4-10
「おいしい!」
僕が起きてから間もなく目を醒ましたひろしくんは、理子さんが焼いてくれたトーストにぱくつく。
皿に目をやると、相変わらずちぎった半分には手を付けていなかった。
彼の中ではまだまことちゃんは生きており、今もその姿を探し続けている。
僕はそんなひろしくんにかける言葉を見つけられずに、ただ無言でトーストを口へ運んでいる。
あれほど壮絶な体験をしてきたことを知ってしまったあとでは、この無邪気さが余計に辛い。
「湊徒はなにもなしですか?」
理子さんが恩着せがましく僕をじっとり睨みつける。
あなたこんなめんどくさい人でしたっけ?
そんな思いを抱きながら、感謝と感想をところてんのように押し出した。
「目が醒めたようだね」
トーストをかじりながら振り向くと、社長がちょうど部屋へ入ってくるところだった。
「んぐ、あ、はい……ご心配をおかけしました、後程報告します」
「うむ、頼むよ。私も伝えたいことがある」
そう言った社長はカラフルな包装紙に包まれた箱を抱えていた。
どこかへ出かけていたのだろうか。
「ひろしくん、おみやげだよ。」
そう言って社長はひろしくんにその包みを見せる。
「ほんと!? やったー!」
「ふっ、きちんと食べ終わってからだよ」
フォークを掴んだまま立ち上がったひろしくんは社長にそう言われると、残りをひとくちで頬張って社長のところへ走って行った。
「わあ♪ シュイッチだ!」
受け取った包装紙を無造作に破いて出てきたゲーム機に目を輝かせる。
社長はゲームを動かせるようにセッティングを終えると、ひろしくんの頭を優しく撫でた。
「さあ、あっちの部屋で遊んでおいで」
するとひろしくんは元気よく返事をして部屋を出て行く。
本当に聞き分けのいい子だ。
「では湊徒君、聞かせてくれないか」
「……はい」
社長はさっきまでのひろしくんに見せていた優しい顔から一転、真剣な面持ちで僕に向き直る。
僕は残りのトーストをコーヒーで流し込んだ。
──
「ふむ、やはり双子の妹が……しかも亡くなっているとはね」
僕がひろしくんの夢の中で見て来たことを報告し終えると、皆一様にやり場のない悲しさと嫌悪が顔に浮かぶ。
「フン……、人間なんて所詮劣等種ヨ、そのくせその愚かさを自覚すらしていない」
おそらくメイさんの発言は本心だが、彼女の悲痛な顔を見たら僕は何も言えなくなってしまう。
きっと同族で殺し合ったり種を継ぐべき子供を手にかけるのは魔族をしても理解に苦しむ行為なのだろう。
「それで、社長の伝えたいことと言うのは?」
「私は理子君と、ひろしくんの起こした事件で被害に遭われたご家族を調べて来たんだ」
「全員のですか?」
「うむ、それなんだが……」
社長の話によると、ひろしくんに殺害された園児5人全員が何らかの虐待を両親から受けていたという。
「え!? そんなことよく取材できましたね」
というのも、ひろしくんの通っていた幼稚園は入ってしまえば大学まで一直線なエスカレーター制で、園児はほとんどが政治家か大会社の子息と決まっている。
とてもすんなり虐待の話が聞けるような場所じゃない。
「それがご近所のミセスたちはとても協力的でね。
なんでも話してくれるし、お茶までご馳走になってしまった」
王子系イケメン女子恐るべし……!
