたちも用が無ければ今日は早めに休むように」


 その社長の言葉でこの会議は解散となった。

 僕はすっかり冷めてしまった夕飯の後片付けを済ませて自室へ帰る。


 ベッドに横になると、事件のことを思い出す。

 当時はこの事件で日本中が大騒ぎで、テレビは毎日朝から晩までこの事件のことばかり扱っていた。


 そんな大事件も犯人が転生しただけで記憶から消されてしまうなんて奇妙な話──?

 じゃあ……被害者はどうなるんだろう。


 スマホで当時の記事を開いて画像を保存しておくことにした。

 まだ転生に関してはわからないことが多い。

 今までのことを考えると、転生に直接関与した僕たちだけは一真君やMIYAちゃんのことは記憶している。

 しかし蕩山は影乃さんが転生したことに気付いていなかった。

 魔族には違うルールでもあるのだろうか……。


 そんなことを考えているうちに、意識は暗闇に落ちていくのだった。

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