track #33 - Return②

 今アタシは事務所COLUSCANTコルサントの黒いソファーに座っている。

向かいには社長の西カニエと副社長兼マネージャーのサクラが腰を掛けていて、狭い室内を右往左往してヒールをカツカツ鳴らしているA&Rのルカがいる。

ルカがまでが事務所にいるのは、アタシが辞めると言い出したからだ。

アタシが夢見たメジャーシーンは想像とは違った。違ったというより、想像以上に毒されていた。

アタシは音楽業界にも自分にも絶望した。

戦う気も失せた。

この先もこの業界の慣習に抗えば、COLUSCANTコルサントに迷惑がかかる。だからと言って“優等生”にはなれない。

アタシは問題児として問題を起こしても誰に迷惑のかからないところで活動しようと決断した。COLUSCANTコルサントにもTASK FORCEタスクフォースにもお世話になったし、好きだから、これ以上ここにいるわけにはいかないと思ったのだ。

カニエもサクラもアタシの決断に何も言えずただ悩ましい顔で黙っていた。

KashykキャッシークとかDEAR STARディア スターのせいでしょ? あのクソ事務所のせいでしょ?! っていうかあの小野瀬 直樹おのせ なおきも何なの? 女1人守れないで事務所のいいなりとか。なにがロックだよ、そんなのロックじゃねーよ」

ルカがアタシのキモチを代弁するように言い放った。

「まぁ、スターにとってアタシはそれだけの存在でしかなかったんだよ、しかたないよ」

アタシは他人事のように笑った。

小野瀬の件で傷ついていないわけではないが、傷は浅かったようだ。

 納得のいかないルカは

COLUSCANTコルサント辞めたとしてもEMPIREウチとの契約は残ってるし、そのままマネージメント契約もしようよ」

と、アタシを引き留めてくれた。

EMPIREエンパイアはレコードレーベルだがマネージメト業もやっていて、いわゆる“問題児”なミュージシャンがアタシ以外にも所属していたので、アタシの言動にはびくともしない。どこかから圧力をかけられても跳ね返せるほどの体力もある。外国のレーベルとのつながりがあるので国内に大きく依存していないのがその要因だ。

「才能をこんなことで終わりにするなんてもったいない、EMPIREエンパイアとの契約は続けた方がいい」

と、カニエにも勧められた。

サクラはチカラになれなくてごめんと何度も謝っていた。

「サクラさん、西クン、お世話になりました。TASKタスクの先輩達にもよろしくね」


 アタシはCOLUSCANTコルサントを辞めた。

EMPIREエンパイアに所属は続けるが年間のリリース予定は白紙に戻した。完全に出来高で、仕事した分だけのギャラをもらう契約に改めた。

炎上や批判がトラウマになってしまったのだろうか、自分で歌うことにもう興味がなくなってしまったアタシは、オファーくれて興味の沸いたミュージシャンにだけ楽曲を提供していくという仕事に変えた。

毎週生放送していたレギュラーラジオ番組も今期で降板した。

SNSはすべて削除した。

たくさんの同情を集めたサオリは何事もなかったかのように順調に活動を続けている。

小野瀬 直樹おのせ なおきとは連絡をとっていない。彼もまたなんの変化もなく活躍していた。

これなら、日本にいる必要性するら感じなくなってニューヨークに戻ることにした。

アタシが炎上していたことも、批判の的だったことも、スターとデートしていたことも、知らない街に行きたかった。

ニューヨークは生まれ育った街でパパがいる。

アタシはママを恋人にまかせて、故郷に戻った。

きっと日本でアタシのできることはやったし、もうやれることはない。



◆Season 2に続きます。(11月公開予定)

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