「中古メスの分際でイヴ様に色目使うなんて百万年早いヨ」
驚愕している僕の横でメイさんがぷりぷりしている。
ヤキモチを見るのもかわいいけど、話が脱線するのでそのくらいで。
「彼女らによれば、日常的に大声での叱責や暴力を目にしたそうだよ」
「あの辺りの地域には独特の閉鎖的なコミュニティが存在しているようで、ネガティブな話題は外部に漏れにくいようです」
途中退席していた理子さんがそう言いながら、トレーにコーヒーを乗せて入ってきた。
「あの、僕のおかわりは」
「リコは社長に淹れて来ただけで、残りはついでなので」
「えぇ……」
「そこでなんだが、ひろしくんの妹も両親から虐待を受けていたんだったね?」
社長は早速熱々のブラックコーヒーをひとくち含んで僕に視線で思惑を語り、僕はそれを察する。
「あ、もしかして……ひろしくんは虐待されていた子供がわかったとかですか」
「うむ、ただの推論だが、彼は妹が苦しんでいる姿を長い間見続けてきたことで、同じような境遇に遭っている者の心のSOSのような感情を見つけられる能力が備わったのではないかな」
「……しかし、その幼さ故に解決策が見いだせなかったのさ」
社長は合間にコーヒーを息継ぎのようにすすると、一層苦い表情をした。
そしてここからが本題だと言わんばかりに身を乗り出した。
「それから湊徒君のダイブで判明はしたが、こちらでも佃家の家族構成を調べようと思ってね、彼の実家も見て来たんだ」
「マンションの部屋は留守だったよ。
管理人に尋ねたら、事件の後すぐ議員官舎へ引っ越してしまったそうだ」
「報道陣の目を避ける為かな。
でも引き払ってはいない?」
彼らが出て行った後、入居されては困る理由があるということだ。
おそらく僕の予想は間違っていない。
「うむ、表向きはそうなっているがね。
家賃の滞納もないようだ。
それが引き落としではなく、毎月妻だけで支払いに来るらしい」
「その際、部屋には立ち寄るんですね」
社長も確信があるようで、黙ってうなずいた。
「つまり、まことちゃんはまだあの部屋に」
「うむ。これで我々の再転生に希望が持てたというわけだ」
僕は思わず立ち上がる。
「やりましょう! まことちゃんの魂を開放してひろしくんの魂も救う、『まーちゃん救出作戦』を!」
その提案に理子さんは賛同してくれたが、メイさんは渋い反応だった。
彼女に社長は熱い視線を送る。
「残念だよ……この作戦にはメイ君の認識阻害魔法がどうしても必要だったんだが」
……が、社長の頼みでは聞かない訳にはいかず、渋々首を縦に振る。
「それでは具体的に話を詰めていきましょう」
僕は早速テーブルのコーヒーカップをどかし、周囲を見渡す。
「なにを探してるんです?」
訝しげにこちらを見る理子さんを他所に数回首を傾げ……。
「あ、そうだアレを使おう」
コーヒーカップをトレイに乗せ台所へ。
買ってきた食材のポリ袋の傍らにある、筒状に丸めたビールのポスターを持ってオフィスへ帰ってきた。
「……?」
一同が不思議な顔をする中、僕はビールのポスターを裏にして図面のようにテーブルに広げ、マジックでキュッキュと作戦名を記す。
「ほら、作戦会議っぽい♪」
しかし、はしゃぎ気味の僕に周囲の視線は冷ややかだ。
「……アホ」
「メイさん、こういうのは雰囲気が大事なんですよ!」
「フン、ひとりで勝手に盛り上がってロ」
小一時間が経ち、僕ひとりが空回りする中でも徐々に手順は決まっていった。
理子さんは時々別室で遊んでいるひろしくんを見に行ってくれて、なんだかんだ協力的なところはとても有難い。
「うん、まあ……こんな感じですかね。確認しましょう」
僕はポスターの裏に書かれた作戦内容を復唱する。
・決行は連休に入る三日後のひろしくんが眠った夜間、少しでも人目を避けるため
・ひろしくんの実家まで軽トラで移動、定員オーバーの為メイさんは飛行で帯同
・車を降りたらメイさんに認識阻害魔法をかけてもらい玄関まで移動
・玄関の進入は理子さんの解錠魔法
・無事まことちゃんの遺体から魂を開放できたらひろしくんの転生に着手する
なんでも魔法頼みなんて野暮は言いっこなし、ご都合主義どんとこいである。
「それではいいですね、みなさんお願いします!」
あとは作戦の成功を信じて全力で挑むのみだ。
拳を強く握りしめ気合を入れた。
「ひろしくん、まことちゃん……もう少しの辛抱だ。
待ってて、必ず転生させてあげるからな……!」
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