4-11
……『まーちゃん救出大作戦』を翌日に控えた日の夜のこと。
「……ちゃん、……ちゃん……」
廊下から誰かの声が聞こえた気がして目が醒める。
「……トイレかな、まあいいや」
気にせず寝返りをうつ。
「……ちゃん、まーちゃん……」
「う~ん、まだ聞こえるな……なんかあったのかな……」
僕は重い体をなんとか起こし、ドアの隙間から顔を出す。
誰もいない──いや、なんとなく人影が見える。
もう一度目を凝らしてよく見ると、それはパジャマ姿のひろしくんの後姿だとわかった。
「ひろしくん……? トイレならあっち──」
「!?」
僕は目をこすってもう一度凝視する。
ひろしくんの背中が一瞬ブレたように見えた気がしたのだが、そのときはまだ寝ぼけているだけだと気にせずにいた。
「ひろしくん、どうしたの?」
とりあえずそのことはさておき僕は、ひろしくんを追いかけて声をかける。
「まーちゃん、どこ……?」
僕はその言葉に心臓が押さえつけられた。
会社に来てからはまことちゃんの話はしなかったひろしくんだが、急にまた妹のことを気に掛け始めたことに、どうしてもあの事件の起きた日の朝を重ねてしまう。
「ああ、えーとそれはね……」
しかしどう話せばよいのやらわからず、口籠ってしまう。
「まーちゃん……」
ひろしくんはそんな僕には一瞥もせず、再びひとりでふらふらと歩きだしてしまった。
「あ、待って」
僕は咄嗟にひろしくんの腕を掴んだ、はずだったが。
「うん? あれ……?」
まるで中空を掴んでいるような手ごたえの無さに首を傾げる。
「!?」
そのとき再びひろしくんの体が大きくブレるのを目撃して、僕が寝ぼけていたんじゃなく彼のビジュアルにノイズが走っているのだと気が付いた。
もしかしてこれ、ひろしくんの存在が不安定になっているのでは……?
「誰か~~!! 起きて~~!!
お~き~てく~だ~さ~い!!」
不意にそう直感した僕は、夜中にも関わらず大声で人を呼んだ。
「しきゅう~~! であえ、であえ~~~!!」
僕は各人の私室に入ることは禁止されているため、こうする他ないのだ。
頼む、誰か起きてきてくれと祈る気持ちで叫ぶ。
「オマエ、殺されたいのカ……」
「メイさん、よかった!」
最初に来てくれたのはメイさんだった。
大胆なネグリジェ姿に思わず息を飲むが、今はそれどころではない。
「──ひよオス!」
僕にたたき起こされて不機嫌MAXだったメイさんだったが、体にノイズが走った状態のひろしくんを見るなり態度が急変する。
「こいつ消えかけてるネ! とりあえずデカチチ呼んで魂定着させるヨ」
「もう来てます」
「理子さん、ひろしくんが……!」
慌てて叫ぶメイさんの後ろから理子さんの声がした。
そしてうわごとのように妹を呼び続けるひろしくんに駆け寄ると、その様子をつぶさに観察した。
「……残念ですが定着は無駄です」
そして出てきた彼女の言葉は非情なものだった。
「何故!?」
メイさんに詰め寄られた理子さんは、目を伏せながら悲痛な面持ちで答える。
「魂が著しく弱ってます……いつ消滅しても不思議じゃありません。
それに下手な真似をすれば、依り代の子まで一緒に……」
「そんな……なんとかできないんですか!?」
「とりあえず眠らせて感情を安定させましょう……今はそれくらいしか」
縋る僕に理子さんは力なく首を左右に振った。
それでもギリギリの答えなのだと分かり、これ以上の説得を諦める。
「ことは一刻を争います、今夜やりませんか? 今すぐに」
僕は眠らせたひろしくんを負ぶると素直な気持ちを吐露した。
このまま決行をただ待っていたら、全てが無くなってしまいそうで怖かった。
しかし正直、これ以上の無茶を言うのも……。
「いいヨ」
「え、いいんですか?」
「は? 自分で言ったんだロ」
「そうですけど、まさかすんなり認めてくれるなんて思ってなかったもんで」
僕の提案に真っ先に賛成してくれたのはこの作戦に後ろ向きなメイさんだったことは意外だった。
しかし、この中でいちばん情に厚いと思われるのもまた彼女だ。
「私も別に構いませんが、あとは社長ですね」
「理子さんも……ありがとうございます」
「ウチに礼は」
「ありがとうございます!」
僕は両者に深々と頭を下げた。
背中のひろしくんから微かな寝息が聞こえてくる。
風前の灯火となった彼らの未来を、なんとか繋いであげたい。
「私は社長を起こしに行ってきます」
「お願いします、僕はひろしくんを寝かしたらすぐ準備にかかります」
「それなら無用だよ」
慌ただしく解散したところで、既に着替えを終えた社長がやってきた。
着替えと言っても社長の場合は一瞬だが。
「今からだと日の出までおよそ5時間、勝負は明るくなるまでだから心してかかるように、いいね」
「はい、すぐに準備します!」
そう言って社長が投げたキーケースをすれ違いざまにキャッチした。
──
運転席に座ってキーを回すと、軽トラ『エクソダスコフィン』は普段通りの軽快な噴き上がりだ。
「今日は少し飛ばさなきゃいけないから、がんばろうな」
ハンドルを叩くと今度は力を込めて握り、手の震えを抑え込む。
大丈夫、上手くやるからと何度も自分に言い聞かせた。
社の入口に車を回すと、既に準備を終えた社長、理子さん、メイさんが待っていた。
全員潜入用に暗い色の長袖長ズボン姿だ。
「ウチはここで寝る」
するとメイさんは早速、荷台にふわりと飛び移って横になる。
無理言ってついてきてもらっているので、あまり強いことは言えない。
「あんま見えないようにしてくださいよ、今はそういうのうるさいですから」
なので、この程度が精いっぱいだった。
「心配無用ネ、街が近くなったら車ごと認識阻害魔法かけるヨ」
「……まあいいか。では皆さん、乗ってください」
──
出発してもうじき30分が経とうとしていた。
どうしてもタイムリミットが気になって、ダッシュボードに設置したナビ代わりのスマホばかり見てしまう。
「ひろしくん、途中で起きたりしませんかね?」
気を紛らわそうと誰にともなく質問を投げかける。
それには理子さんが答えてくれた。
「深く眠っているから当分目を醒まさないはずです。
それに魂を保護する目的で結界も張ってありますから、少なくともリコたちが戻ってくるくらいまでなら大丈夫でしょう」
「そうですか……とにかく急がないとですね」
「湊徒君」
「はい?」
アクセルを更に踏み込もうとしたとき、社長が僕の肩を叩いた。
「気負い過ぎている。焦ったって時計は止まってはくれまいよ」
社長に言われてアクセルを緩めたその時──
「うわぁっ!!」
「なに!? 車が突っ込んできたんですけど! こわ、こわぁ……!」
突然のことに総毛立つ。
社長の言葉を無視してアクセル踏み込んでたら確実に衝突してた。
「ふっ、メイ君が認識阻害魔法をかけたね。
気を付けて運転しないとまた他車に突っ込まれてしまうよ」
「なに笑ってんですか! ヤバすぎでしょ!」
心臓がバクバク拍動し、焦燥感まで吹き飛んでしまう。
やっぱりこの人たちおかしい、そう再認識しながらハンドルを握り直すのだった。
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