track #20 - 大阪ロンチカ

 『大阪ロマンチカ』は大ヒットだった。もちろんアイドルグループの人気と知名度がその要因の大半だろう。

「メールの数、過去最大だよ」

ラジオ番組のスタッフが言うように、アタシの番組宛にアイドルのファンと思わしき人達からたくさんのメールが届いた。

<素敵な曲を作ってくれてありがとう。>

<毎日聴いてます。彼らの曲の中で1番好きな曲になりました。>

そんな内容のメールで、ファン達とアイドルの絆のようなものも感じた。

ラジオ番組だけではなく、事務所にもレコード会社にも問い合わせが多く寄せられたようだ。

おかげでアタシの知名度はいっきに上昇した。

「アタシの実力じゃないし、あの子達がすごいからだよ……」

アタシは突然注目が集まったことに疑心暗鬼でサクラにそう言うと

「確かにあのグループの人気はすごいけど、そこからお声がかかったのも、採用されたのも、ファンが喜んでくれてるのも、Loveriラブリのチカラだよ」

と、彼女は返答したがアタシは信じられない今の心情を打ち明け続けた。

「リリックだって、ジョージが8割がた書いたんだよ。許可なくジョージに書かせたから、念のためアタシの名前もクレジットしただけでさ」

「ジョージにステキなリリックを書かせたのも、Loveriラブリのチカラでしょ? ま、それに関しては音楽とは関係ないつながりもあるだろうけどね」

サクラが微笑んでいる。それを見て悪いことが起きているわけじゃなく、イイことが起こる予兆に感じた。

それこそイイ方向に転ばせるのは自分のチカラだ。ここからがアタシの見せ場だ。


 ついにファーストアルバムリリースだ。

これはルカがA&Rとして計算していたのかもしれないと思わせるほどの絶好のタイミングだった。

紆余曲折したが、プロデューサーを務めてくれたTASK FORCEタスクフォースのDJ JIROジローと共になんとかアルバムを完成させた。クラブで一緒に活動していた仲の良いMilky-Uミルキー ユーことルミとのコラボレーション曲も仕上がってアルバムに収録できた。

ルミ以外にもマサトや先輩・後輩、仲間達に発売前のアルバムを配ると、誰もが褒めてくれた。お世辞だったとしても自信が揺らいでいたアタシには何よりもの支えとなって、自信を持ってアルバムのプロモーションのために、全国各地を飛び回った。

『ここが正念場』と、事務所もレーベルも友人も家族もジョージも後押ししてくれていて、雑誌の取材、ローカルテレビ、地元のラジオ番組、クラブにゲスト出演、宣伝してまわった。

 過密スケジュールでジョージと一緒に過ごせる時間はほとんどなくなってしまったが淋しさはなかった。

深夜、疲れ果てて家に帰れば彼の寝顔を見て癒された。朝起きてすぐ出かけなくてはならないアタシに彼はおいしいコーヒーを淹れてくれた。泊りがけで仕事の日は必ず可愛らしいメッセージをくれた。あいかわらず彼はクラブシーンでは人気者でかっこよくラップしている様子を知ると、自分も頑張ろうと思えた。

仲間たちの期待を背負っている。ケイが少し先で待っている。

アタシを指名してくれたアイドルグループや事務所やレーベルはもちろんだが、ジョージにも与えてもらったこのチャンスをアタシはモノにしなくてはならい。


 ついにアルバムが発売され初週の売り上げの数字が出た。ランキングでは2位。

この知らせを聞いたのは大阪でのプロモーション中だった。

テレビ局の楽屋で興奮したサクラとマサミと抱き合って喜んだ。

スマホにはおめでとうのメッセージがひっきりなしに届いていた。

ママに電話すると泣いていた。

「1位じゃなくて……もうちょっとだったよね……ごめんね」

A&Rのルカから祝福の電話をもらった時に言うと

「ファーストで2位なんて快挙だよ。それに1位は手強いよ……発売日さえずれてれば1位だったはず。ずらせなくてごめんね、コッチこそ」

彼女も謝っていた。レーベル内で発売を調整する必要があるので、アタシだけの利益を優先するわけにもいかず、すでに人気のシンガーと同日発売日になってしまっていた。ルカが“手強い”と称したその相手はサオリだった。

サオリが1位、アタシが2位。

「リスナー層違うし、比較は難しいけど……実質の売り上げは大差ないと思うよ」

と、ルカはフォローしたがアタシは落ち込んでいるわけではない。

サオリなら仕方ない。あの圧倒的人気に敵う者は今のところいない。強いているとするならボーイズアイドルグループくらいなものだ。

 これらのできごとに『信じられない』といった感触はなかった。あまりにも周りが喜んで祝福してくれるので、なぜか客観的にそれを見ていて『アタシついにやったんだ』と確信できた。うれしいというより期待に応えられたことに安堵した。

 大阪の昼間のテレビ番組と雑誌の取材と夜の音楽系のラジオ番組を終えて、サクラとマサミと3人で大阪に来ているので3人で軽くお祝いの食事をしたが、疲れていたので22時過ぎにはホテルへ戻った。

<やっと終わったー>

と、ジョージにメッセージを送ると

<お疲れ。有名ミュージシャンの彼女にはよ会いたいなぁ>

と、返信がすぐさま来た。もう終電はないし、明日は午前中に別の場所に移動して仕事があるが夜には家に帰れるのですぐに逢えるのだが、かわいいメッセージに

<アタシもはよ会いたいよ>

と、かわいく返答した。

すると部屋のチャイムが鳴った。

サクラかマサミだろうとドアを開けたら、今『会いたい』と思って頭に浮かべてた人っが立っていた。

「なんでー!」

と、言ってアタシがジョージに抱きつくと

「サクラさんからホテル聞いて……。つーかここオレの地元やし」

と、言いながらアタシを強く抱きしめた。

「すごいな、アイ。さすがやね。おめでとう」

ジョージに褒められたことで客観性を持っていたアタシの身に起きたすべての出来事が急に現実感を帯び始めた。おおきな喜びが押し寄せて、ジョージに会えたことも嬉しくて、涙があふれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る