2-2

「社長って魔王なんですか?」


 扉の前で立ち止まって振り返りざまに尋ねる。

 メイさんが社長のことをそう呼んでいたことは疑いようもなく、寧ろスルーしろという方が無理がある。


「フン、なんだオス聞いてないのカ? やっぱり人間は信用ならないからナ」


「ちなみにウチは魔王側近筆頭──」


 メイさんは僕のことを蔑むように見下し鼻息も荒く語ろうとしたところで、後ろから社長に肩をポンと叩かれる。

 それだけで社長が何を言いたいのか瞬時に察したようで、メイさんは真っ青になりマネキンの如く固まってしまった。


「長旅で疲れてるんだろう、もう休みたまえ」


 その社長の顔はにこやかに見えて、圧力が尋常ではなかった。

 まるで背景に『ゴゴゴ……』という書き文字でも見えるようなオーラを纏っている。


「そ、そう……でした、ウチシャワー……浴びて、寝まス……」


 メイさんは固まったままの状態でこちらへ直線的に歩いてくる。

 それはまるでギギギと軋む音が聞こえそうなブリキロボのように同じ方の手と足を出してドアに手前にいる僕を無機質に押しのけると、そのまま振り返ることなく廊下を歩いて行った。


「コホン、とりあえず君の疑問には追々答えていくことにするがいいかな。別に隠してるとかじゃないんだ、話すと長くなるだけで」


 社長は何とかこの場を取り繕おうとしているけど、正直僕はここの従業員の個人的な事情にそれほど興味津々という訳ではなく。

 というかこの間ドラゴンなんですか、とか無責任な質問してしまった手前、あまり深く詮索したくはなかった。


「ああ構いませんよ、もうここの皆さん人間じゃないってだけで僕にはお腹いっぱいなので──わああっ!?」


「うぉらあオスゥ! なぜウチの部屋使ってるカ!」


 すると突然さっき出て行ったメイさんが血相を変えて飛びこんできた。

 今度は最初からモンスターモードを全開にし、僕を今にも食い殺さんとする勢いだ。


「メイ君」


「……はっ!? ぁ……これはあの、ウチの部屋が、ね……」


 萎縮する僕の横で再び社長に凄まれたメイさんは、一瞬で角と爪が引っ込んで直立した。

 額は発汗で光り眼球が激しく左右に振れている。


「社長、そういえば湊徒の仮部屋はメイの元自室ですね」


 その理子さんの言葉にニコニコパワハラ状態の社長もはっとして一転態度を翻す。


「なるほどそうか、ふむ……これはしまったな」


「まぉ──イヴ様ぁ~……酷いです、ウチの部屋を人間に使わせるなんて~……」


 メイさんはしっかり呼び方を修正しつつ目に涙を浮かべ、猫が甘えるようにねっとり社長に擦りついて抗議している。


「え、そうだったんですか? ベッド以外なにも無かったし、てっきり物置かなにかかと」


「そんな訳あるカ! ウチの家具どこやった!?」


「ごめんなさい、でも本当に女性らしい部屋のものなんてなにも無かったんです」


 メイさんには申し訳ないけど、嘘は言っていない。

 そこで思い当たったのが、僕に仮部屋を宛がった人物。


「理子さん、僕が入る前に部屋片づけませんでした?」


「さあ、何のことでしょう」


 理子さんは口笛を吹いて誤魔化している。

 仕草が古典的だ。


「真犯人デカチチカ!? ウチの部屋の物返セ!」


 メイさんは理子さんの胸倉に掴みかかって唸り声を上げるが、社長との態度が違い過ぎる。


「……メイの部屋の私物は全部倉庫にしまってあります」


理子さんはメイさんから顔を背けると、ぼそりと白状した。

無表情だけどすごく嫌そうなことは伝わってくる。


「なぜそんな嫌がらせを……ていうか、おふたりは仲が悪いんですか」


「勘違いしないでください、リコはメイを嫌っていません。考えてもみてください、出て行ったきり二年も帰ってこない社員の私物ですよ」


 理子さんの言い分も分かるが、メイさんだって好きで帰ってこなかった訳じゃないし、理子さんも相変わらず表情に出さない物言いだから誤解を招きやすい。


「フン、どうだか。だいたいいっつも無表情で、何考えてるかわかんないヨ」


「そういうメイさんはどうなんです? 理子さんのこと」


 終始プリプリしているメイさんに聞いてみる。

 どう見ても好意は抱いて無さそうではあるけど。


