track #02 - Never Mind
週末はママも同僚と飲んで帰ったりするし、アタシ達も稼ぎ時なので日が暮れたら外出してしまうが、平日はなるべく3人で夕飯を食べるのがウチのルールだった。
そのうちにママが帰って来て、夕飯も完成して、3人で夕飯を食べる。
「あんたたち、またご近所でキスしてたでしょ。仲いいですねーって嫌味言われたわよ」
日本はそういうことに冷ややかなので控えるように言われているが、アタシ達は特に酔っぱらって帰ってくるときにやってしまう。
「ママがアイをかわいく産んだから悪いんスよ。いつでもチューしたいねんもん」
と、ジョージがふざけて返すとママは笑っている。
ジョージはラッパーだからか関西人だから、たまたまそういう性格なのかはわからないが、場を和ますのも明るくするのも上手い。アタシ達3人がうまくいっているのもそのおかげだ。
「今夜はどこか行くの?」
ママはアタシ達のこの後の予定を聞いた。
「先輩のリリパに行くんスよ」
と、ご飯を食べながらジョージが答えて、ママがまた質問する。
「なにそれ。どこ?」
「アルバム出したから、渋谷でリリースパーティっス」
「なるほどね、アイも?」
「うん、アタシも行くよ」
結婚前の彼氏と実家に同居とはめずらしい形だが、普通の家族のような
「ママ、最近なんか違くない?」
渋谷に向かう電車の中でジョージが言い出した。夜遅くの上り電車は空いていて、2人並んで座っておしゃべりする。
「何か?違う?」
と、聞き返すと
「機嫌、めちゃええし」
「ママは基本、機嫌ええじゃん?」
「そなんやけどぉ、何日か前から、見たことないピアスしてん。」
ジョージはママの些細な変化を見逃さなかった。
「きっと彼氏、出来はったよ」
ママだって恋する権利はあるし、無職で
「かっこいい人だといいなぁ」
「なんでやねん、おまえの彼氏ちゃうやん」
「どうせならかっこいいパパがイイやん」
「あのママやから、めっちゃ固い人やで、きっと。あと、おまえの関西弁ヘンやからな」
アタシ達はいるかもわからないママの彼氏について妄想を膨らませた。
渋谷までは電車で10分くらいなのであっという間に着き、腕を組んでリリースパーティの開かれるクラブ
ジョージは出番があるのでそのまま入って、アタシはそのゲストということで入れてもらえる。
受付を通過するとすぐバーカウンターで、右に行くとVIPルーム、左に行くとフロアだ。バースペースは少し明るく立ち飲みするような丸いテーブルが壁際にならんでいる。フロアよりもスピーカーからなる音が少し小さくしてあるので、おしゃべりしたい時はこちらのスペースにいる。たいていこの辺で仲間内の挨拶を交わして、バーの横の
フロアに行くと大きなスピーカーが両サイドに置かれたステージがある。今はまだクラブ時間では早いので誰かが可愛がっている後輩だろう、それほど知名度の高くないDJがのんびりとプレイしている。
ここ
とはいえ、平日にクラブ遊びする人などあまりいないので、週末に比べてお客が少なく、レンタル料も安い。そこまで大物でない人がリリースパーティなどで使ったりする。
今日はジョージの大阪時代の先輩がアルバムをリリースした記念のパーティ。先輩はホームが大阪で東京での人気はまだまだなので、思い切ってリリースパーティをやって東京でもセールスと知名度をあげようという作戦だろう。でも平日のクラブはやはり関係者が多く知った顔ばかりで一般客は少なかった。
「知ってんで、
先輩はジョージに紹介された初対面のアタシに言った。
お礼を言おうとしたが
「パイセン、それ、セクハラ。褒めたいほどイイ女なのはオレわかってるんで、やめてくださいね」
フェミニストのジョージはすかさず言った。先輩に
アタシはさほど気にはしてないが、そういうジョージが大好きだ。
ジョージはラッパーとしてのスキルが高いので一目置かれている。
まだ*トクシックマスキュリニティが
『オレもさんざん有害な事してきたし、言ってきたからね、今更だけどまともになりたいんよ』
と、いつか彼は言っていた。ジョージが一目置かれている要因はスキルだけじゃなく、そういった彼の言動もあるのだろう。
「おぉ、すまん。でも本当、いい声してるよ。いいシンガーやね」
と、先輩はジョージに圧倒されて言い直した。
でも結局、どんなに紳士にふるまっても、まともなことをラップしても、外見によってファンの付き方が違うのも事実。ジョージは幸運な事にスキルの他に女の子にモテる外見を持っていた。背が高くて中肉で骨格もよく、重い瞼で一重のするどい目が印象的で、生まれつきのカーリーヘアーをツーブロックにして短くしている。ラッパーといった服装をしているので、決して第1印象良くないだろうし、街を歩けば職務質問の対象になったりもするが、育ちの良さが少し漏れていて、華があって人目を惹く。低い声の落ち着いた話し方はセクシーさをプラスして、『真面目過ぎず、イカつ過ぎず、ちょっとワルそう』というような、乙女心をくすぐるような風情をまとっていた。実質アタシも心をくすぐられた1人のわけで。
クラブに行けば次から次へと女の子に話しかけられる。アタシは邪魔してはいけないと、いつもそれを遠巻きに見ている。
アタシ達は1人1人のファンが大事だ。
『ファンの方が1番大事です!』などとメディアで言っているアイドルなどのリップサービスとは違う。
自分のお金と人脈で楽曲を作り、CDショップに置いてもらうのも自分で交渉して手売りし、自分の出番は自分のチカラで確保し、やっともらえた出番はなるべく多くの人に来てもらえるように自分で宣伝する。テレビでCMを流してもらえるわけでもないので、すべて自分でやらなくてはならない。1人のファンがSNSで褒めてくれれば宣伝になるし、1人のファンがもう1人友達を連れてきてくれるし、1人のファンがCDを買ってくれれば売り上げになる。1人1人との交流がアタシ達のミュージシャン人生に直結するのだ。だからアタシ達はよほど急ぎの用事でもない限りイヤな顔などせずに話しかけられれば対応する。
ジョージももちろん男の子や女の子と握手したり、サインしたり、写真を撮ったりする。かわいい子と一緒に写真をとったり笑顔で話していたりするが、こんなことで嫉妬などはしない。むしろミュージシャンとしてそこまで知名度と人気のあるジョージがうらやましい。
遠くからジョージを眺めていると
「
と、女の子から声をかけられた。
「ありがとうございます」
アタシは右手を差し出しながらお礼を言うと、彼女はアタシの手に自分の右手を合わせて握手した。
「リリック好きです。女子を応援してくれてて」
彼女はアタシの曲を好きと言ってくれた。
こうやってファンになってくれた子と交流すると、自分が間違っていないという確認になって勇気をもらえる。
商売上も大切なファンだが、ドームいっぱいなるほどのファンなんていないので、応援してくれる人が1人でもいるのはうれしくなる。直接それを伝えてくれると『ありがとう』と心から思う。まだ未熟なミュージシャンの心の支えでもある。
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有害な男性性
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