track #10 - Mulatto, Albino, Mosquito, Libido①
次の日の午前中にジョージは帰って来て、玄関で迎えたアタシをチカラ強くハグする。
「あぁ、やっと禁断症状治まったわ」
彼は言った。アタシも抱きしめられてひと時の淋しさがどこかへ消えた。
「オレ、朝イチで、アイをギューってしないとあかんねん」
「だから毎日布団の中でギューってするの?」
「せやで、今知った?」
毎晩手をつないで眠って、いつの間にか離れてしまうが、目覚めると起きる上がる前に数分強く抱き合って軽くキスする、それがアタシ達のルーティンだった。
ジョージが帰って来て、アタシと彼、ときどきママの1週間がまた始まる。
そしてまた楽しいけど淋しい週末が来た。
人気者のジョージは今週は横浜のクラブで、アタシは相変わらずいつもの
時間が遅くなるにつれて大物・有名人が登場するので、アタシの出番はまだだいぶ前半の方。事務所の後輩DJを伴ってステージに立って自分の曲を2曲歌う。
そして今日はたまたま仲のいいフィメールラッパーの
自分達の出番を終えて、楽屋に戻りボロボロのソファーに座って仲間たちと会話をしながら汗を拭いて化粧を直したりしていると、バーテンダーがやってきた。
「
「えーだれ?」
「何とかショウっていう俳優だって。
アタシがこのクラブに出演する前から在籍しているベテランのスタッフの彼は困った顔をしている。普段から仲良くしている彼はアタシはVIPルームで遊ぶようなタイプではないのを知っているし、自分にしつこくアタシを呼ぶように言うその俳優に苛立っているようだった。
「まじ?! ショウ?!」
その話を横で聞いていた
「アイちん、行こうよ。私めっちゃタイプなの、ショウ」
と、興奮して言うので
「ちょっとルミ、アタシ、メイクしてんだから揺らさないでよ」
アタシは彼女の興奮を抑えるように言った。
彼女はアタシの事を『アイちん』と呼び、アタシは彼女を本名の『ルミ』と呼ぶ。クラブ以外でも会う仲だからだ。ルミは小柄だけど豊満なカービーボディでセクシーかつ派手。これぞフィメールラッパーと言った外見で、性格は愛嬌があってとにかく明るく賑やか。楽屋でもムードメイカーで先輩たちに気に入られている。
よく顔を合わせていたので、いつの間にか仲良くなり、お互いの曲に1曲づつフィーチャリングしている。コラボレーションしているお互いの曲は評判が良く、セットで出番をもらったりもしている。
「ねぇアイちん、行こうぅよぉ。連れてってぇ。マックおごるからお願いっ」
ルミはしつこくかわいくお願いを続ける。
「じゃぁ、いいけどぉ、マックの1番高いセットだよ」
アタシがそう言うとルミは「ヤッター!」と大声をあげてアタシに抱き着いた。
ルミにお願いされたし、アタシが断ればまたバーテンダーもしつこくされてしまってもかわいそうなので、アタシはルミを連れてVIPルームに行くことにした。それにルミと一緒なら楽しいし、その俳優がどんな人でも大丈夫だろうと思った。
楽屋にはマサトもいたし他のラッパーやDJもいてアタシ達に注目していた。
「おまえら気をつけろよ、アイツいいウワサ聞かねぇぞ」
1人の先輩が言った。アタシは名前も聞いてもピンと来こない人にどうにかされる気もないので「だいじょうぶっすよ」と、返事して楽屋を出た。
ラッパーやDJ、クラブダンサーなどクラブで働く人たちはあちこちのクラブに行って、行く先々で情報を見聞きする。だからクラブ界隈で評判の良くない芸能人・有名人のブラックリストが口頭で伝達されている。このような楽屋で。
自分も遊び人だったとしても、仲間の女の子は守るべきというダブルスタンダードな正義感でアタシ達にアドバイスをくれる。
VIPルームに向かって歩いている途中
「私、ショウとヤる。アイちん、よろしくね」
と、今さっき先輩たちに言われたのにルミはそんな事を言い出した。
豊満な胸を寄せて上げてセクシーさを強調したキャミソールでステージに上がったが、楽屋ではフーディーを羽織っていた。しかしまたそのフーディーを脱いだ理由がわかった。
「はぁ? 遊ばれて終わりだよ?」
「いいの、私も遊びだし。1回くらいあのレベルのイケメンとヤりたいじゃん」
ルミは割り切った事を言うので、アタシが冷たい目線を向けると、ルミはかわいく口を尖らせて不満げな表情をした。
「アイちんは
確かに、どんな恋愛をしようと性生活をしようとルミの自由なのだが、あまり良くないウワサの多い男の子というのは心配だった。
「ルミ意外とピュアだから、そんな事言って、傷ついても知らないよ?」
と、アタシがしつこく聞くと
「じゃぁ、アイちんのこと、押し倒してもいいの?」
「何言ってんの?」
「淋しいんだもん、私」
ルミはセクシーな事を言うしセクシーな服装をするので、人を惹きつけるのだが、だいたい軽い関係で終わってしまうと常々言っている。それに悩んでいた時期もあったが、割り切って楽しもうと最近では思っているようだ。だけどタイミングよくその相手が見つかるわけもなく淋しいのだろう。
「押し倒す前にジョージに許可とってよ? 2人の*ビーフは見たくないし」
「
「傷ついても慰めないからね?」
と、アタシが再度念を押すと
「大丈夫だし、さすがにショウはレベル高すぎて、本気にならないよぉ」
ルミは笑っていた。
バーカウンターの前を通り過ぎると中から先ほど楽屋に来たスタッフがいて、アタシに向かって『ありがとね』と口を動かしたのでアタシは微笑み返した。
◆◆◆
ビーフ:ディスり合う、敵対し合う事。ハンバーガーチェーン店同士がCMでお互いをディスり合ったのが語源。肉(Beef)の質・量が焦点だった為。
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