track #27 - Butterfly Effect
まるで頂点から転落していくサマを楽しむかのように
週刊誌系は後追い記事を次々とネットに上げ、最初の報道から1週後、また新しい女性が半身の写真入りで告発をした。これも最初の仮名“A子”と書かれた元モデルの子と似たような内容で“B子”となった。SNSで個人的に告発した子への取材もかけていた。
この事件をキャンペーン報道している週刊誌以外の週刊誌やネット記事は、飲み会に参加したことがあるという子や“被害者だとは思っていないが関係を持った”という子のインタビューなど周辺情報を扱い始めた。
SNSではそれへの賛否と共に、『私も被害者だ』と個人的にSNSに告発している子もいて、収集がつかない状態だった。
告発者が増えるたびに、被害者への同情や連帯の声は増えたが誹謗中傷も増した。
これだけの騒ぎになっているのでニュースや情報番組でも取り上げてはいるが週刊誌の記事を紹介する程度でたいした扱いではなかった。TV局はスターを多く抱えた
業界全体にそんな空気が蔓延していて、誰も何も発信しない。
年末の忙しさと、年をまたぎ時が過ぎて『週刊誌のガセだった』と、この件が流されて世間が忘却するのを狙っているようだった。
だから誹謗中傷も止まらない。社長のチカラの大きさを思い知る。
そんな中で音楽業界から被害者に連帯を示す発信したのはほんの数名で、その人達にも攻撃が及んだ。もちろんその中の1人はアタシだ。SNSには辛辣なコメントがたくさん寄せられて、いわゆる炎上状態になっている。
アタシの場合、さらに追い打ちをかけられた。
ネットで読めるゴシップ記事で、歌番組の特番の終わりにサオリと言い合った様子が書かれてしまった。言い合いの内容は捏造だか妄想だかで実際とは違ったが、言い合ったのは確かで、サオリがアタシに苛立ったのは事実だ。
同時期に活動してる同じ年の女性シンガーという共通項があるからだろう、アタシとサオリは何かと比べられる。お互いのファンが競ったりもしている。アタシ達は望んでいないのに。世間はアタシ達を何かと比較し競わせる。
今の状況でこの記事が拡散されて、サオリは“騒動に巻き込まれたかわいそうなお姫様”で、アタシは“サオリを責め立てる意識高い系の悪者”という構図に仕立て上げられてしまった。
アタシは間違ったことを言っていない自信があったし、正しいことをしたと思っている。アタシに共感してくれる声もある。
でもやはり、批判されるのは辛い。被害者の女の子達の方がもっと辛いだろうし、アタシはヘコんでいる場合でないとキモチを強く持って、SNSと距離を置くことにした。
先日仕事をオファーされた
彼は多忙だろうからと暢気に構えていたが予想以上に早い連絡で、1晩でデモにも満たないかなりラフな案を用意してみた。彼のコトをあまり知らないのでちゃんと調べてから打ち合わせと本格的な制作に挑もうと、ラップトップを立ち上げた。
ベッド上の枕を背もたれにして腰かけ、ラップトップを膝に置き<小野瀬 直樹>と、検索した。
公式サイトに目を通し、
打ち合わせ当日、スタジオに行くと
アタシは録音してきた簡単なデモを聴かせた後ブース内にあるピアノの前に座り、その横に譜面台とイスが用意され、彼がギターを持ってきて座った。それでデモを気に入ってくれた彼とスタッフとで曲をブラッシュアップする作業に入った。
アタシが用意してきたフレーズを弾くと、彼が少し考えてからギターを鳴らす。それをブースの外で聴いているスタッフが意見を投げかけてくれて、それを2人で試す。手を止めてただの雑談もする。ふと沸いたアイデアを試してみて意見を交換する。
初めて一緒に作業するのにもかかわらず、とても居心地がよくスムースに時間が進んでいった。同じ年だからだろうか、多分、音楽に関しては価値観は近い。とても仕事しやすい。人間同士の相性がイイのかと思ったが、それは錯覚で、|
アタシが今まで会ってきた有名人達とは彼は違った。
昼過ぎにスタジオに入ったが気がつけば夕方で、作業を終えることとなりスタッフが片付けを始めた。
「メシいかないっすか? この後」
「え、そういうの目的でした? これって」
急に誘われて警戒心を爆発させた返答をしてしまった。
「いや、ごめんなさい、メシも誘いたいけど……仕事はマジでリスペクトしてるんで」
彼が困った顔で謝ったの見て、アタシは自分の言動を反省した。こんなに良い空気を作り出す彼に不純な動機があるはずはない。
「ごめんなさい、アタシこそ。警戒しすぎですよね、感じ悪いですよね。売れなかった頃そんなんバッカリだったから、つい」
「そうなんスね……」
神妙な顔をしたと思ったら、また明るい笑顔に戻して彼は言った。
「普通に仕事して、普通に腹減ったから、普通にメシ行かないッスか?」
不器用で親切な誘いがおかしくてアタシが笑っていると
「酒もナシ! 働いて腹減ったから、メシ食う、それだけ!」
そう言って彼が立ち上がったので、アタシも立ち上がり
「行きます」
と、言うと彼は今日で1番の笑顔になった。
彼に案内されたのは定食屋だった。
カウンターがあって、4人掛けのテーブル席が2席ほど、壁にメニューが貼ってある街中によくある定食屋だ。カウンターの中にはガタイのよい40代くらいの男性が調理している。その人のパートナーだと紹介された女性がお茶を出したり、お会計をしたりサポートしている。店に入ると同時に
カウンターの奥に2人で並んだ。
「ココ、マジで生姜焼きウマいから」
と、アタシに進めてくれたのだがアタシはブタ肉が苦手だで、それを伝えると
「えぇー、人生損してるよ、それ。生姜焼き食べらんないとかぁ」
楽しそうにそう言った。
「こういうところ行くんですね」
さっき彼が宣言した通り、色気もない定食屋で驚いたので思わず口にすると
「アイドルは定食屋行かないと思ってた?」
「あ、いや……」
「ごめん、意地悪な言い方したよね。オレはわりと庶民派よ、ラーメン屋とか独りで行ったりするしね」
「ファミレスとかも?」
「うん、あと松屋のハンバーグも好きだし」
笑顔で話す彼に罪悪感を感じた。アタシは偏見でしか見ていなかった。昨晩調べたインターネットの中の彼は世間が『こうであって欲しい』と思う彼が大半で、本当の彼は飾り気のない服装で気軽に定食屋に入るような人なのだ。
アタシ達が店に入ってから感じている違和感に彼越しに気がついた。後ろのテーブル席に座っているアタシ達と同世代くらいのカップルがずっと彼を気にかけている。サインや写真をお願いしようかとヒソヒソと作戦会議をしている様子もある。
アタシがそれに気がついたのを彼が察して、気まずそうな笑顔をした。
彼はアイドルであることにコンプレックスがあるのだろうか、たまにそんな疑問を抱かせるような表情をするし、そんなことを言う。
スターはつらいのだろうか、アイドルをやめたいのだろうか、仕事は楽しくないのだろうか、彼のたまに見せるセツナイ表情や言動が気になり始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます