track #33 - Return①
さすがとしか言いようがない。
サオリは先手を打ってきた。
アタシとのラジオブースでの一件があってすぐ撮影したのだと思われる短い動画をその晩のうちにSNSにアップした。
どうやら週明けに
自宅と思われる場所で白い高級そうな大きなソファーに腰かけて、ラフなスウェットだけど高級ブランドのロゴまみれで、リラックスした雰囲気を醸し出している。プライベートな空間を晒すことで親近感を持たれると画策しているのだろうが、庶民の暮らしとはかけ離れた豪華な自宅が逆効果な気がしているのはアタシだけだろうか。
彼女の脇には可愛いらしいアクセサリーをつけた2匹の可愛らしい小型犬がお行儀よく座っている。
『事務所はいろいろ変わると思いますが、サオは変わりません』
大粒の涙を流しながら彼女の演説は続く。
『ファンのみんながいるから乗り切れると思います』
最初から“試練”なんて思っていないことを知っているアタシは彼女の独白に萎え始めた。
『それと、サオを支えてくれるのは、今はこの子達だけです』
そう言いながらサオリは2匹の愛犬を抱きしめた。
『がんばります』
と、愛犬に頬を寄せ涙をこぼしながら最高の笑顔を見せて動画は終わった。
とても可愛らしく感動的で素敵な3分の動画だった。
大半の人がそう思うだろう。
自暴自棄で恐れ知らずのアタシが何か確信をつくようなメッセージをSNSに発信するのではないかと危惧して先手を打ったに違いない。世の中の人はサオリの動画を見て彼女に同情しているはずだ。この時点でアタシが何かを発言したところで火に油を注ぐだけになるだろう。アタシはなにか発信つもりも元気もなかったが、もうこれに関わりたくないと心底思った。
しかしアタシの読みは甘かった。サオリの策はそんなレベルではなく、もっと巧妙だった。
『
『
サオリの信者は、この時系列のおかしい陰謀論まで流布し始めた。
サオリは悲劇のヒロインでアタシは悪者。この図式が強化されて、アタシを燃やし尽くそうと炎は勢いを増すばかりだった。
それから数日後、小野瀬から連絡が来た。
『連絡できなくてごめんね、心配してたんだ』
そう言ってくれたが、その言葉もどこか白々しく聞こえた。
「アタシは大丈夫だよ。何も悪いことしてないし、間違ったこともしてない」
『そうだよね……』
強く言ったアタシに彼は少し引いている様子だった。
『落ち着いたらゆっくり話そうよ』
小野瀬の本心は読めない上に、サオリの言葉が脳裏をよぎる。
「小野瀬クン、落ち着くことなんてあるの?」
アタシは意地悪な質問をした。
『ごめんね、本当に。事務所に今は見張られてて身動き取れないんだ、CM契約とかあってさ……』
彼はその続きは言わなかったが、アタシみたいなSNSが炎上するようなタイプのミュージシャンと付き合いがあると、スポンサーを困らせることになるということだろう。
世間が思うように小野瀬とサオリはお似合いなのだ。
スターで輝いていて、社会問題など難しいことや耳の痛いこと、賛否の別れることは発信しない、“優等生”だ。
問題児
それが良くわかった。
きっと彼はアタシみたいなタイプが珍しくて一緒にいただけなのだ。ただの興味本位でしかなかった。いざとなったらやはり“優等生”でいることを選んだ。
『今はちょっと無理なんだ』
と、小野瀬は言った。
その言葉で実感した。
アタシと
アタシはSNSやネットの反応を真に受けているつもりはないし、さほど気にもしていなかったが、デビューしてたった1年でこの世界に嫌気がさしていた。
アタシが作る音楽なんてなんの意味もないように思えたし、アタシが何を発信しても世界は変わらないと思い知らされた。
週刊誌報道も減っていき風化されつつあった。
エリナも被害を名乗り出たアルファベットで呼ばれた女の子達の存在も最初からいなかったかのようだ。
このキモチを誰よりもわかってくれているのはケイだった。
一緒にキモチを芸術に昇華させようとコラボレーションの企画を立ててくれた。
今回はアタシがトラックを作った。
最近起こったすべてのことを忘れたくて無心で作曲に取り組んだ。アタシはやはり制作に打ち込んでいる時が1番楽しいのかもしれない。CMの撮影をしたりテレビ番組に出たり雑誌の取材を受けたりラジオ番組をやったりするのも楽しいのだが、アタシはやはり音楽を作るのが好きなのだ。そう改めて思った。
あっという間にできあがったトラックをケイに聴かせると
「これ、クラッシック誕生の予感! 2人だけなのもったいねぇよ、ファックな業界の話なんかよりもっとかっこいいことやろうぜ」
と、たいそう気に入ってくれて、ラッパーの
せっかく同期3人がそろったのだから、自分達のルーツや理想を語ろうというテーマに変わった。
ケイはメジャーシーンで1番活躍しているラッパーでヒットメーカー。
アタシは問題発言するけど1部では支持されている女性シンガー。
マサトはアングラで知る人ぞ知るバトルの強い凄腕ラッパー。
今では3者3様の活動をして評価をされているが、元は同じ場所でしのぎを削っていた間柄だ。
一緒にいた頃、現在の立ち位置、未来の目標をマイクリレーしながら語っていく曲となった。少し長尺だが単純だけどダイナミックで硬派なトラックに聞きごたえのある内容だ。
3人の名義でシングルとしてリリースしたがそれほどヒットはしなかったものの、クラブ界隈では話題となった。
クラブシーンで硬派な活動を続けているマサトとメジャーシーンで派手に活動しているケイが共演しているというコト自体がニュースだった。
アタシにおいては今までメジャーでリリースしたどのシングルよりも評判がよかった。
ジョージが参加しているユニットのメンバーとやっているポットキャストでアタシ達の曲を
「嫉妬するほどかっけぇよ」
と、褒めてくれていた。
ラッパーやDJたちがあちらこちらで褒めてくれた。
そしてアタシ達は3人で
一緒にやってきたケイとマサトと一緒にステージに上がり、その日出番のあったジョージとルミがそれを見守った。
“セルアウト”と批判されていたケイはこの曲でクラブシーンにカムバックして、やはり彼のスキルを認めさせて再評価された。
最高に充実したステージングだった。
大手レコード会社に認めてもらい、所属させてもらい、たくさんの有名人と会ったし、スターとデートまでした。
そのどれよりもアタシはやっぱりクラブが好きで居心地がいい。
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