スターなアタシ

宇田川 キャリー

Season 1

track #01 - Love

「アイ、いつまで寝てるの! ママ、もう仕事行くからね!家の事しといてよ!? ジョージも起きなさい!」

規則正しいママはアタシの自室のドアをノックしながらまだ寝ているアタシを起こす。昨晩はクラブにいて帰って来たのは深夜だった。明るくなる少し前に寝たのでまだ数時間しか寝てない。

「オッ……ケー……」

と、適当に返事をしてまた枕に顔を埋めた。


 アタシは24歳、大学を卒業したが定職にはついていない。自分で作った曲に自分でリリックを書いてクラブで歌っている。子供の頃から好きなR&BアールアンドビーHipHopヒップホップが専門で、18歳の頃からクラブに通い、なんとか出番をもらえるようになって、東京を中心に関東圏で活動している。

TASK FORCEタスクフォースという*2MC+1DJツーエムシーワンディジェイの男性3人のベテランのヒップホップグループに誘われて彼らの個人事務所には所属させてもらってはいるが、メジャーデビューはしていない。

自主製作で作ったデモを関係者に配って、各地のクラブで出番をもらったりメジャーデビューへの道を探っている最中だ。


 アタシのママはそんな娘を心配そうに見ているが、やりたいことは応援してくれている。出来のいいママは大学生時代からアメリカに渡って学業に励んだ後、大学で講師などをしながらニューヨークで暮らしていた。そこで出会った教授のアメリカ人の男性と恋に落ち、結婚をして、子供を授かった。

それがアタシだ。なのでアタシはダブル。

 アタシが17歳の時に祖母が介護が必要な状態になり、ママはアタシを連れて帰国した。アタシが大学に進学する頃には祖母は他界してしまったが、ママは生まれ育った日本がやはり良かったのか、日本にそのまま残ることにしてパパとは離婚した。アタシはママを1人にすることができなくて、一緒に日本に残ることにした。

パパとママは友好的に離婚したし、アタシの大学の学費はパパが出してくれたし、2、3か月に1度程度だがアタシはパパに会う為にアメリカに渡る。

ママは祖母がなくなってから就活をして都内の大学で教授の席を得た。

忙しく働くママはほとんど家にはいないので、ヒマなアタシは家事を担っていた。

でも、ときどきサボるのでママは毎朝念を押しに来る。


「ママ、朝から元気……」

アタシの横で寝ている彼がママの勢いに負けて目を覚まし、アタシを抱きしめながらつぶやく。

彼はアタシの3歳年上の恋人、ジョージ。ルーカスの方のGeorgeジョージじゃなく、彼は生粋の日本人の丈二じょうじ

 大阪出身のジョージは10代の頃からラッパーとして地元のクラブで活動していて、地元のソロラッパーたちとユニットを組んだのが話題になって知名度をあげて人気者になった。

それと彼は*MCバトルに強くて有名な大会ではいつも上位で、人気だけではなく実力も伴った尊敬できるラッパーだった。

アタシなんかよりもぜんぜん人気はあって有名だ。

 アタシ達はもちろんクラブで出逢った。

「むっちゃタイプ。どないすればオレと付き合ってくれるん? まじで一目惚れやねんけど」

たまたま同じイベントに出番をもらって初めて会った夜に、夜風を浴びたくて外にいたアタシにジョージが言った。その時点では尊敬するラッパーとして憧れの対象だった彼と、初めて話したのがソレでアタシは驚いて

「えっと……デートとか何回かするとか……? かなぁ……」

と、明確には答えられなかったが、その答えに忠実にジョージは東京に来るたびにアタシをデートに誘った。

 毎度のようにデートした後に大阪に戻る品川駅の新幹線乗り場までジョージを見送った時、新幹線に乗り込んだジョージに向かい合ってホームに立っているアタシに、発車のベルがけたたましく響いて、彼と離れたくなかったアタシは思わず新幹線に飛び乗った。

そんなドラマのようなワンシーンからアタシ達は始まった。

 その前日、日本で1番大きいMCバトルの大会でジョージは決勝で負けた。それがかわいそうで同情したわけではない、あきらかにアタシには彼が1番輝いて見えていた。彼に抱きしめられたいし、彼と一緒に日々を過ごしたいと、負けて悔しそうな顔をしていた彼を見ながら思っていた。戦いの現場には不釣り合いな恋愛感情が自分の中で増大していくのを感じた。落ち込むジョージとは正反対でアタシはときめいていた。

