track #07 - Colourless
昨日の約束通りママが出かけてから早速セックスしようとしていたアタシ達は、ママが出かけるのを今かと今かと待っていた。
そんな若いアタシ達のキモチなどつゆ知らず、ママはダイニングテーブルでゆっくりコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。ママはいつも通りのルーティンだから、アタシ達のキモチが逸ってるだけなのだが。
トーストが焼けて、ママの向かいに座っているジョージにそれを渡すときにキスをすると
「ちょっとぉ、朝からイチャイチャしちゃってぇ」
ママにしっかり見られていて、新聞をテーブルに置いてさらに言った。
「ママ、クリスチャンなんだから、共和党員だったらジョージ殺してるよ?」
「婚前交渉っすか? してないっすよ」
と、ジョージは明らかなウソを言って笑っている。
ママはパパと結婚したのを機にクリスチャンになった。洗礼を受けたとわけではないが、パパがそうだったのでなったという。パパもママも毎週末教会に行くような
だから別にアタシがバージンではない事くらい知ってるし、だからと言って何も言わない。
「アメリカに住んでた時、民主党やったでしょ?」
ジョージが聞くと
「もちろんでしょ、娘が*
と、ママが答えた。
ママはクリスチャンだがかなり
女性学・女性史・ジェンダーに関して研究し、
アタシもママの期待するようにAOCのような人を引き付けて説得力のある主張ができて社会に
ジョージに愛されてママにサポートされて、のんびりと楽しんで暮らしているのが現状なのだが、心のどこかではいつも早く“何者”かになりたいと悩んでいる。
悩みながらも答えは出ないまま、ジョージとセックスしてウットリしている間に時間が過ぎていく。ジョージとの時間はアタシの人間活動に必要なもので、それ以外の時間でどうにかしなくてはならない。
家にあるピアノやギターで曲を作っても、リリックを書いても、クラブで出番をもらっても、なかなか結果は出ない。何がゴールなのかわからないけど、今がゴールでないのは確かだ。
自分で作った自分の思想の入った音楽で世間にメッセージを伝えたい。そういう活動をしながらちゃんと稼いで自立した生活をしたい。それが目下の目標なのだが、時間が過ぎれば過ぎるほど焦りばかりで、夢を諦めたくなる。
アタシ達のような職業は土曜は稼ぎ時で、アタシはともかくジョージは忙しい。
今日は彼は大阪で出番があって、ついでに実家にもよる為に2泊で大阪に行ってしまった。
アタシは事務所の創設メンバー・ヒップホップグループの
広くて煌びやかな内装、傘の刺さったおしゃれなカクテルも注文できる。ホップス、
人で溢れかえっていて、そこらじゅうでナンパが繰り広げられている。男女の出会いの場でもある。むしろお客のほとんどがむしろそれが目的なのだ。
いわゆる“チャラバコ”──チャライ人が集まる
小難しい曲はかからないし、売れないラッパーがしのぎを削る泥臭いオープンマイクの時間などないので、『クラブで遊んでいるイケてるオレ・ワタシ』というのを演出するのにもってこいのクラブだ。
そしてもう1つ、こういうハコに付き物なのが、芸能人・有名人。
バーの横で屈強なアフリカ系のセキュリティが見張るチェーンで仕切られた金の手すりの階段を上がるとVIPルームがある。
VIPルームからは手すり越しに下のフロアが見渡せて、下界でナンパを楽しむ庶民を見下ろしながら芸能人・有名人が次々とシャンパンなどの高級なアルコールを消費する。
その殿上人を一目見ようと人が集まる。さらに殿上人から声がかかるのを待つ若い女の子達もこのクラブには集まってくる。
だからいつでもココは人がいっぱいなのだ。
毎年誕生日には80年代のヒップホップ名盤のオリジナルレコードをプレゼントしてくれるような、優しく気の利く兄貴分でもある。
まるでチャラバコとは縁遠いDJ
「ギャランティだよ。ここは別格なんだよね」
と、彼は言っていた。今日は大きな*レコ箱もなく、バックパックにPCを入れただけでやってきた。
「ジローくん、ここで何プレイするの?」
「そうねぇ、BTSとかかけたら盛り上がるだろうね。まぁオレはデイスコ系かなぁ」
専門のヒップホップはかけない。*
度々ジローがこの店に呼ばれているのは、DJとして有名だからだ。ヒップホップグループの一員でも、ディスコソングをかけたりとハコに合わせたプレイができる腕が買われているのだろう。それと外見もヒップホップすぎず、清潔感があってちょうどいい。
有名でおしゃれじゃないとこの店のステージには立てない。
アタシはジローの出番の中で、ジローやカニエの提案で1曲歌わせてくれるというのでついてきた。
お客に宣伝する為ではない。きっとナンパに夢中でアタシの歌など聴きはしない。
業界人も多く、何より有名DJばかりが出演しているからだ。自分の曲を宣伝してもらうにはDJに気に入ってもらうのが手っ取り早い。DJに気に入られると、また別のクラブでアタシの曲をかけてくれるかもしれないし、MIXで使ってくれるかもしれないし、プロデュース曲を作る時にシンガーとして呼んでくれるかもしれない。昔ながらの手法だがアタシは今はとりあえず何でも挑戦してみる段階だった。
「本当にいいの? カバーで。自分の曲やんないの?」
ジローは最後にもう1度アタシに確認した。
ここで自分の曲をやったところで誰もアタシを知らないし、ナンパに夢中で聴いてもらえないだろう。フロアが引くのが目に見える。それなら有名な曲をカバーしてとりあえず歌唱力だけでもアピールできればいいと考えた。
出番までフロアやバーをうろうろしながら時間をつぶした。
◆◆◆
AOC:Alex
4つ打ち:1小節に4分音符が4回続くリズムの音楽。
レコ箱:レコード入れた箱。
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