track #25 - December

 賑やかな12月にふさわしく、新曲をリリースするたびに出演しているおなじみの音楽番組の特番は大規模なコンサートホールで行われた。5,000人の観客も入りミュージシャンも若手から大御所まで30組出演する。観客やTVの前の視聴者が生放送で盛り上がるのは間違いないが、普段会えないミュージシャンと会えたり、1組あたり1,2曲だとしてもライブを観られるのは楽しい。

 屈強なセキュリティ男性が扉の前に立ちはだかっているのを見てそこがサオリの楽屋だとわかった。今日はスタッフも出入りの業者も多いからだろうか、男性が2人になっていて、挨拶がしたいとドアの前まで行ったが

「ライブ前は誰にも会わないので」

と、その片方に断られた。サオリは今年も安定した国民的人気を得ていて、5時間におよぶ番組の最後の方にでてくる彼女を観客と視聴者は待っている。

 アタシはというと真ん中より少し後ろの方の出番で、前半は楽屋の小さなモニターでライブを見ながら発声や衣装などの準備をしてあわただしくしていた。出番を終えてやることもなくなったので楽屋の並ぶ廊下の一角に広く開けた場所がありそこに置いてある大きなモニターでライブを楽しむことにした。

廊下をミュージシャンや関係者が行ったり来たりしているし、誰かが何かを叫んでたりするし、スタッフが時折モニターの前に立ち止まったりしてせわしないが、その混とんとした雰囲気も大画面で見るライブも楽しかった。

壁際にひじ掛けも背もたれもないただの黒い長方形のソファーがあってそこに腰かけていると、

「となり、いいッスか?」

右の上の方から男の人の声がして見上げると、さきほどステージ上で歌う姿がモニターに映っていた人だった。

「あ、うん」

そっけない返事を返すと彼は「ども」と言って座った。

彼は小野瀬 直樹おのせ なおき、アタシがここに座った時にちょうどギターを抱えて独りで歌っている姿がモニターに映し出されていた。アタシが以前楽曲を提供したボーイズグループの先輩にあたるアイドルだ。5人組の彼のグループはよりにもよって1番人気のあったメンバーが女性関係のスキャンダルを起こし解雇され、それ以降解散はしていないがソロ活動をしている。

「観ました、さっき。独りで歌ってるんですね」

周りは騒がしいが沈黙に耐えられなくなったアタシは思わず話しかけた。

「うん。今グループ活動休止中なんで」

そう返答があってデリケートな部分に触れてしまったと気がついて余計なことを聞かない方がいいと悟ったアタシは黙った。

「あぁ、ごめん、そんな言い方、気ぃ使うよね」

彼はそんなアタシを察したのか笑い飛ばした。さすがにアイドルというだけあってその笑顔は輝いていた。ツーブロックで少し長いウェーブのかかった黒い髪をワックスでオールバックにしていてアイドルにしては硬派な雰囲気で『かわいい』『王子様のよう』ではなく『男くさい』という言葉がピッタリだった。それでも確かにアイドルらしい清潔感とかっこよさもある。そしてさっきからアタシの緊張感を煽るようなオーラのようなモノも感じている。これがきっとスターなのだ。

「突然いいっスか?」

モニターを観ているアタシに今度は彼が話しかけたので、返事をするともなく彼の方を見ると

「オレ、もっとちゃんと音楽やりたくて、教えてもらえないッスか?」

と、突拍子もないコトを言った。

以前ボーイズグループの研究をした時に彼のグループの曲も聴いたので知っている。大衆受けしそうなポップな曲をやっていた。グループが活動休止した後にソロで歌っていたのは今さっき知ったのだが、背も高くハンサムでギターを奏でる姿もサマになっていたし、いがいにも歌が上手だったのには驚いた。ポップな曲調ではあったが王道なロックでアタシが何か教えられるような気はしなかった。

「えぇ?! アタシ? なんで? っていうか、充分かっこいいっすよ?」

「かっこいいか……」

アタシはまた地雷を踏んだようで彼の笑顔が少し曇った。

「いや、本当、アタシなんて人に教えられるほどのものでは……」

アタシが取り繕うと彼はまじめな顔をして今の自分をとりまく音楽の状況を話し出した。グループで歌っていた頃はいろいろなミュージシャンに提供してもらったその時々の流行りに乗った楽曲を歌っていた。それはそれで楽しかったという。しかし年を重ね、経験を重ね、自分が好みのを音楽を自分で自覚するようになって、それまでコツコツ練習してきたギターを使って作曲を始めた。そして作詞もするようになった。親しくなったスタジオミュージシャンやサポートミュージシャンとバンド編成でライブをするようになった。

「で、ソロアルバム出すことになったんで、いろいろ教えてっていうか、曲提供して欲しいなって……」

「アタシ、ロックは聴くけど、得意分野ではないよ?」

と、彼のオファーにアタシが返すと、彼はまたきれいな平行二重の目を細めてニッコリ口を大きく横に広げて言った。

「でも、あの後輩たちのさ大阪弁の曲、すげぇよかったから」

 ジョージにリリックを書いてもらったアノ曲のコトだ。ジョージを思い出すとまだ少し胸が痛い。毎日新しいことの連続で忙しかったので、ジョージを思い出すのが日々減っていって思い出さない日の方が多くなった。だからだろうか、思い出すとズシっとくる。

「アタシでよければ……、何かお手伝いはできるかも」

アタシはそう答えた。

忙しくしていれば、もっとジョージを思い出さなくて済む。思い出さない日を1日でも多くして、一瞬たりとも思い出さないようになりたい。

「じゃ、早速スタッフに伝えますね」

彼はそう言いながら立ち上がり、アタシは彼を見上げてうなずいた。

 ザワザワと今まででひときわ大きな騒音が廊下に響き、大名行列のような一団が廊下をステージに向かって歩いている。その人の波の先頭にいるのはサオリだ。

「すごい人数……さすが」

その様子に思わずアタシがつぶやくと

「あそこはいつもあんなんだよ」

彼もポツリと言った。

サオリの出番だというコトは番組はまもなく終わりというコトで、今夜の出演者が総出でエンディングを迎えるので楽屋に戻って支度しなおさないとならず、小野瀬 直樹おのせ なおきとはそれで別れた。

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