4-3
「あ……あのっ……」
緊張で喉が詰まってうまく声が出せずにいると、すぐに社長がやってきた。
「蕩山理事長、アポイントも無しに一体どうなさいましたか?
しかし弊社の結界を強引に破って来られるとは、少々乱暴では」
「これはこれは狂咲社長ご無沙汰ですなあ、夜分に失礼します。
はて、結界なぞございましたかな……なにぶん私の車は特別製でして、蜘蛛の巣程度だと気づかずに通過してしまうんですよ。
まあ、それは冗談ですが……」
素行の悪さに釘を刺す社長を歯牙にもかけず、突然の訪問者蕩山は不遜な態度のまま続ける。
「ご存じだとは思いますが、先日そこにいらっしゃる向井さんと貴方の部下の方が当法人へいらっしゃいましてね。
こともあろうに彼らは私どもに狼藉を働いた挙句、うちの大事な職員を連れ去ってしまったんですよ」
だから向(むかえ)だってば。これはわざとだな。
それに狼藉って……うん、まあそれはそうかも。
「職員? 影乃令子さんという方でしたら、ご自身が弊社へ来る決断をされ理事長も承諾してくださったと聞きましたが」
そう返答しながら社長が僕の顔を一瞥した。
まずい……! こんなに早く嘘がばれる日が来ようとは。
しかも蕩山本人によって。
「デアエ、デアエ! イヴ様、危ないから離れるヨ!」
そんな緊迫した空気を鎖鎌の分銅を振り回しながらメイさんが飛びこんできてぶち壊す。
というかそんな物騒な獲物どこから持ってきたんだ。
「貴様はトロール! 如何にも悪そうな顔ネ、美しいイヴ様とは正反対」
「あの、メイさん……そのくらいにしといた方が」
「湊徒こそ、弱っちいヤツはどこか隠れてるネ」
僕と社長の前に立ちはだかるメイさんだったが、社長から肩をポンと叩かれた。
「メイ君」
久しぶりのダークオーラを噴き出したニコニコ社長。
蕩山を睨んだままのメイさんは、この社長にまだ気づいていないようだけど。
「イヴ様、ゴアンシンメサレヨ、こんな木偶の坊ウチが」
「メイ君♪」
「ひゃいっ! え、何? どしたヨ……? カチコミ違うのカ……?」
メイさんは社長のオーラに気が付くと自分が叱られていることに困惑し、振りかぶった鎖鎌をだらりと落とす。
純粋に社長を守ろうとしているだけなのになぜか叱られて、事情を知らない彼女には酷な展開だ。
「……フン、上位魔族サキュバスですか。
さすが元・魔王様、部下の教育が行き届いてますなあ。
そんな甘い態度だから簡単に騙されるんですよ」
しょげるメイさんを見下すように一瞥して放つ蕩山の言葉を受けて、真っ先に説明が求められるべき当事者の姿を捜す。
「理子君は?」
いちばん先にここへ来た僕はもちろん、メイさんも理子さんは今どこにいるのか知らないようで、肩を落としながらただ首を左右に振っている。
「何か行き違いがあるようですが、事情は後程部下から聞きます。
影乃さんでしたら、既にご自身の望んだ世界へ転生を遂げておりますので、もうお会いにはなれません」
「ほう、あのゴーストを転生させられたんですか、どうやって……と聞きたいところですが、まあ貴方たちなら可能なんでしょう。
やはり私の見込んだ通り素晴らしい技術をお持ちだ」
その言葉から彼の目的は他にあると察した。
蕩山は影乃さんを取り返しに来たんじゃないとすれば、わざわざこんな手段を取ってまでうちに来た理由はなんだろう。
「オマエ、レイコの上司カ?」
メイさんは下ろしていた鎖鎌を再び構えると蕩山に詰め寄ろうとするが、再び社長によって制されてしまう。
「では、今回弊社へいらしたご用件は?」
社長にそう聞かれると蕩山は、目深に被っていた帽子を取って急に畏まる。
「実はその高い術式能力を見込んで、御社で転生させて頂きたい者がおりまして、そのお願いに参った次第です」
蕩山はお願いと言ってはいるが、実際の所は『貸し』を取り立てに来たに過ぎず、どうせ厄介ごとを押し付けるつもりでいるに違いない。あの不敵に浮かべる笑みがその証拠だ。
「それでは詳しい話は中へ──」
「いや用件を伝えるだけですから、ここで結構」
蕩山は社長の言葉を途中で遮って本題へ入った。
「依頼人の名は『
「うん……? ちょっとまってください、その人」
僕はその名前に聞き覚えがあり、つい口を挟んでしまった。
「連続女児惨殺事件の犯人、ですよね……?
