Season 2

track #34 - RENT


 ニューヨークに戻ってから5年が過ぎた。

アタシはパパの家に住んでいる。子供の頃はマンハッタンのアパートメントに家族3人で住んでいたが、パパは再婚を機にブルックリンに引っ越していた。マンハッタンよりも多少物価が安いので子供の頃住んでいたところは広かった。

アタシが日本にいる間に再婚したパパの相手は、パパと同じようにアタシの『ラブちゃん』という愛称を気に入って、呼んでくれている。

週末には3人でカラオケバーやクラブに行ったりして、突然帰ってきた娘をイヤな顔ひとつせず家族として迎え入れてくれた。

そんなパパ達はコロナが落ち着き世界に日常が戻った頃、パパが別の大学からオファーをもらったので期限付きでロンドンに引っ越した。いづれ戻ってくるが、30歳をすぎたアタシはパパの家で1人、イーストリバーを眺めながら暮らしている。

 未だにEMPIREエンパイアとの契約は続けているが、 あれ以来自分の曲は歌っていない。アタシを見限らないしぶといルカが判断してアタシに作曲や作詞のオファーをくれて、月に2、3曲程度作ってシンガーやラッパーなどに提供する。

今ルカがチカラを入れていてアタシ自身も気に入っているのが、フィメールラッパーのMEGANミーガンだ。彼女は歌も上手いハイブリットタイプでアタシなんかよりスキルフルで物怖じしないリリックを書く。

国民的人気はないが若い女性から支持されていて、あの頃のアタシに少し似ていた。

アタシのかつてのクラブシーンの仲間達もMEGANミーガンに一目置いていたし、彼女が憧れのシンガーとしてアタシの名前を挙げていてくれたのが、彼女からのオファーを引き受けた理由だった。10歳近く年下の彼女にも当時のアタシの曲は響いていたのかと思うと嬉しかったが、その道を去ったことは後悔はしていない。

アタシの達成できなかった目標をMEGANミーガンに託しているようだった。彼女ならそれを叶えられる気がしたから。

 MEGANミーガンを中心にオファーを受けた分のトラック作りをして、平日の昼間は週3日、コミュニティセンターでピアノやギターを子供達に教えている。そして月に数回マンハッタンのバーでシンガーとしてアルバイトをしている。地元の人や観光客で混み合う店内の片隅でピアノやギターを弾きながらカバー曲を歌う。

無名のシンガーのアタシへのギャラはほとんどなて帰りにブルックリンまでUberウーバーを使えばほとんどなくなってしまい、お客からもらうチップだけが手元に残るようなものだった。それでもそのバイトを続けているのは、やはり歌うことが好きだからなのだ。


 アタシが日本の音楽シーンの表舞台から降りて5年、そちらの状況にも変化はあった。

Loveriラブリ最近見ないね』

『目立ちすぎたから干されたんだよ』

と、当初はウワサになっていたが、世間はあっという間にアタシの存在を忘れた。音楽の視聴形態の変化からか、自然な流れなのか、音楽シーンの地図も変わった。

アイドル的要素はちゃんとアイドルと銘打ってデビューしてくる女性アイドルグループが担い、たくさんのアイドルグループで溢れていた。

メッセージ性を求めるリスナーはMEGANミーガンのようなタイプの音楽を需要するようになった。主張の強いラップをしながらCMに出演したりしているものの、モノ言う彼女への批判はあいかわらずでそのあたりはいぜん変わってはいない。

その他には昔ながらのシンガーソングライターがいたりと、リスナーの趣味が細分化されていた。

 その時代の流れにサオリはどうやらついていけなかったようで、かつての人気は失っていた。同じ年のサオリは30歳をすぎたというのに、アイドルのように振舞いながらラブソングを歌っている。

年齢で着る服を選ぶ必要はないし、何歳になっても恋愛をしたってよくてそれを歌ってもいい。だけど、同世代は結婚し子供がいたり、働いていてもそれなりの仕事を任せられている。20代の頃とは悩みや共感の内容が変わってくる。それは自然なことで、サオリもリスナーやファンと一緒に年を重ねて、そういう内容の楽曲も取り入れていかなければならなかったのだ。

しかし、年を重ねることへの抵抗か、業界に染まりきって世間が見えないのか、大きくなりすぎた彼女の周りにはイエスマンしかしないからなのか、完全に方向性を間違ってしまっていた。

 そんな状況だったにしろ、事務所への最大の功労者のサオリはあいかわらずDEAR STARディア スターの顔だった。

彼女をスターにした当時の社長・綾部は、性加害やハラスメント等の問題を起こして失脚したはずが、それを報道した週刊誌を訴えて、勝訴して、また社長に返り咲いていた。

“A子”から続く数名の女性の告発を週刊誌が報じたせいで、社長は辞任せざる終えなくなったと名誉棄損で最初に報道した週刊誌を訴えた。

実際に取材を受けた女性が何人も証言を行い裁判は1年以上続いた。彼女たちの訴えを書いた週刊誌には真実相当性があるとされ加害あったと裁判で認められたが、争点が名誉棄損だったためにそれも認められて、社長側からしたら勝訴だった。

内容に真実相当性はあったし、賠償金はかなりの減額だったし、謝罪広告・訂正記事に関しては退けられたので、週刊誌は負けではないと主張していた。

1人のスターを引退にまで追い込み、アタシまで巻き込まれた報道の最後はこんな結末だった。

“有名になりすぎてしまったためにハメられたかわいそうな社長”と“信じて待っていた恩人思いのサオリ”という構図が今のDEAR STARディア スターの支柱だった。あの頃ほどではないが崇拝してる人たちが未だにいる。

人は移り気だし、世の中の変化とは早いものだ。

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