track #36 - New York New York ①
小野瀬は何度かニューヨークに旅行や仕事で訪れたことがあるというので、観光地以外を案内することにした。その前に、アタシはこの日の午後はコミュニティセンターでギターのレッスンをしに行かなくてはならず、彼にメッセージでそれを伝えると彼も参加したいというのでブルックリンまで招いた。
アタシが暮らしている辺りはだいぶ栄えて流行りの店も多いが、元々ブルックリンは低所得者層のためのプロジェクト──いわゆる団地がたくさんあった。そこからたくさんのDJやラッパーが排出されてきたことで有名だ。それは未だに残っていて、コミュニティセンターには未来のミュージシャンを目指して貧しい暮らしをしている子供がやってくる。貧しさから抜け出すためにプッシャーやギャングになったりしないようにと、音楽や芸術に情熱を注ぐよう地域が行っている活動をアタシもささやかながらお手伝いしている。
普段は国語の教師をしている人が子供達が書いてきたリリックを添削するレッスンがあったり、画家が画家のたまご達に絵画を教えたり、さまざまな習い事が用意されていて、その無料のレッスンに地域の子供たちは楽し気に通ってくる。
「部外者がいいの?」
飾り気のないレッスン室に入ると小野瀬は言った。
「親御さんとか見学にくるし、出入り自由だから」
アタシが答えると彼は若干緊張した面持ちで部屋の隅でアタシと6人程の子供達の様子を見学し始めた。
10歳から17歳の子供達、おのおの好きな曲を練習する。自分で作曲を始める子もいる。コードがわからないとアタシに聞く。40分くらいそれを繰り返して、最後に輪になって1人づつ今日の練習の成果を発表していってお互いを褒め合う。
「We have a guest from Japan here today」
(今日は日本からお客さんが来ています)
アタシがそう言って小野瀬の方に手を差し出すと、子供達が注目した。
「Do you know Japan? Tokyo、Pokemon、Hello Kitty」
(日本って知ってる? 東京、ポケモンとかキティちゃんとか)
と、付け加えると子供たちは興味津々だった。
小野瀬をこちらに呼び寄せて、輪に加えた。
「何か弾いて」
アタシが言うと
「え?!」
と、彼が驚きながらもアタシがゆっくりとギターを受け取り
「ハ、ハロー……ナイストゥ……ミィチュゥ」
スターとは思えない程緊張したぎこちない挨拶をしておかしかった。子供達はそんな彼をきょとんとした顔で見つめていたが
「あ、じゃぁ、知ってるかわかんないけど……」
と、彼がギターを膝において鳴らし始め“
この年齢の子供達が
1曲終えた彼は子供達から大きな拍手をもらって、とても輝いた笑顔をしていた。
言葉も通じない、見た目も違う、だけどひと時を共有し一瞬なにか通じ合うものがあった。音楽の素晴らしさだ。
レッスンが終わり子供たちを見送り、アタシ達も教室を出て出入り口に向かって廊下を歩いた。
「オレ、今までで1番緊張したかも、さっきの
小野瀬がつぶやいた。
スタジアムクラスのライブもこなすスターのそんな発言がおかしかった。
「やっぱ、
笑いながらアタシがそう言うと彼もニッコリと笑顔になり
「アイちゃんに言われてからさ、YouTube見て練習したんだ」
少し照れくさそうに言った。アタシが
それを拭い去ろうと小野瀬がふと廊下に並べられたダンボールに目をやって聞いた。
「なんでこんなとこに大量に食料あんの? 避難所かなんかだった?」
「ココ、朝食プログラムやってるから。ご飯らべられない子供が朝学校行く前に寄るの。子ども食堂っていうの?」
事情を知った彼は神妙な表情になって
「そうなんだぁ」
と、返答した。
何かを考えている風だったが特に何も話さずに夕飯を食べようと決めていた店へと向かった。
アタシが連れてきたのは地元でも評判のグリルレストランについた。
洒落てもいないし、丁寧な接客のサーブ係もいない、だけど味は間違いない。すべてのメニューがアタシにはボリュームが大きすぎて独りで寄るには気が引けて頻繁には来ないのだが、おいしそうに頬張る小野瀬の姿がチャーミングで、それがまた見たくなって連れてきたのだ。
「オレ、こういうとこ来たかったんだよ」
香ばしい店内でソファーに向かい合って腰かけメニューを眺めながら彼は笑顔で言い、メニューの1つ1つを指を刺したりしながら、楽しそうにじっくり吟味していた。
結局彼はこの店の名物のスペアリブを、アタシはステーキを頼むと、15分くらいで威勢のいい年配の女性がテーブルまで運んできた。
アタシ達は久しぶりに向かい合って食事を始めた。
「こういう店のスペアリブは手でいくんだよ」
と、フォークとナイフを手に取った小野瀬にアタシが言うと、彼は少し疑り深い表情をしつつ緩く湾曲した長方形のスペアリブの両端を指先でつまんだ。小野瀬はあの頃と変わらず、気取らずに大きな口を開けてスペアリブを頬張りだした。口にたくさん含んでいるせいで「うまい」と連呼しているようだがハッキリ発音はできていない。赤黒く艶っとしていてところどころ焦げている肉はあっという間に彼の口の中に納まった。豪快な食べっぷりだか決して下品ではなくおいしそうに食す彼を、アタシは小さく切ったステーキの1欠片を口に運びながら見つめた。アタシのステーキの何切れ化を彼のお皿に移すと、彼はそれもまたくぐもった声で「うまい」と言いながら食べた。
お腹がいっぱいになり、久しぶりの再会を楽しんだアタシ達は店の外へ出た。Uberを呼ぶと10分後くらいに着くという。間髪入れずにUberの手配をしたアタシを、明日には東京に戻ってしまう小野瀬は何か言いたそうな表情で見ていた。
これ以上一緒にいるのはまずいとアタシの防御能力が無意識のうちに働いたのだ。
「アイちゃん、アイちゃんも一緒に来て飲まない? もっと話したいし」
意を決した顔つきで彼はアタシを誘ったが、
「明日、早いんだよね」
と、アタシは大したことはないかのようにあっさりと答えた。
「そっか」
と、彼は小さくつぶやいた。
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