track #21 - Idea Of You

 今どきはCDはさほど売れないので売り上げがすべてではない。アタシの1stファーストアルバムは音楽配信のサブスクライブの再生回数では1位を獲得して以来、上位をキープし続けている。新人が突然アルバムランキングで2位になったということ自体がニュースになって駆け巡ったおかげか、試しに聴いてみようというリスナーが増えたのだろう。

枚数限定で発売したレコード・LPは完売した。

SNSやYouTubeのフォロワー数・再生数も跳ね上がった。

楽曲提供の依頼が急増し、出演依頼も殺到した。

今までのアタシと違う。

違っていないのは、実家に母と恋人と暮らしていることくらい。その家はもうだいぶ古くて建て替えようと話が持ち上がっていたが、アタシが忙しくなってしまったためにその件は進まずにいた。


 アタシの曲は少し“過激”だと言われる。

自分ではそんなふうに思っていないが、社会的なメッセージや皮肉を書いたりするので“過激”と言う人もいる。本人はまだまだ足りないと思っているにもかかわらず。

それなので、賛否を呼ぶ曲がいくつかあり、SNSには否定的なコメントが寄せられるようになった。今まではクラブシーンにいたのでアタシくらいの“過激”はかわいいものだったし、賛否が起こるほどのリスナーもいなかった。

捉え方は人それぞれだし、そういったコメントに付き合ってるヒマなどなくて、アタシは言論の自由・表現の自由を謳歌している。

 多感な時期にママと日本に来た2つの人種からなるアタシは、マイノリティであることを自覚させられる日々を送った。その生活に慣れないアタシを女手ひとつで育ててくれたママの姿を見てきた。どんなに幸福そうに見えても人にはそれぞれの悩みがあるものだし、アタシよりもっと深刻な悩みを抱えている人もいる。

アタシの問題なんて世界規模で見たら小さいかもしれない。だけどアタシは目の前に置かれた問題から目を反らせない、立派な正義感というよりただ単にそういう性格なのだろう。

 そういった性格になったのは遺伝なのか環境なのか教育なのか。明確な理由はわからないが音楽がその要因の1つだと思われる。ヒップホップもそうだが、メッセージ性の強い音楽を好んで聴いてきた。Aretha Franklinアレサ フランクリンJoni Mitchellジョニー ミッチェルのように影響を与えるシンガーになりたいと思っている。アタシはただそれをやっているだけだ。クラブシーンにはアタシのような志のシンガーやラッパーは珍しくはないが、メジャーシーンでは特異なようで、『若者の代弁者』と、アタシには荷が重い形容をされることもあった。

そのおかげか音楽誌以外のメディアからの取材もくるようになった。

結局またそこで“過激”な発言をするので、一部からは批判される。

でも否定的な意見に目を奪われがちだが、それの倍以上に賛同してくれるメッセージが届く。

それが何よりうれしかったし、ミュージシャンとしての自信につながった。間違っていないと確証が持てた。いろいろなモノが変化して、今までのアタシとは違うが、アタシはアタシのままでいいのだ。


 春を目の前にしてCMのオファーが舞い込んだ。

化粧品のCMに楽曲を使いと広告代理店からレコード会社に連絡がきて、ルカが話をまとめて、楽曲の準備を進めているうちに、アタシがモデルまで務めることになった。まさかの展開だが、その広告代理店のスタッフが言うには、アタシは20代~30代前半で同世代の女の子からの支持が高いようだ。その化粧品のブランドの購買層とちょうど一致する。アタシは“過激”な“モノ言うミュージシャン”で業界では異物だと自負していたし、それはそれで覚悟を決めていたし、なりたくてその役割を引き受けたのだが、

「自分で言うのもなんだけど、CM向きじゃないと思う」

と、広告代理店のスタッフと打ち合わせの時に言うと

「もう時代は変わっていいと思う。新しいアイコンが必要なの」

スタッフの女性がそう言った。その言葉に妙に説得力があってアタシはモデルまで引き受けた。代理店もメーカーもだいぶ大きな掛けに出たなと、自分でも思っていた。

 冬が終わる頃にアルバムを発売して以来、サクラとルカと約束しているコトがある。

とにかく今年1年、全力でやろうというコトだった。

シングルを立て続けに何枚か出して、なるべく入って来た仕事を断らずに受ける。アタシという存在を世間に定着させるためだ。いっときの流行りで終わらないように、常に露出し続けて注目され続ける。世間に忘れさせないため、次から次へと出てくる新しい何かに目を向けさせないため。それができたら、来年からは自分のペースで仕事できるように計らってくれるという。

化粧品のCMもその一環だ。

 今思えばルカの戦略だった気がする。

サオリがデビューした時の光景は今でも覚えているほど圧巻だった。街中、メディア中、サオリ一色だった。ものすごい金額をかけてのプロモーションだったに違いない。

でもアタシの場合、デビュー時にほとんどお金のかかるプロモーションはしていない。それは単純にアタシがサオリほどのスター性がないからだと思っていたが、そうではなく、戦略の違いだったように思う。少し話題になったところで一気にプロモーションをかけて、アルバムを売り、そのまま1年かけてサオリの位置まで駆け上る。

この作戦は、まるで確実なところで賭け金を吊り上げる天才ギャンブラーのようだった。でもそれは、アタシに近いうちに賭けるポイントがやってくると踏んでのことで、才能を信じてもらえてるのが嬉しかった。それに最初から賭け金を湯水のように使わない賢いやり方だと思った。

アタシはこの勢いに乗り、ルカの作戦にのっとって、このまま上昇し続けるつもりだ。そして憧れだった社会を変えるような発言力のある女性・シンガーになるのだ。今のこの追い風なら、それも叶えられそうな気がしていた。

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