「ウチか? ウチは理子、嫌いより邪魔ネ。元々部外者だし、いなければイヴ様はもっとも~っとウチのこと可愛がってくれる筈ヨ」


「方向音痴が営業したら、あっという間に廃業します」


 そう理子さんが言い切ると、メイさんは次の言葉を飲み込んだ。

 これはぐうの音も出ない、というやつだろうか。

 確かにそれはその通りだと僕も思う。


「おふたりのことはわかりました、今回は僕が出ていきますからそれで終わりにしましょう」


「人間のオスが寝たベッドなんてお断りネ」


 ほぼ八つ当たりされている上にこのリアクション。

 僕がいったいなにをしたと言うんだい。


「わかりました、来客用に使っていた部屋をメイのために開放します」


 しょんぼり肩を落とした僕を見かねたのか、理子さんが渋々折れてくれた。


「そうこなくちゃ。だから好きヨデカチチ♪」


 メイさんはさっきまでの怒りが嘘のようにぴょんぴょん跳ねて理子さんに抱き着く。

 泣いた烏がもう笑う、じゃないが、メイさんは本当にコロコロと表情が変わって理子さんとは正反対だ。


「ただし」


「呀?」


 そんなメイさんを鬱陶しそうに引き剥がすと、理子さんはメイさんの鼻先に人差し指を突き立てる。


「今後もし、お客様をお泊めしなければいけない状況が発生した場合には、湊徒かメイの部屋を使ってもらいます」


「ウチはかわゆい女子なら全員OKヨ。一緒にパジャマトークして寝る♪ それ以外は全員オスの部屋ネ」


「そんなあ」


 八つ当たりのとばっちりまで受けて社内ヒエラルキーを実感し、僕は理不尽に身震いするのだった。



■□■□



「はあ、はあ……家具の運び込み、終わりましたよ」


久しぶりの力仕事で腕が上がらない……これは明日は確実に筋肉痛と戦う羽目になる。

終始動きっぱなしの僕を見てもメイさんは一切手伝ってはくれなかった。

 それどころか、まるで奴隷労働を眺める貴族のように時にせかし、時に蔑んだ。


「さすがネ、力仕事はオスの得意分野」


 ようやくお褒めの言葉が、とはならない。絶対アンタたちの方が腕力は上だろうに。

 こういう時ばかり男手って逆差別だ。


 メイさんはご機嫌で新しい自室へ入っていく際に僕の近くを掠めていった。

 石鹸の残り香がふわりと鼻をくすぐる。

 いや、そんなときめいちゃうような表現ではない、ただ僕が汗をかいている間に彼女は汗を流していたというだけだ。


「それじゃ、好夢♪」


 ぱたんとドアが閉じられる。

 さすがサキュバス、僕たちの知る知識通り無邪気なものだ。

そして僕も自室へ戻ろうと歩き出したその時、不意に『ある物』を買っていたことを思い出した。



■□■□



「失礼します」


 ノックをして、さっきまで食事をしていた事務室へ。

 そこではまだ社長と理子さんが書類仕事をしている。


「あの社長、これなんですけど……」


 僕は部屋から取ってきたプラスチックの丸い物体を社長に渡す。


「うん? GPSタグかい?」


 これは元々、僕が会社に戻って来られなくなった時のことを考えて、買い出しについでに買って自分の部屋に忍ばせておいたものだ。

 地図にも載っていない結界に守られた場所な為最初は機能しないだろうとも考えたが、スマホの電波が入るのだからと試しに設置した結果、普通に使えてしまった。


「はい、メイさんに御守りかなんかだと言って渡してもらえませんか? 信号が送られるのは僕のスマホなんで、こっちから迎えに行く必要があるんですけど」


「ふ、送迎係としては迷子になられては責任問題だからね」


「別にそういう意図はありませんよ、意地悪だなあ」


「ふふっ、でもナイスアイデアだ。承知したよ」


 社長は快くGPSタグを受け取ってくれた。

 僕がどういった腹積もりでこれを所持していたのか勘繰られるのが怖かったが、特にそんな心配もなく安堵した。


「はい、お願いします。では失礼します」


 僕は社長と理子さんに一礼すると、自室へ引き返した。

 さて、明日はMIYAに会えるからな、僕も早めに寝よう。


 異世界転生を望む人気絶頂のアイドルに会えることに僕の胸はすっかり躍っていた。

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