第10話 カエル化女子の悩み 2
「あ、あの社長って……魔王なんですか?」
扉の前で立ち止まって振り返りざまに尋ねる。
メイさんが社長のことをそう呼んでいたことは疑いようもなく、寧ろスルーしろという方が無理がある。
「ふっ、なんだオス聞いてないのカ?
やっぱり人間は信用されてないネ」
「ちなみにウチは魔王側近筆頭──」
メイさんは僕のことを蔑むように見下し鼻息も荒く語ろうとしたところで、後ろから社長に肩をポンと叩かれる。
それだけで社長が何を言いたいのか瞬時に察したようで、メイさんは真っ青になりマネキンの如く固まってしまった。
「長旅で疲れてるんだろう、もう休みたまえ」
その社長の顔はにこやかに見えて、圧力が尋常ではなかった。
まるで背景に『ゴゴゴ……』という書き文字でも見えるようなオーラを纏っている。
「そ、そう……でした、ウチシャワー……浴びて、寝まス……」
メイさんは固まったままの状態で直線的に歩いてくる。
それはまるでギギギと軋む音が聞こえそうなブリキロボのようにドアに手前にいる僕を押しのけると、振り返ることなく廊下を歩いて行った。
同じ方の手と足が出てるけど、大丈夫かな。
「コホン、とりあえず君の疑問には追々答えていくよ。
別に隠してるとかじゃないんだ、話すと長くなるだけで……」
社長は何とかこの場を取り繕おうとしているけど、正直僕はここの従業員の個人的な事情にそれほど興味津々という訳ではなく。
というかこの間ドラゴンなんですかとか聞いちゃった手前、あまり深く詮索しない方がいいかな、という気持ちの方が強かった。
「ああ構いませんよ、もうここの皆さん人間じゃないってだけで僕にはお腹いっぱいなので──わああっ!?」
「うぉらあオスゥ! なぜウチの部屋使ってる!」
そう言ったところで、さっき出て行ったメイさんがモンスターモードを全開にし、血相を変えて飛びこんできた。
驚きと困惑で今度は僕の方が固まってしまったが、すぐに傍らで膨らむプレッシャーで我に返る。
「メイ君」
「……はっ!? ぁ……これはあの、ウチの部屋が」
再び社長に凄まれたメイさんは、一瞬で角と爪が引っ込んでしゅん、と縮こまる。
「社長、そういえば湊徒の仮部屋はメイの元自室ですね」
その理子さんの言葉にニコニコパワハラ状態の社長もはっとして一転態度を翻す。
「そうか、ふむ……これはしまったな」
「まぉ、イヴ様ぁ~……酷いです、ウチの部屋を人間に使わせるなんて~……」
メイさんはしっかり呼び方を修正しつつ目に涙を浮かべ、猫が甘えるようにねっとり社長に擦りついて抗議している。
「え、そうだったんですか?
ベッド以外なにも無かったし、てっきり物置かなにかかと」
「そんな訳あるカ! ウチの家具どこやった!?」
「いやごめんなさい、でも本当に女性らしい部屋のものなんてなにも無かったんです」
メイさんには申し訳ないけど、嘘は言っていない。
そこで思い当たったのが、僕に仮部屋を宛がった人物。
「理子さん、僕が入る前に部屋片づけませんでした?」
「さあ、何のことでしょう」
理子さんは口笛を吹いて誤魔化している。
仕草が古典的だ。
「真犯人デカチチカ!?
ウチの部屋の物返セ!」
メイさんは理子さんの胸倉に掴みかからん勢いで食って掛かる。
社長との態度が違い過ぎるな。
「仕方がないですね……。
メイの部屋の私物は全部倉庫にしまってあります」
理子さんはメイさんから顔を背けると、ぼそりと白状した。
無表情だけどすごく嫌そうなことは伝わってくる。
「なぜそんな嫌がらせを……。
ていうか、仲悪いんですか」
「勘違いしないでください、リコはメイを嫌っていませんよ。
考えてもみてください、出て行ったきり2年も帰ってこない社員の私物ですよ」
まあ、理子さんのいうことも尤もだけど。
メイさんも好きで帰ってこなかった訳じゃないし、理子さんも相変わらず表情に出さない物言いだから、絶対に誤解を招くんだよな……。
「フン、どうだか。だいたいいっつも無表情で、何考えてるかわかんないヨ」
「そういうメイさんはどうなんです?
