track #10 - Mulatto, Albino, Mosquito, Libido②

 パーテーションと観葉植物で仕切られていて、3段の階段を上るとVIPルームだ。

完全に仕切られた個室ではないので、中の様子が伺える。

人気俳優を一目見たいからか、自分も招いて欲しいからか、その周りには女の子で溢れていた。

テーブルの上には高級なシャンパンやカクテルのグラスがいくつも散乱している。壁沿いにコの字型に長く大きなソファーと1人掛けの丸椅子も散らばっている。3人の男の人がソファーに座り、その周りには一緒に来たのかココでナンパしたのか、たくさんの女の子が群がっていた。まるでキャバクラだ。

Loveriラブリ! やっと来てくれた! こっち!」

と、ソファーの中心にいる男の子がアタシを呼んだ。

耳元で「あれがショウ」と、ルミが囁いた。アタシはまるで人気キャバクラ嬢の気分だが、彼女らのように上客を喜ばすこなれた愛想などできないので、ぎこちない笑顔で彼に近寄り

「あの、友達のMilkyミルキィもいい?」

と、アタシがショウに聞くと

「もちろんだよ、2人の曲、最高じゃん」

彼は笑顔で答えたので、ショウの左側にアタシは座って、右側にはルミが座った。

 さっきまでこの場所に座っていた女の子は隅に追いやられて、アタシをにらんでいる。アタシは喜んでこの場に来たわけじゃないのに、気まずい思いまでしている。


 ショウは確かにかっこいい、アタシはタイプではないがかっこいい。

クラブの薄暗い明りでもわかるほど整った顔しているし、笑顔はかわいいらしい。

人気の俳優というのも納得で、確かにCMか何かで見覚えがあった。

ルミがいつもよりも1オクターブ高い声で話している。

 彼はアタシがWhitneyホイットニーを歌っている動画をたまたま見つけて興味をもって、YouTubeユーチューブを見てアタシについて調べて、ココ“BESPINベスピン”までたどり着いたという。

もともとR&Bが好きでアタシのファンになったと言っている。

「よかったら、レコード会社紹介するよ」

ショウはアタシの耳元で言った。

このクラブの造り的にVIPルームはフロアから離れているのもあるし、こちらのスピーカーは音量が少し小さめに設定されているようで話しやすいのだが、彼はアタシの耳元でささやいた。

「音楽業界にも知り合いいっぱいいるからさ、Loveriラブリならすぐ売れるよ。オレが推してあげる」

アタシは返答しなかったがショウの顔を見ると、彼はかわいい笑顔を作った。

 そして「ネイルかわいいぃ」と言ってアタシの手を取って自分の顔の前に持って行ってネイルを見ている。

「ショウ、私のネイルも見てよ!」

と、ルミがどうやって生活しているのかと思うほど長いネイルを彼の顔の前に差し出した。

Milkミルクちゃんのネイルもステキだね。」

と、ショウが笑顔で返したのでルミはウットリしていた。

「ねぇ、ショウ、アタシMilkミルクじゃなくて、Milkyミルキィだよ」

Milkミルクっぽいじゃん、Milkミルクちゃん」

「まぁ、Milky-Uミルキィ ユー a.k.aエーケーエー Mom's tasteマムズティスト*だからね」

「おいしそうな名前~」

2人は確信に触れそうで触れないバカな話をしている。

 しかしショウは、ネイルを見るために取ったアタシの手を自分の太ももの上に置いてずっとに握ったままにしている。

ルミとのしょうもない話が続いているが、アタシの手を離してはくれない。

そして隙をついて

「この後、2人きりにならない?」

と、またアタシの耳元でささやいた。

彼氏がいるとハッキリ言ったが

「そうなんだ、でも飲みに行くくらいイイでしょ?」

と、ショウは飄々ひょうひょうと言って引き下がらずにまたかわいい笑顔を向けるので、ひるんだアタシは手を握られたまま黙った。

 そしてルミとショウはまたアホらしい会話を始める。合間をついてショウはアタシの耳にささやく。その地獄のループにうんざりして

「ごめんなさい、アタシ予定あって」

と、立ち上がろうとすると、ショウは握っているアタシの手を思いきり引いて、またソファーに座らせた。

「業界の人、紹介してあげるから。また逢いに来るね」

そう言って悪魔の笑顔を見せてアタシの手を離した。

立ち上がったアタシはルミに『行くよ』と合図を送ると、ルミは首を横に振って自分はココに残ると意思を表明した。

ルミを置いてアタシはVIPルームの出口に歩き出した。階段を降りる時後ろを振り返ってルミを見ると、ショウに肩を抱かれて身体を密着させ楽しそうな笑顔になっていた。


 もちろん予定のないアタシはバーでコロナビールを受け取って楽屋へ戻った。

楽屋のドアを開けて1歩入るなりビールを一気に飲むと

「おぉ、おかえり、No1ナンバーワン、どうしたよ」

と、マサトが笑いながら聞いた。周りのみんなも笑っている。

「ずっと手握られてた。ルミはずっとエロトークしてるし」

アタシがVIPルームでの出来事を報告すると

「ほーら、タチ悪ぃじゃん」

「ま、手ぐらいで済んでよかったじゃん」

Jayジェイいなくてよかったな、いたら怒ってんぞ」

と、口々に言われた。

こうやってまたクラブで活動する人達の楽屋での会話のネタにされ、人気俳優ショウのクラブ界隈での評判は下がっていくのだ。

フロアに出ているところを見つかったら、またVIPルーム呼ばれるかもしれないので今夜はこのまま終了まで楽屋に身を隠すことを決めた。

 なかなか戻ってこないルミが気になってメッセージを送った。

<あの男アタシの事もくどいてたからね。そこんとこお忘れなく!>

既読になったものの返信は来ない。

閉店間際になって楽屋に戻ってきたルミは彼らご一行とこの後飲みに行くと言って、荷物を持って飛び出していった。

「アイちん、わかってるから心配しないで」

と、一言残して、アタシが何か言う間も与えてくれなかった。

「アイツ、バカみたいなことばっか言ってっけど、バカじゃねぇから大丈夫だよ」

ルミを心配しているアタシを見かねてマサトが言った。

確かにルミはバカじゃない。アタシにはいつもジョージがいてくれるからわからないけど、ルミのように恋愛っぽいことを楽しんでいる女の子もいるのはわかっている。



◆◆◆


a.k.a Mom's taste:a.k.a→訳)またの名を。Mom's taste→訳)ママの味

(不二家さんごめんなさい。by作者)

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