無鉄砲に新幹線に飛び乗ったアタシを見たジョージは驚いた顔した後、大笑いして

「負けた分、イイ事起きたわぁ」

と、前日のバトルの敗北を引き合いに出した。

「負けてないよ。アタシの中では優勝だったよ」

アタシがそう言い終わる前にジョージは人目もはばからずアタシを抱きしめてキスをした。

 それからアタシ達は少しの間遠距離恋愛をしていたが、ジョージはメジャーのシンガーたちから客演で呼ばれることが多くなり、頻繁に東京での仕事が入りだしたので引っ越してくることになった。

人気も実力もあって仕事も増えてきたとはいえ、メジャーデビューはしていないので、あくまでクラブ界隈での人気にとどまっていて金銭的余裕はあまりない。

ここは祖母から母が相続したアタシの実家で、彼はアタシの実家に一緒に住んでいる。

 アメリカで半生を暮らしたママはラッパーという職業を差別したりしないし、普段のジョージは両親が教育者だけあってしつけの行き届いた好青年なので、2人はすぐに仲良くなって家族のようになっている。


 アタシ達は結局昼過ぎに起きて、手分けして洗濯と掃除を済ませた。

「アイ、ママが帰ってくる前にエッチしよ」

親と同居のリスクはその点だ。

明るいうちからジョージに誘われてアタシ達は自室でその行為に耽った。

初めて新幹線でキスして以来アタシは心も身体もジョージに夢中だ。

 アタシ達はそのまま寝てしまい、ふと目を覚ますとすでに日が暮れていた。

Shitシット! 夕飯作らないと。ジョージ、起きて。ママ帰ってきちゃう」

と、ジョージを起こして、1階のキッチンで2人で夕飯の準備を始める。

サラダ用のレタスをちぎるアタシの横で凄腕すごうでラッパーが味噌汁を作っているのが微笑ましくて愛おしい。

「ねぇdarlingダーリン、アタシのどこがむっちゃタイプなの?」

「ん? なんやねん、突然」

「具体的に聞きたいの」

「せやねぇ、眠そうっつーか冷たそうな目やろ、チューしたくなる口やろ、長くてフワフワの髪やろ、声やろ、かっこいいリリック書くやろ、派手な見た目やけど意外と純粋やろ、でもロマンチストではないやろ──」

ジョージは恥ずかしげもなく味噌を解きながらアタシの好きな部分を上げだした。アタシは興味深々で手を止めて彼を見つめながら続きを聞く。

「奇妙な関西弁やろ、手からはみ出すおっぱいやろ、かわいいおしりやろ、背スラっと高いけど今どきの若者みたくガリガリやないやろ、でもちゃんと締まるところは締まってんねん。あと、セックスの相性がいいところかなぁ」

喜ばしいのか微妙なことを羅列られつしていた。

「セックスの相性がいい事は、エッチするまでわからないじゃん」

「オレは付き合う前からわかってたし。アイを始めて見た時ピンと来てん」

沸騰しかけた味噌汁の火を止めてジョージはアタシに真面目な顔で言った。

「うそだぁ」

と、アタシは笑いながら言ってジョージの首に腕を絡めて抱き着くと、彼もアタシの身体に腕をまわして聞いた。

「相性悪い?」

「めっちゃいい」

即答したアタシは少し背伸びしてジョージにキスをした。

「な、ええやんか。オレはわかってたんよ。運命やねん」

ジョージに抱きしめられながら優しい顔で見つめられて、アタシは高揚感と幸福感に包まれた。運命なんて信じていないが、ジョージとアタシは一緒になると定められた運命なのだと不思議と信じられた。



◆◆◆


2MC+1DJ - MC(ラッパー)2人とDJ1人という構成。


MCバトル:ヒップホップ文化が発祥のラップを用いてMC(ラッパー)同士で行われる対決。トーナメント式だったり形式は様々だが、バトルの大会が規模の大小問わず各地で開催されている。いがみ合っているMC同志が大会などを通さず個人的にバトルをすることもある。

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