3-4
「……いったい何の話をしてるんだ?」
僕は彼らの話が全く理解できず、いつまで経っても入室のタイミングも掴めずにいた。
こうしてまごまごしていても仕方ない、ここは空気の読めないバカのフリして入室してしまおう。
深呼吸をひとつ、そして力を入れてノブを回す。
「そうだ、甘いものでもお持ちしましょう、ね?」
一触即発まで張りつめた空気に耐えかねて奥川が口を挟んだそのとき、ドアが勢いよく開け放たれた。
「ど~も~、道に迷っちゃって。遅くなってドウモスミマセン♪」
僕は十年前くらいに少しだけ流行ったギャグで注目を集めるようにして部屋に侵入する。
場を沈黙が支配したのはほんの僅かな時間だったが、僕の体感は五分以上はあったように思える。
「はっはっは、見かけによらず面白い方だ! ささ、お掛けになってください」
蕩山理事長の声色が一気に明るくなり、ほっと胸を撫で下ろす。
なんとか雰囲気が和やかになったのは良かったが、かわりに僕は何か大切なものを失った気がしないでもない。
へらへらと愛想笑いで誤魔化しつつ手早く四人の中で一番末席の椅子を引きだし着席すると、奥川さんがハーフサイズのペットボトルを一旦拝むようにして手渡してくれた。
「あ、どうも……ありがとうございます」
僕の道化が少しは役に立ったかな。
「それでは役者も揃ったところで早速、『
ばっこん? 結晶……?
蕩山理事長がそう言うと、理子さんは持参してきたアタッシュケースをテーブルの上に置き、ピンチを外す。
パチン、という小気味よい破裂音とともにアタッシュケースが開いて中からリビアンクォーツが顔を覗かせた。
「ほお……、素晴らしい……! やはり御社で生産される抜魂結晶は輝きと言い大きさと言い、比類なきクオリティですな、いや見事!」
「えちょっと待ってください、これ、そんな名前なんですか?」
「うん?……ああ、確かおたくの狂咲社長だけは頑なに、なんとかクオーツ、とか呼ばれてましたな」
蕩山理事長のその言葉で、リビアンクォーツも社長の創作廚二言語だったことが判明した。
「尻子玉、というのは?」
「はて。私どもは存じませんが」
僕からその言葉を聞くと、彼らは本気できょとんとしている。
やっぱりこっちの方も個人的な造語だったようだ。まんまと騙された。
とは言え、やや丸みを帯びたフォルムに加えその名の通り引っこ抜くという概念からの尻子玉は言い得て妙だなと変な関心の仕方をした。
「御社でどう呼ばれようとそれは自由ですが、当法人では抜魂結晶で統一しておりますな」
「なるほど……どうでもいい質問でしたね、すいません」
照れくささから頭を掻く僕に、理子さんが初めて口を開く。
「湊徒、後乗りしてきた輩のつけた名前に合わせる必要はありません」
「はっはっは、いや相変わらず手厳しいですな」
ここへ来てから終始一貫、理子さんの彼らに対する態度は変わらない。
対して蕩山理事長の方は僕が入ってくる前と今では明らかにキャラを変えており、そこに何か意図めいたものを感じてしまう。
「湊徒さんね、城前さんがどんな方かご存じです?」
「あ、いえ……」
「ふっ、やはり秘密にされているようですねえ? 社員に隠し事はいけませんなあ」
僕の返答を聞くと蕩山理事長はニヤリと口角を上げる。
もしかして馬鹿にされているのだろうか。
すると突然理事長が立ち上がり、まるで演説でもするかのように両手をいっぱいに広げた。
その大きさたるや部屋の端から端まで届いてしまいそうな勢いだ。
「この方は『世界を渡る転生の秘術』を我らに授けてくださった、言わば女神様なのですよ!」
「理子さんが転生を……授けた……?」
それがどういう意味なのかすぐには理解できなかった。
僕は理子さんのことは何も知らないのだと、改めて思い知らされる。
「そうです、我々の元居た世界は『勇者』によって無残に破壊され、強引にテラフォーミングされてしまいました」
「より人間たちの住み易いように作り替えられた土地での生活を余儀なくされた我々魔族には、人を模倣して順応するかこの地を追われるかの選択しか残されていませんでした」
蕩山理事長が雄弁に語り出すと理子さんは、ただ俯いている。
しかし、後ろから彼女を見ているからこそテーブルの下に隠した拳が震える程強く握りしめられているのがわかる。
「そんな窮する状態を打破してくださったのが、城前さんの作り出した秘術だったのです!」
「転生の魔法を作ったのが、理子さん……!?」
「その通りっ! この秘術によって我々は人間や動物からしか摂取できなかった魔力を抜魂結晶から効率よく取り込み、生き永らえることが可能になったのです!」
「いやそれどころか、更なる高位の生体へとレベルアップすらも可能となったのです!」
