第8話. 異世界の少年、地球で誘いを受ける。

 「シンくん、これからどうするの?」

 「そうだね、まだあまり決めてないんだ」


 俺は、これからこの世界でどのように生きていくか全く考えていなかった。


 またいつもの癖が出てしまった。

 俺はいつもなんだかんだで、様々なことを後回しにしてしまう癖がある。昨晩は緊張していたため、全く考える余裕が無かったとしても、全く無かったわけではない。美咲との会話の後、就寝前に少し時間があったのにもかかわらず、俺は「緊張」を言い訳に今後のことについて考えることを避けていた。


 俺が今後について何も考えていなかったことに後悔していると、美咲からある一つの誘いをもらう。


 「もしよかったら、私の家族と一緒に住む?」

 「え?」


 俺は一瞬美咲が発した言葉に理解が追いつかない。


 「きっと両親も歓迎してくれると思うよ」



 「美咲ー。ちょっと下に降りてきて」

 「はーい」


 美咲がもう一言足すと、一階から千穂ちほさんの声が聞こえてきた。


 「ごめん、ちょっと行ってくるね」

 「うん」


 そう言って美咲は一階へと降りて行く。





 ◇ ◇ ◇


 「どうしたの?」


 私がリビングルームに行くと、お父さんとお母さんが少しシビアな表情をしていた。


 「とりあえず、そこに座って」


 私はお母さんに言われた通りに、お父さんとお母さんが座ってる長いソファの前にあるソファ椅子に腰を下ろす。


 

 「あの……私、何かしたのかな??」


 両親の今の表情を今まで見たことがなかったため、私は何かしてしまったのではないかとお母さんに恐る恐る尋ねる。

 すると、お母さんの口元がゆっくりと開く。


 「いや、美咲は何も悪いことはしてないよ」

 「じゃあ、どうしたの?」


 私は両親に叱られるのではないかと心配していたが、お母さんの丁寧な言葉を聞いて胸を撫で下ろした。


 「実はね……急なんだけど、私と修二しゅうじさん、お仕事の都合上明日から3年ほど家を空けることになったのよね。つまり、今回は普段と違って美咲が一人になる時間が長くなっちゃうんだよね」

 「……うん」


 私は3年間と聞いて、少し驚いた声音で頷く。それと同時に、私は「これだ」と心の中で叫ぶ。


 私は、両親の職業を知らない。聞いたとしても、両親は答えてくれない。だから今までも両親が仕事の都合上で私は、短期間この家で一人暮らしをすることが数回あった。私は一人暮らしをすることに慣れ、一人暮らしの楽しさを知っている。

 だから普段、私は両親から短期間家を空けると聞くと、両親への寂寥感せきりょうかんと一人暮らしへのワクワク感を抱いていた。しかし、今回は普段と違って、寂寥感とワクワク感の二つの感情を抱くと同時に、ことを思いついた。


 「あのさ、お母さん、お父さん、暫く会えなくなるのは寂しいけど、一つお願いというか頼み事があるんだけど良いかな?」

 「お願い?」

 「うん。今回は私一人ではなく、シンくんと一緒にこの家に住んでも良いかな?」

 「シンくんと?」

 「うん。シンくん、一人でこの辺りに引っ越してきたみたいだから、一緒に住んだ方が楽しいかなって」

 「なるほどね」


 お母さんが私の頼み事に少し悩んでる様子を見たお父さんは、先ほどまで閉じていた口を開く。


 「千穂さん、良いんじゃない?僕たちの都合で3年間美咲を一人にさせてしまうんだし、シンがいた方が美咲も日々が楽しくなるって言ってるし」


 お父さんの言葉を聞いたお母さんは、先ほどまで眉間に少し寄せていた薄いしわを段々と元に戻していく。


 「そうね、修二さんが言う通りかもね。そしたら、美咲、シンくんもリビングに呼んできてくれる?」

 「分かった」

 

 ◇ ◇ ◇





 コン、コン。


 俺が部屋で美咲のことを待っていると、ドアのノックオンが聞こえた。「はーい」と俺が返事をすると、ドアが開く音がカチャリと鳴って美咲が部屋へ戻ってきた。


 「おかえり」

 「シンくん、ちょっとリビングに一緒にきてくれる?」

 「う、うん」

 

 美咲が千穂さんとのやり取りを終え、部屋に戻ってきたかと思うと、にんまりと嬉しそうな顔をほころばせた美咲に呼び出しを受け、俺は美咲と一緒にリビングへと向かうことになった。



 「あのね……シンくん、明日からこの家で私と一緒に暮らさない?」

 「え!?えぇぇぇーー??」

 

 リビングに到着した瞬間、美咲から予想外なお誘いを受ける。ついさっき、美咲の部屋でも同じような誘いを受けたが、さっきのは冗談だと思い聞き流していた。

 流石に、冗談じゃないよな。本当に美咲たちと一緒に暮らすってことなのか?

 俺は唐突なお誘いに驚き、頭の中でぐるぐると思考を巡らせる。


 「え、えっと……仮に、一緒に美咲と住むとしても千穂さんと修二さんも一緒だよね?さっき、『私たちと一緒に』ではなく、『』って聞こえた気がしたからさ」

 「違うよ。実は、お父さんとお母さん、明日から少しお仕事で3年間ぐらい遠いところに行ってしまうの」

 「そうなの?」

 「うん」




 あのあと美咲から千穂さんにバトンが渡り、俺は千穂さんから大まかな説明を受けた。

 まだ住む場所など、これからのことが決まっていなかったため、とても有難い誘いだったが、俺は美咲たちに迷惑ではないかと思い、断るべきだと考えた。


 「千穂さん、とても有難いお話なんですが、僕は今大した所持金を持ち合わせていないので、今回はお断りさせて……」


 俺が最後まで言葉を口にする前に、千穂さんは俺の言葉を遮るように言葉を発した。


 「お金の心配なら要らないよ」

 「え?」

 「美咲を助けてくれたお礼もまだできていなかったから、お金に関しては心配しなくても良いわよ。もし、シンくんが美咲と一緒に住むならば、シンくんの生活費も出してあげるわよ」

 「そうだぞ、シン。千穂さんが言う通り、お金に関しては俺と千穂さんが出してあげるぞ」


 千穂さんのあとに続き、修二さんは千穂さんのことをフォローする。

 二人の言葉を聞いて、俺は真隣にいる美咲に視線を向ける。

 

 「お母さんとお父さんもこう言ってくれてるし、シンくん、私と一緒に生活してみない?」


 美咲は微笑みの表情で俺に言ってくる。

 美咲、千穂さん、修二さんの言葉を聞いた俺は一瞬思考を巡らせたあと、一つの言葉を口にする。


 「で、では、少しの間お世話になります」




 こうして、明日から俺と美咲の共同生活が始まることになった。

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