確か5、6年前とんでもないニュースになってたはず」
「ご明察、その人物で合ってますよ」
できれば違っていてほしかった。
嘘だろ……そんなヤバい案件持ち込んできたってのか。
『瀬戸ケ谷連続女児殺人事件』
20××年、有名一貫校である慶明学園の幼稚舎で起きた凄惨な事件。
昼寝の時間、計5人のいずれも女児児童がクラスメートだった佃寛(当時6歳)によって鋭利な刃物で胸部をえぐり取られて死亡した。
容疑者はその場で拘束されたが若すぎる年齢もあり保護処分となる。
一時期復学も検討されたが保護者会の強い反発と、彼の『胸の中の光が苦しそうだから助けてあげた』という供述を繰り返すだけの態度が問題視され、以降は医療拘置所に現在も勾留されている。
「あれ? でもなんで急に思い出したんだろう?」
その言葉通り、今の今名前を聞くまですっぽりと頭から抜け落ちてたような気がする。
しかしその疑問も蕩山の次の言葉で納得することになる。
「それは、彼が転生していたからですよ」
──転生を遂げた人物の存在はこの世界から消える。
そのルール通りだったと。
「過去形? まさか」
「昨日、突然戻ってきたんですよ。理由は全くの不明」
「……あり得ない」
その事実を聞いた社長も動揺の色を隠せずにいる。
つまり、転生した人が帰還するケースは前例がない、ということか。
「取り急ぎ私どもで再び転生に挑戦したんですがね、何度試しても術が弾かれてしまい困り果てたところに、転生の第一人者である御社のことを思い出したという訳です」
「それなら事前にお約束をして頂ければ」
「それがそうもいかないんですよ、選挙が近いんです」
「選挙?」
首をかしげる社長だが、社会派ライター僕はすぐに気が付いた。
「佃寛の父親は佃敏夫、大臣を歴任する二世議員です。
くそっ、だから息子の存在を一日も早く再び消したいんだ」
自分で言って吐き気がする。
陰鬱な気分で胸が苦しい。
「大臣にそんなご子息がいては困るんですよ。
徐々に庶民の記憶も戻ってくれば、次の選挙はおろか今の立場も危うくなってしまう、だから一刻を争うのです」
「自分の子を何だと思ってんだよ!」
「湊徒君」
「おやおや、急にエキサイトですか。
ビジネスなんだからドライに行きましょうよ、ねえ」
つい感情的になって大きな声を出してしまい、すぐに社長と蕩山から諫められてしまった。
からかうようにニヤつく蕩山の顔が妙に癇に障る。
「しかし弊社と言えど、その方を転生させられるお約束は出来かねます、ケースが特殊過ぎる上に至急だなんて」
「必ず成功させてください、元より御社は断れる立場ではない。
そこをよくお考えになって」
強引な依頼に難色を示した社長だが、蕩山は『必ず』を強調し、有無を言わさず請けさせるつもりらしい。
その原因を作った僕としては申し訳なさでいっぱいだ。
「詳細は明日、本人に面会を。
上に承諾は取っているので即日転生で結構」
「多摩医療拘置所、1209番……16時」
僕は蕩山からそう言って強引に突き出されたメモ書きを読み上げた。
「それでは用件は済みましたので。
ちゃんと成功させれば影乃のことはさっぱり水に流してあげますよ。ですからどうぞ頑張って」
「あ、ちょ……」
言うだけ言って蕩山は帽子を被ると扉を出て行く。
最初からだが、こっちの言い分は聞く耳無しだ。
「くれぐれも、頼みましたよ」
最後にそう言い残して、黒塗りのミニバンは走り去っていった。
社長は蕩山に挨拶をすることもなく、玄関に立ち尽くしたまま眉間を押さえている。
「湊徒、アイツ誰ヨ?」
「あ、あのそれはですね……」
「いいから理子君を私の所へ連れて来たまえ、話はそれからだ!」
「ひゃいっ! すいませんっ!」
社長に一括されすっ飛んでいく僕ら。
これは大変なことになったぞ……。
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