蕩山理事長はそれがまるで自分の手柄のような語り口で演説し、提供者だと言う理子さんはこのリアクション。
全くちぐはぐだし、ちょっと聞き捨てならない言葉も聞こえた。
「摂取ってことは……食べるってことですか……?」
「確かに以前はやってましたよ、結晶でなく生身をがぶりとね」
言葉に合わせて噛みつく素振りを見せる理事長。
「肉食動物のように、人間を食べていた……?」
「はい、そりゃもう骨まで噛み砕いて」
「…………!!」
理事長のからかうような挑発に戦慄する僕を見て理子さんが勢いよく立ち上がる。
庇ってくれているのか、または相手に対する怒りなのか、表情に出ない彼女からは明確な答えを読み取れない。
「はっはっは冗談ですよ。今の我々は『これ』のおかげでその必要が無くなったのですから」
理事長は軽く笑いつつアタッシュケースに並べられたリビ、尻……ああ何て呼べばいいんだ、とにかくそれをひとつ手に取る。
「こうして抜魂結晶に手をかざして、潜在魔力を吸い出せばそれで終わり。効率的でしょう? ──おぉお……なんて純度の高い魔力……っと!」
理事長に握られた結晶が鈍い光を放った瞬間、理子さんが身を乗り出して結晶を取り上げた。
「まだ代金を受け取っていません。勝手な真似はやめてください」
「そう固いこと言わずに。湊徒さんに実践して見せてあげただけじゃないですか。それにあなたたちだって、ここから魔力を頂いたんでしょう?」
確かに社長もそう言っていた。
しかしやっぱり僕は一真君やMIYAちゃんの顔が浮かんで、この石を物として扱うことに抵抗があった。
「代金でしたらほら、ちゃんと用意してますよ」
理事長が目配せすると奥川さんが先程の理子さんのように、持参していたトランクをテーブルの上に乗せ開いて見せた。
「え、金のインゴットですよ、それもこんなに……僕初めて見ました!」
トランクいっぱいの金塊を見て思わずはしゃいでしまった。
まったく僕は薄情者だ。ついさっきまでの抵抗感はどこへ行ったのかと我ながら呆れてしまう。
「……いいでしょう」
大興奮の僕とは裏腹に理子さんは渋々といった感じで取り上げたアタッシュケースをテーブルに戻すと、金塊のトランクと交換した。
「こんな極上品の抜魂結晶ですから、これでも安いくらいですよ」
「へえ……」
理事長は蓄えた髭をさすりながら満足そうに結晶を眺めている。
考えてみたら、人間の存在と引き換えに手に入れる物であれば相応の価値があって当然か。
なんだかどんどん知らないことが次から次へと出てきて頭がパンクしそうだ。
それでも新しくあれやこれや疑問が沸いてくる。
「そうだ、それで、理子さんが転生を発明したのはわかりましたけど、こちらは普段何をされている組織なんですか?」
さしあたっての疑問はまず、これだ。
「当法人の基本事業としましては、正会員の皆様がより効率的に抜魂結晶を収集できるようにですね、転生事業のガイドラインを策定したり、納品された抜魂結晶を分配、換金することです」
「あ、それから事業の啓蒙のために広報やスポンサー活動なんかもさせて頂いております、はい」
僕の質問には奥川さんが答えてくれた。
「じゃあ他にもうち──弊社のような転生事業をしている会社があるってことなんですね」
「ええ、しかし御社以外のところはこちらから職員を派遣して転生を行う形です。単独でクオリティの高い抜魂結晶を取り出せるところは御社だけですよ」
「我々はエクソダスさんには足を向けて寝られない、ということですな」
奥川さんに蕩山理事長も続いて、がははと笑う。
「へえ……」
この会社って実はとっても優秀なんだな。
じゃあなんで理子さんは……。
「もうこれで用は済みました。湊徒、帰りますよ」
一刻でも早くここから立ち去りたいと言わんばかりに、金塊を受け取った理子さんが席を立つ。
「ああ、領収書切りますから、しばしお待ちを」
奥川さんは手慣れた手つきで書類に記入して押印すると、それをピッと切り離して手渡してきた。
「奥川君は元銀行マンで事務手続きも得意だから重宝してますよ。こういう細かいことは人間の方に分がある」
ふんぞり返る蕩山理事長に額の汗を拭きつつペンを走らせる奥川さん。
口では褒めていても態度から二人の関係性は見て取れた。
この法人内では圧倒的に魔族の方が人間より偉い。
「では失礼します」
領収書を受け取った理子さんは挨拶も素っ気なく部屋を出て行ってしまう。
「ああ、どうも……それでは」
僕も慌ててその後を追うように部屋を後にした。
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