track #26 - Bombshell
⚠ 過去に被害にあった人が登場します。そのものの描写はありませんが想起させてしまう可能性があります。ご注意ください。
◆◆◆
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「今日、なんかヘンじゃない?」
と、楽屋にいたサクラに聞いた。
「え?なに? っていうかどこいってたのよ、早くエンディングの支度して」
急かされたので、軽くメイクを直してもらいながら改めて聞いた。
「サオリちゃんの楽屋オトナ多いし、そんなものなのかなぁ」
「まぁあの子はもともと大所帯じゃん。だけど多分昨日の件でナーヴァスになってるんだよ」
「昨日の件?」
アタシが聞き返すとヘアメイク担当のマサミがアタシの顔にブラシをあてながらすかさず
「あそこの社長に無理やり……その……アレ……って、被害者だって女の子がいて」
と、声のボリュームを落として言いずらそうに教えてくれたので
「え、なにそれ。
と、思わずマサミの顔を見ると、彼はメイク途中のアタシの頭を片手で押さえて顔を無理やり正面に戻した。
「週刊誌にモデルだか女優だかの女の子が告発したんだよ」
彼は鏡越しに情報の続きを話した。
アタシは驚いて鏡越しにマサミを見たままでいると
「昨日と今日で、自分も同じって子が2人もSNSに現れたみたい」
と、サクラが付け加えると
「“Me Too”だね」
と、マサミが言った。
驚いたが、驚いてはいない。あの社長ならありえる。サクラも口にはしないがそう思ってそうな口ぶりだ。
ただ告発する勇気がある子が現れたのに驚いた。
髪を直してもらっている間にSNSやニュースサイトに目を通して更に驚いた。勇気あるその女の子が批判されている、週刊誌の記事も『だから週刊誌は』と誤報扱いされて、SNSで訴えた2人に関しては直接批判のコメントを投げつけられている。
そのうちの1人はダンススクールでコーチをしているダンサーで、SNSでは実名・顔出しでだいぶ前から日常を綴っているので、彼女の関連先まで被害を受け始めていた。
近年、ミュージシャン以外にも俳優やモデルなど、トップスターを輩出してきた
それに比べて告発した女性は“売れないモデル”だった。売名行為だとか売れなかったことへの逆恨みとか言われている。
それにサオリを初めとした在籍のスター達も日ごろから社長への感謝とリスペクトを語っているので各々のファンも社長を崇めていて、
「サオに悲しい思いさせるなんて」
と、お門違いの批判までされている。
今モニターの中で歌っているのはサオリだ。淡いベージュのミルフィーユのように幾重にも重なったふんわりとした素材のドレスのスカートが床に沿って大きく広がって、カールされた髪にはティアラを付けてまるでお姫様のような彼女は切々とラブソングを歌っている。
サオリのようになりたいと若い女の子がこぞって彼女のファッションや髪形・メイクをマネする。サオリのような歌手になりたいと若い女の子が次々と音楽業界の門を叩く。
お姫様でカリスマでスターで、絶大なチカラを持っているサオリは今何を思っているのだろう。
自分のファンが被害者を攻めている件は知っているのだろうか。
面白がっているだけなのか、信じていた人に裏切られたコトを受け入れられないからなのか、本当に社長を信じているからなのか、ただのイジワルか、被害を告発した女性達への風当たりは強かった。
アタシは何か発信しなくてはと思ったが、エンディングでステージに行かなくてはならなくてスマホを置いた。
番組が終わりステージから降りて楽屋に戻る道すがら、サオリに話しかけた。
「大変だね、事務所……」
「あぁ、サオには関係ないから。シャチョーが弁護士とウマくやるっしょ」
長いドレスの裾を2人がかりで持ち上げられて、まるでヴァージンロードを歩いているような様子であっさりとした返事だった。
「でも、告発した子達叩かれてるよ? ほっといていいの?」
「サオはシャチョーにイヤなことされてないし、関係ないもん。すぐ落ち着くでしょ」
自分をスターにしてくれた人だし、きっと社長とシンガーという以上の関係だった人だし、信じたいサオリの気持ちもわかる。社長を良く知る間柄だからこそ関心がないフリをしているのだろう。アタシはサオリに酷なことを求めようとしているのもわかっている。だけど、アタシなんかより絶大な影響力のあるサオリにこの件についてもっと深く考えて欲しかった。
自分の楽屋を通り過ぎたがサオリに訴えた。
「サオリちゃん、すぐじゃなくていいから、誹謗中傷は止めるようにって……どちら側にもって……発信して」
サオリは歩みを止めて、アタシに向き合った。急に向きを変えたのでスカートの裾を持ち上げているスタッフが翻弄されている。
「なんでサオが? 私こそ被害者なんだけど、年末の忙しい時に、事務所ゴタゴタして。カントダウンライブに集中しろっつぅの」
彼女は先ほどより声を強くして、眉間にしわを寄せた。
「忙しいのはわかるしサオリちゃんの立場もわかるよ」
「まじでいい迷惑。ラブちゃんは週刊誌とかSNSとか信じてるんだ」
「真実はアタシにはわかんないよ、でも、誹謗中傷は違うじゃん」
「サオはシャチョーのコト、信じるって決めたの。関わりたくないの」
と、言い捨てて前を向きなおして去って行った。
アタシが「サオリちゃん」と呼び止めようとした瞬間、アタシの肩に手が乗ってそれを制した。
振り返ると先ほど親しくなったばかりの|
彼は何も言わなかったがなんとも言えない表情で『これ以上はムリだ』と諭してくれているようだった。
帰り道、コンビニによって告発の載った週刊誌を買った。
被害を訴えている元モデルの女性は、複数人が参加したパーティで酔っぱらってしまって同意をしてないのに
自分の身に何が起きたか理解するまでには数日かかったという。翌日には地元の幼馴染に急に電話をして仕事がうまくいかないなどのグチと、それでもたくさんの有名人達と知り合いになったと半ば自慢話のようなこともした。
そのまた翌日、なぜかわからないが
折り返しがあったのはさらにその翌日だった。電話が来るとも思っていなかったし何が話したかったのかも自分でもわかっておらず戸惑っていると、社長は
彼女はうれしかったという、これで有名モデルになる夢が叶ったと思ったという。
でもその喜びもつかの間で、断片的に屈辱的なシーンを思い出す。なんでそこまで飲んでしまったのかと自分を責める。飲みすぎた自分が悪かったのだと自分を納得させようとする。そんなループに陥り、心的ストレスを抱えてモデルの道を諦めて実家に帰ったという。
そんな出来事があってから2年、今は自分に何が起きて、社長は何をしたのか、しようとしたのかが理解できたという。今あの社長がカリスマとして扱われていることに憤りを感じて被害を訴えることにしたという記事だった。
イスに座って取材に応じる彼女の胸から下の写真も載っていた。
リクルートスーツといったふうの黒いスーツに白いインナーといういで立ちで、ひざ丈のタイトスカートから伸びる足に見覚えがあるような気がした。それは気のせいかもしれないが、いつだったか社長の家のパーティーに行った時に会ったモデルと名乗った女の子を思い出した。
あの子とはあれ以来会っていない。あの子の名前も知らない。あの子かはわからない。
でも、被害者は実在している女の子なのだ、そう実感した。
<真実はアタシにはわからない。誹謗中傷するようなことじゃないのは確か。もっと思いやりを。>
アタシはSNSに書き込んだ。
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