track #32 - DAMN
アタシと小野瀬の密会写真を入手した週刊誌が新春特大号と銘打って発売された。
雑誌の発売の前日の夜にはネットに簡単な記事が出るので、雑誌が人々にの手に届き読まれる頃にはネット・SNSは騒然となっていた。
アタシのSNSはアタシもほとんど投稿しなくなったし、エリナの引退もあったし、年をまたいだおかげで
しかし、小野瀬との写真で新たな火種が落とされて見事なまでに燃え上がっていた。応援メッセージを拾えない程、大量の批判で、SNSの体をなしてはいなかった。
サクラにコメントを付けられないように設定するよう言われたが、それを開くのさえ憂鬱でほったらかした。
週刊誌の問い合わせを無視してノーコメントを貫いたが、他のメディアから事務所やレコード会社に問い合わせや批判が殺到していた。
カニエは知り合いは直接スマホに連絡くれるから影響はないと、事務所の電話の電話線を抜いたとサクラ経由で聞いた。それと迷惑行為や脅迫めいたメッセージなどがSNSに散見されるようになってきたので、弁護士への相談も始めているという。
終いにはクラブ
数日後、久々にアタシが出演する予定になっていたからだ。さすがに爆破まではないだとろうと思ったが、お客と演者の距離の近いクラブに出演するのは危険だという判断でクラブ側と相談の上でアタシの出演はキャンセルされた。
<アイちん、あんなイイ男とデートする時は、髪くらいちゃんと整えなよ>
と、アタシのキャンセルを知ったであろうルミが心配してジョーク交じりのメッセージを送ってくれて、少し笑った。ルミとは一緒に出演するはずだった。
<大丈夫? なにかあったらいつでも連絡して>
別れて以来初めて、ジョージからメッセージが来た。報道に触れ
<すまん、オレちゃうね。みんなアイの味方やから。返信いらんよ。>
きっとジョージは心配して咄嗟にメッセージを送って来たのだが、アタシ達は別れて以来話してもいないので、気まずくなって2通目を送ってきたのだろう。
とても嬉しかった。
ジョージとは恋人同士ではなくなってしまったが、そもそも同じ音楽を愛し同じような志を持った仲間であり、尊敬し合う先輩・後輩の関係だった。
<ありがとう 心配してくれて。あんまり大丈夫じゃないけど、すぐ大丈夫になると思う>
と、今の正直なキモチを返信した。皮肉にもこの件を通じてジョージとの関係を見直せた。
アタシの音楽を否定するのは自由だが、知り合いでもないのに人格否定、意味不明な陰謀論、脅迫、アタシはあまりにも激しいバッシングに心が徐々に蝕まれた。幽体離脱でもして上から自分を見下ろしているような、何か別の次元の出来事のように思うほど、もうリアリティはなくなった。
<オレが誘ったせいでごめんね、落ち着いたら連絡します>
待っていた小野瀬からの連絡はそのメッセージ1つだった。
アタシへの批判は収まる気配もなく、先日ケイのあんなショックな顔を見たのは初めてだったのもあって、どうにも腑に落ちない。
SNS上で不毛な論争は続いているし、エリナというスターを1人失ったというのにメディアも世間もなにも変わらない。
どうにかなりそうだった。
「アタシ、もううんざり、うんざりすることにもうんざり」
自分のラジオ番組の今年最初の放送でブースに入って独り言をつぶやいた。
ブースの外のサクラからヘッドフォンを通して言われた。
「今、ぶちまけるのはナシよ。ここは人の家だからね、借りてるだけ」
確かにその通りだし、結局小野瀬と話もできてないし、この番組にも脅迫めいたメールが届いているので、自分の意見は表明をすることなく台本通り番組を終えた。
それと同時に自分の弱さにも腹が立っていた。
22時に生放送が終わってスタッフと次回の打ち合わせなどをする。アタシは放送を終えてトイレに行き、スタジオに戻ろうとして廊下を歩いていると隣のスタジオでサオリが収録しているのを知った。
そのスタジオに入ってスタッフに訪ねると、彼女は忙しい年末年始を終えて少しの休暇に入るので、番組を撮り貯めるために珍しくこの時間までラジオ局にいるという。
サオリも同じ局で同じ金曜日に30分の録音番組をやっている。たいていはアタシが局に入る前に収録を終えて帰ってしまっているので、会うことはほとんどない。
アタシはサオリの収録が終わるのを待った。
なぜ、アタシはサオリを待っているのか自分でもわからないが待った。
収録を終えたサオリがブースの外から見学していたアタシに気がついてブースの中に呼んだ。
「押しかけてごめん、この時間いるのめずらしいなと思って……」
アタシが自分でも理解できていない自分の行動を説明にならない説明をした。
「ラブちゃん、大変そうだね、炎上して」
と、サオリもさすがにアタシの最近の様子をわかっているようで、入り口付近に立っているアタシを椅子に座ったまま見上げて言った。
「余計なことに首突っ込むからだよ、すぐ落ち着くって言ったじゃん」
サオリはスマホを手にして下を向いて呆れた口調だった。年末の音楽番組の特番で会った時に確かにサオリは社長の件を言っていた。
「サオリちゃんは、平気なの?」
アタシがそう言うとスタジオの空気が張りつめた。
「なにが?」
スマホから目を離してサオリはまあアタシを見上げた。今度は冷めた目をしていた。
「自分の事務所の社長のことだよ? 藤堂 エリナは切られたんだよ?」
「エリナが恩人に対して失礼だからでしょ? 自業自得じゃん」
「やっぱり切られたんだね、藤堂 エリナは。自分の意見を言うと切る事務所なんだね」
「違う、裏切ったから切られたの、エリナは!」
サオリは勢いよく立ち上がって、アタシと彼女は人目を気にせずに言い合いを始めた。
「サオリちゃん、目を背けないで。被害者は実在するの。社長の件だけじゃない。同じような目に合っている人は世界中にいる、あなたのファンの中にもいる、きっと……」
と、彼女とテーブルをはさんで向かいまで接近して訴えたが、サオリのテンションが一気に引いたのを感じた。
彼女は勢いよく立ち上がったせいで少し離れた場所に行ってしまったイスを引き寄せてゆっくり座りながらため息をついた。
「ラブちゃんはさ、社長に選んでもらえなかったから根に持ってるだけでしょ」
予想外の彼女の言動にアタシは唖然としているとさらに続けた。
「それに、どうせ直樹にも捨てられたんでしょ? 結局アイツも業界の人間だから、ラブちゃんみたいに面倒な子とは付き合いきれないよ」
サオリは冷静な口調で言った。そして立ち尽くしているアタシに対して続けざまに
「サオがうらやましいんだよね。だからラジオ終わるまで待ってイチャモン付けたいだけなんだよね」
とも言った。
「サオリちゃん、それは違うよ。アタシは社長に選ばれなかったんじゃない、自分を選んだの」
アタシがそう言ってもサオリは勝ち誇った顔でにこやかにアタシを見上げている。
その顔を見て何を言っても通じないと思った。彼女には彼女なりの正義や理屈があってこれ以上話しても生産性はないと悟り、スタジオを去ることにした。
しかしどうしても一言言っておかなければならないことがあった。
「これだけは言わせて。アタシはサオリちゃんみたいになりたくない」
ブースの出入り口で振り返りそう言った。サオリは苛立った顔でアタシを見ていた。
サオリの言葉や理屈はアタシの意見とは相容れない。アタシは自分の意見が間違っているとは思わない。
彼女への賛同など一切できない。
でも、小野瀬に関してはサオリの意見が正解のような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます