track #23 - Double Indemnity
「綾野 サオリと友達なの?」
と、ルミが聞いた。先日音楽番組で一緒になったとき、ひな壇でヒソヒソと笑っていたのが話題になっていて、どうやら友達だと思われているらしい。
「友達っていうほどでは……あの子、ココ来たことあるじゃん」
会えば話すが電話番号も知らないしそう答えた。
そういえば、ルミもショウとは関係があって、これ以上サオリの話はやめておこうと思った。
そしてココとは、売れる前からお世話になっているクラブ
今夜は久しぶりに出番をもらっている。
クラブ慣れしてないリスナーが来てくれてトラブルになっても困るし、店側に迷惑をかけても悪いので大々的に宣伝はしていないが、ルミの出番中にコラボレーションした曲だけ参加させてもらう。
親友でラッパーの
「お、有名人がきたぞ」
「サインもらえますか~」
などと先輩達に冷やかされたりしても、やっぱり何も変わらないアタシのホームだ。
バーカウンターの前でルミとマサトと話し込んでいると、背後から名前を呼ばれた。
クラブでよく一緒になっていたダンサーの女の子で、少し年上でキャリアもアタシより少し長い。
「久しぶりだね」
と、笑顔で言われたのでアタシも
「お久しぶりです」
と、返した。彼女とはそれほど親しくもなかったので話しかけてきたことに驚いると要件を話し出した。
「ジョージに伝えて欲しいんだけど、連絡ちょうだいって」
「え、今日来るよ? レコーディングしてて遅くなるけど、出番までには」
「そっかぁ……、まぁ、伝えて」
と、言って彼女は去って行った。
「うん、わかった」
と、アタシは返事をしたが、何でこの後ジョージは来るのにアタシに伝言を託すのかと不思議な行動だったが、多分彼女はジョージの出番までココにいられないからだろうと予測した。
数時間たって深夜、ジョージはレコーディングを終えてやって来た。
ちょうどマサトがステージでラップしていて、次がルミとアタシの出番、その次がジョージだった。楽屋でアタシと再会して抱きついてきたジョージに
「ダンサーの子に伝言頼まれたよ、連絡してって」
と、言うと
「あぁほんまぁ……わかったわ」
ジョージはそっけない返事をした。
そしてルミの出番になって、数曲披露した後アタシはステージに呼ばれ一緒に作った曲をやった。やはりホームは温かい。慣れたステージも居心地がいい。
そう思いながらステージの上にいると、ジョージへの伝言を頼んだダンサーの子がコチラを見ていた。帰るから伝言を頼んではないのか、まだクラブにいるのになぜわざわざ伝言を頼んだのろうと疑問が沸き上がった。
フライヤーを見ればジョージが出演者に名を連ねていることもわかるし、キャリアの長い彼女ならジョージがどれくらいの時間に登壇するか予想はつくはずだ。少し有名になったアタシと話したかっただけだろうか。疑念が去来する。
アタシはルミとの曲を終えて先にステージから降りた。ルミが最後1曲披露して降りてくる。そうしたらジョージが今度はステージに上がる。
アタシは楽屋へ走った。
「ジョージ、ねえ、なんなの?」
パフォーマンスを終えたばかりのアタシは息を切らし、出番前のジョージに意味不明な日本語で迫った。
ジョージは驚いた顔をしたままアタシを見ている。
「ハニー、ちょと待ってや、オレ出番やし、落ち着き」
彼はアタシの行動も質問もわかっていない、アタシ自身も理解できてないのだから。同じく楽屋にいたマサトが心配そうにアタシの肩に手を置いた。
「どうした?」
と、聞きながらアタシの背中を摩る。ジョージがマサトにアタシを託して楽屋から出て行った。
「なんか、息が……息が苦しいの」
アタシがそう説明すると、マサトはアタシの手を引いてゆっくりと一緒にソファーに腰かけた。
「ゆっくり深呼吸しようか」
そう言われて、アタシは2、3度深呼吸を繰り返した。ステージから戻って来た汗まみれのルミもアタシを心配そうに見ながらタオルで身体を拭いている。
「アイちん、なんか飲む? 私の水でもいい?」
彼女はそう言ってペットボトルを差し出した。その水を飲んだからか、アタシの頭はスッキリと冴えて、息苦しい理由がわかった。
「あのダンサーの子とジョージ、なんかあったよね」
さっきとは打って変わって低く落ち着いた声でアタシが聞くと、楽屋は静まりかえった。少しの沈黙があって
「それは
と、マサトがボソリと言った。フェアで最もな答えだ。
アタシの勘でしかない、証拠はない、だけど確信はあった。
ジョージの出番が終わるのを待たずに、アタシはクラブを先に出て家で待つことにした。
いつもは閉店までいてお客が帰ってもダラダラと仲間内で飲み続けたり、ワイワイとクラブから出て別の店で打ち上げのようなことをしたりする。だけどジョージは、自分の出番を終えてすぐ家に帰って来た。アタシはメイクも落としすっかりくつろいだ姿で部屋にいた。
「どうしたん? 具合悪いん?」
ジョージはこの後アタシがする質問が波乱を産むことなど想像もせずにアタシの心配をして、ラグの上に座っているアタシの目の前に座り込みながらアタシの左頬を右手で覆った。
「ジョージ、ダンサーの子と、何かあったでしょ。伝言頼んできたあの子」
大きくて温かい彼の手のぬくもりを頬で感じながら目を見て問うた。
「何かってなんやねん」
と、言いながら彼は手をアタシの頬から離した。ジョージは言わないつもりだ、隠し通すつもりだ。否定して欲しいのに、アタシの誇大妄想は現実味を帯びだした。何もなかったとはもう思えない。
「じゃぁ、いいよ、あの子に直接聞くから。電話番号教えて」
アタシがそう言うとジョージはしらを切り続けた。
「知らんし」
「じゃぁなんで“連絡して”っていうの? それこそ辻褄合わないし、おかしいよ」
ジョージは大きく息を吐いて下を向いたまま黙った。表情は読み取れない。アタシはこんなことを言って何がしたいのかわからない。でも、言わずにはいられなかった。どれだけの沈黙が続いたがわからないが、
「ほんま、すまん。でも、オレはアイのことほんまに愛してる、それはわかって」
と、突如、ジョージは自白した。アタシは何も言えずにただ見つめた。
「あの子にキモチはないねん、魔が差しただけやねん、ほんま、ごめん」
ジョージは声を震わせながら謝った。微動だにしないアタシの膝の上に置かれた両手を取って何度も謝った。ごめんと言うたびにチカラが強くなっていって痛い程だった。
アタシの目からが次々と涙がこぼれ、ジョージとアタシの繋がった手が濡れていく。
「ちょっと、1人になりたい……」
アタシがやっとの思いで声を絞り出すと
「うん、ほんまごめん。下いてるから」
そう言ってジョージは部屋をでて、1階へ降りて行った。
アタシは多分1時間くらい涙を流しただろうか、もう枯れ果てて1滴も出なくなった。泣くことにも落ち込むことにも疲れた。ベッドに仰向けになってただ天井を見ていた。物音がして時計を見ると時間的にママが出かけた音だった。
アタシは時間を忘れ仰向けのまま考えた。
アタシとジョージは別れるのか、予想もしてないことが起きた。別れる日が来るなんて想像したことさえなかった。別れた後のアタシはどうなってしまうのだろう。ジョージがいたから今のアタシがある。ジョージはアタシの生活の、アタシという存在の、一部だった。ジョージを失ったらアタシはアタシじゃなくなってしまいそうだ。
寝転がっている左側を見た。いつもジョージが寝てる場所。
ここにジョージがいないなんて信じられない。
アタシは階段降りてリビングに行った。
もう日は上がっているというのに分厚い遮光性の高いカーテンは閉まったままで、隙間からは朝日が差し込んでいる。リビングで独りのジョージに只ならぬ事態を察したママは気を利かせて、カーテンもあけずいつもより早く出勤したようだった。
薄暗いリビングにはテレビはついているが、音がミュートになっている。ソファーにはジョージが横たわっていてアタシの足音に気がついた彼が上半身を持ち上げた。
「寝てた?」
と、アタシが聞くと
「寝られへんよ」
と、ぎこちない笑顔で答えた。
ジョージがソファーに座りなおすとアタシはその下に座って見上げた。
「アタシはジョージと別れないよ。愛してるから」
そう言うと彼はうつむいて片手で顔を覆った。
「でも、許したわけじゃない」
と、付け加えると
「わかってる、一生かけて償っていく。ほんまごめんなさい」
彼はの手の隙間からは雫がボタボタと溢れていた。
そんな彼の姿を見たことがないアタシは両ひざで立ち上がり、彼のお腹のあたりを抱きしめた。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
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