第35話. 異世界の少年、地球で浴衣を買いに行く。

 夏。


 太陽は青空に輝いており、その光が煌めく緑の木々や草花に降り注いでいる。日々の気温は高く、暑い日差しの中で風は心地よく吹き抜けている。遠くには蝉の声が響き、どこかでせせらぎが流れているかのような涼やかな音が漂っている。



 「こっちの世界の夏って、こんなに暑いの?」


 すぐに額から滴り落ちるような汗が、俺の顔面に広がる。


 「日本の夏は特にね」

 「このジメジメとした暑さはやばいね。身体が溶けそうだよ」


 マジで身体が溶ける。既に服の生地が湿って、俺の肌に張り付いている感覚だし。気持ちわるぅ。


 「確かに、今朝の天気予報では38°Cって言ってたよね。しかも今日は暑さに加えて、あまり風も吹いていないから、余計に暑いよねー」

 「ほんとだよー」


 俺は美咲に賛同する。


 「シンくんがいた世界の夏はどうだったの?」

 「そりゃあもう、日本と全然違うよ。こんなにジメジメしてないし、暑くないし」

 「そうなんだね」


 眉間には軽いしわが寄り、美咲の口元は微かに開く。


 そんな会話をしながら、俺と美咲は駅前にある浴衣店に向けて歩き進める。



 俺が編入試験に合格してから1週間後、美咲が通う高校は夏休みに入った。

 俺と美咲は涼しい家の中で過ごしていたが、来月の頭にある夏祭りというイベントに美咲やことりたちと行くことになり、今日は夏祭りに着ていく服を買いにきている。



 カラン、カラン。


 駅前の浴衣店に着き、俺は透明なガラスのドアを引く。


 「いらっしゃいませ」


 店内に入ると、若い女性店員が俺たちを迎え入れる。

 店内には、爽やかな柔軟な布地が積み重ねられ、女性用の浴衣が多く見える。それでも、店の奥の方には男性用の浴衣も売られている。


 「こんにちは。今日は、彼の浴衣を買いにきたのですが、何かオススメありますか?」


 美咲がオススメを尋ねると、女性店員は俺の方に視線を一度変えて、上から下を見る。


 「見た感じですと、高校生ですか?」

 「はい」

 「そしたらオススメの浴衣がございます。案内しますので、ついてきてください」

 「はい。ありがとうございます」


 女性店員と美咲だけで会話が進み、俺と美咲は女性店員のあとをついていく。

 


 「こちらの浴衣になりますが、いかがでしょうか?」


 女性店員は手のひら全体で示しながら提案する。

 女性店員が提案したのは青い浴衣だった。その青い浴衣は、深い海のような濃い青色で、織り柄には白い波模様や涼しげな花火のデザインが施されている。浴衣の襟や袖には、白い帯や縁取りがアクセントとして施され、清涼感を引き立てている。


 「どう、シンくん?」


 美咲は浴衣から俺に視線を変える。


 「初めて浴衣っていうのを見たけど、こういう服なんだね。店員さんにオススメされたし、一回試着してみようかな」

 「分かった」


 青い浴衣を手にして、俺たちは試着室へと向かう。



 「山田さん、彼の試着お手伝いできますか?」

 「わかりました」


 女性店員は試着室の近くにいた山田という若い男性店員に声をかける。


 「じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 俺は美咲に一言伝えて、男性店員と一緒に試着室へと向かう。


 「お客様は、浴衣を着るのは初めてですか?」

 「は……はい」

 「では、私が浴衣の着方を教えましょう」


 もちろん、浴衣なんて今まで一度も着たことがない。そもそも、俺の世界ではこんな質の良い生地を使った服自体、貴族たちが着る服だった。


 「まずは––––––––––」


 俺は男性に言われた通りに浴衣の着用を進める。



 「いかがでしょうか?」


 俺は目の前にある大きな鏡で自分の姿を確認する。


 「なんか、違う感じだな」


 俺は微笑みを浮かべながら呟く。


 そして、俺は深い青の生地に手を滑らせる。

 この生地、軽やかで風通しの良い素材だなー。


 「店員さん、ありがとうございます。気に入りました」

 「いえいえ」


 俺は男性店員に感謝の言葉を伝え、試着室の外で1人待っている美咲を呼ぶ。



 「シンくん、とっても似合ってるよ」


 美咲は俺の浴衣姿を見て早々、称賛する。


 「なんか、シンくんの青い瞳と青色の浴衣がマッチしていて、めっちゃ良い感じ」

 「そう?ありがとう」

 「うん」

 「それじゃあ、これにしよっかな」

 「うん。そうしよ。私も気に入ったし」


 俺は今着ている浴衣が気に入り、この浴衣を購入することを決めた。


 「店員さん、この浴衣購入します」

 「ありがとうございます。清算はレジの方でお願いします」


 美咲が男性店員に購入することを伝えている間に、俺は試着室で浴衣を脱ぐ。


 


 「ありがとうございました」


 会計の店員さんにそう言われて、俺と美咲は店の外に出る。


 「美咲、ありがとうね」

 「いいよ」


 俺は美咲に感謝の言葉を伝える。


 美咲と美咲の両親にはとても感謝している。こんな見ず知らずだった俺をここまでよくしてくれて。美咲に何かあった時は、俺がしっかりと守らないと……

 俺は心の中でそんなことを決心して、美咲と一緒に家までの帰路を歩き始めた。

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