第43話. 異世界の少年、地球で夏祭りに行く。⑧

 「これであとはあなただけですね」


 俺は地面に座り込んでいる短髪の男の前に立つ。


 「これは何かの間違いだ。間違いだ。間違いだ。間違いだ。間違いだ。間違いだ。ま––––––––––」


 男は気が動転していて、俺の発言に耳を一切傾けない。


 「これに懲りたら、もう無理やり女性を連れて行こうとするな!」


 俺強い口調で男を説教する。

 

 正直1発殴ってやりたい。美咲にあんな怖い思いをさせたんだから。

 しかし、それでも俺は自制心を保ち続ける。俺個人的にも、弱って無力な人を殴るようなことはできない。


 俺は一言ビシッと男に言ったあと、俺は後ろを振り向き、美咲の元へと行く。


 そんな様子を周りの人たちは呆然と見ていた。



 「美咲、お待たせ。待たせてごめんね」

 「あ……うん」


 美咲は口をポカンと開けていたが、俺が声をかけたことによって我に返る。


 「それじゃあ、みんな待ってるし、みんなのところに戻ろっか?」

 「う……うん」


 俺は美咲の右手を取ってさっさとこの場を去り、浩介たちとの集合場所へと向かう。


 戻る途中、ポケットスマホを確認すると、約束の1時間をとっくに過ぎていた。





 ◇ ◆ ◇


 シンが3人組のナンパ男を倒し終える30分前––––––––––



 「どう、いたか?」


 浩介は集合場所に戻り、先に戻っていた悠斗とことりに尋ねる。


 「見つけらなかった」

 「私もー」


 どうやら2人とも見つけられなかったらしい。


 「そういえば、シンはどこだ?」

 

 シンの名前があがり、悠斗とことりは左右を見回す。


 「シンくん、まだ戻ってきてないみたいだね。まだ1時間経つまで5分あるし、少し待とう」


 「「そうだな」」


 ことりの意見に悠斗と浩介も同意する。




 シンを待つこと30分……


 「シンの奴、中々戻ってこないな」


 シンの戻りがあまりにも遅く、浩介は再び口を開く。


 「そうだねー。シンくん、道にでも迷っちゃったのかな?」


 ことりたちはシンのことも心配し始める。


 「なー、浩介。もう一度探しに行かないか?」

 「ああ、そうだな。もう一度探しに行くか」


 顎を触っていた浩介は、悠斗の意見に同意する。


 「今回探すのは、美咲に加えてシンもだ。彼は確か外国から来たばかりだと言っていたから、この人混みの中で迷子になった可能性もある」


 悠斗とことりは頷きながら浩介の話をしっかりと聞く。


 「それじゃあ、今回は30分後にまたここに集合しよう」


 「「分かった」」


 悠斗とことりは了解したあと、美咲に加えてシンを探しに人混みの中に入り込んでいった。


 ◇ ◆ ◇





 「美咲、着いたよ」


 俺は繋いでいた左手を美咲から離す。


 「ありがとう」


 美咲は戻る途中に購入したピンク色のわたあめを食べながら、集合場所のテーブルベンチのベンチに腰を下ろす。続いて、俺も美咲の右隣に腰を下ろす。



 戻る途中、俺は美咲の右手をずっと握っていた。

 思春期真っ最中の付き合ってもいない男女が手を繋ぐのはどうかと思ったが、今回は致し方なかった。

 今まで女子と手を繋いだのがソフィアぐらいだった俺は、美咲を安心させようと緊張感を隠して、美咲の手を優しく包み込むように握っていた。美咲の手はとても綺麗で柔らかかったが、少し震えていた。

 あんな怖い思いをしたんだ。仕方がない。


 少し歩くと、美咲の手の震えは段々と無くなり、美咲の手から温かさが伝わってきた。そして、次第にはいつも通りの美咲に戻り、「私、わたあめが食べたい」と言い出した。

 そして、俺と美咲は手を繋いだままわたあめというお菓子が売られている屋台に足を運んから、集合場所に戻ってきた。



 「みんなが戻ってくるまで少し待ってよっか」

 「うん」


 俺は美咲から少しわたあめを分けてもらいながら、悠斗たちのことを待つ。



 「甘い」

 「でしょ?私、わたあめ好きなんだ」

 「そうなんだ。今日初めて食べたけど、これは癖になるね」


 俺は少し笑いを交えながら話す。

 

 ピンク色のわたあめは丸くふんわりと広がっており、甘い香りが漂ってくる。手際よく巻かれたわたあめは、スティックに巻きつけられ、その先からはキラキラとしたピンクの繊維が優雅に広がっていた。

 わたあめ自体はふんわりと柔らかな食感を持ち、ピンク色が夏らしい明るさを醸し出している。一切れ口に入れると、口内の熱でわたが溶け、ほどよい甘さが口の中にいっぱい広がる。



 「シンくん、今度一緒に家でわたあめ作ろっか」

 「そうだね」

 「それじゃあ、いつ作––––––––––」


 今の美咲を側から見ると、普段通りの美咲に見える。


 しかし、それはただの錯覚だ。

 今の美咲は、

 あんな怖い思いをして、こんな直ぐに戻れるわけがないんだ。


 無理に普段の美咲を表現している美咲を見ていると、俺の心が痛む。

 美咲と出会ってまだ数ヶ月しか経っていない俺だが、一つ屋根のした一緒に暮らしていると、美咲の違いに気づく。


 

 「美咲?」

 「––––––––––あるし……って、どうしたの?」


 美咲は口を動かすのを1度止める。


 「無理して普段の自分を表現しなくても良いんだよ」


 俺は優しい口調でゆっくりと伝える。


 「……」


 俺の言葉を聞いた美咲は、先ほどまでの雰囲気とは変わり、瞳に今にも零れ落ちそうな水滴が映し出される。


 「美咲、さっきは怖かったでしょ?泣きたい時は泣いて良いんだよ」


 俺はさらに、優しい口調でゆっくりと言葉を付け足す。


 「……」


 遂に美咲の中でのスイッチが外れたのか、美咲の瞳から涙が零れ落ち始める。

 俺は美咲の頭を体で優しく包み込み、泣き止むまで美咲の頭を優しく撫でる。


 普段から明るい美咲しか見てこなかった俺は、今泣いている美咲の姿を見て、改めて「」と思った。

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