理子さんのこと」
終始プリプリしているメイさんに聞いてみる。
どう見ても好意は抱いて無さそうではあるけど。
「ウチか? ウチは理子、嫌いより邪魔ネ。
元々部外者だし、いなければイヴ様はもっとも~っとウチのこと可愛がってくれる筈ヨ」
「方向音痴が営業したら、あっという間に廃業します」
そう理子さんが言い切ると、メイさんは次の言葉を飲み込んだ。
これはぐうの音も出ない、というやつだろうか。
まあ確かにそれはその通りなんだけど……。
「おふたりのことはわかりました、今回は僕が出ていきますからそれで終わりにしましょう」
「人間のオスが寝たベッドなんてお断りヨ」
ほぼ八つ当たりされている上にこのリアクション。
僕がいったいなにをしたと言うんだい。
「はあ~……わかりました、来客用に使っていた部屋をメイのために開放します」
しょんぼり肩を落とした僕を見かねたのか、理子さんが折れてくれた。
「そうこなくちゃ。
だから好きヨデカチチ♪」
メイさんはさっきまでの怒りが嘘のようにぴょんぴょん跳ねて理子さんに抱き着いた。
泣いた烏がもう笑ったじゃないが、メイさんは本当にコロコロと表情が変化する。
「ただし」
「呀?」
そんなメイさんを鬱陶しそうに引き剥がすと、理子さんは条件を提示してきた。
「今後もし、お客様をお泊めしなければいけない状況が発生した場合には、湊徒かメイの部屋を使ってもらいます」
「ウチはかわゆい女子なら全員OKヨ。一緒にパジャマトークして寝る♪
それ以外は全員オスの部屋ネ」
「そんなあ」
八つ当たりのとばっちりまで受けて社内ヒエラルキーを実感し、僕は理不尽に身震いするのだった。
────
「はあ、はあ……家具の運び込み、終わりましたよ」
「さすがネ、力仕事はオスの得意分野」
絶対アンタたちの方が腕力は上だろうに。
こういう時ばかり男手って逆差別だ。
メイさんはご機嫌で新しい部屋へ入っていく。
石鹸の残り香がふわりと鼻をくすぐった。
いや、そんなときめいちゃうような表現ではない、ただ僕が汗をかいている間に彼女は汗を流していたというだけだ。
「それじゃ、好夢♪」
ぱたんとドアが閉じられる。
さすがサキュバス、無邪気なもんだね。
あ、そうだ。
ため息をひとつつくと、不意にアレを買っていたことを思い出して自室へ取りに向かった。
────
「失礼します」
ノックをして、さっきまで食事をしていた事務室へ。
そこではまだ社長と理子さんが書類仕事をしている。
「あの社長、これなんですけど……」
僕は部屋から取ってきたプラスチックの丸い物体を社長に渡す。
「うん? GPSタグかい?」
これは元々、僕が会社に戻って来られなくなった時のことを考えて、買い出しについでに買って自分の部屋に忍ばせておいたものだ。
地図にも載っていない結界に守られた場所なので最初は機能しないだろうとも考えたが、スマホの電波が入るのだからと試しに設置した結果、案外あっさり使えてしまった。
「はい、メイさんに御守りかなんかだと言って渡してもらえませんか?
信号が送られるのは僕のスマホなんで、こっちから迎えに行く必要があるんですけど」
「ふ、送迎係としては迷子になられては困るということか」
「別にそういう意図はありませんよ、意地悪だなあ」
「ふふっ、でもナイスアイデアだ。承知したよ」
社長は快くGPSタグを受け取ってくれた。
僕がどういった腹積もりでこれを所持していたのか勘繰られるのが怖かったけど、特にそんな心配もなく。
「はい、お願いします。
では失礼します」
僕は社長と理子さんに一礼すると、自室へ引き返す。
さて、明日はMIYAに会えるからな、僕も早めに寝よう。
──異世界転生を望む人気絶頂のアイドル、かあ。
明日が楽しみだ。
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