track #03 - Crossroads

 アタシはLoveriラブリという名前で活動している。

本名はAiアイ、日本語のアイ、漢字での愛はLoveラブという意味だと知ったパパが付けてくれた。日本語の接尾語の“ちゃん”が気に入ったパパはアタシの事を『ラブちゃん』や『ラブリー』と呼ぶ。由来はそこから。

クラブ界隈ではたいていの人がそれ用の名前を付けているが、仕事を離れてまで仲良くしている同志は本名で呼び合ったりする。

外で呼ぶにはおおよそ恥ずかしい妙な名前を付けている人が大半なので、必然なのかもしれない不思議な習慣だ。

ジョージはラッパーとしてはJayジェイなのだが、私生活を共にしていて仲の良すぎるアタシとジョージはもちろん本名で呼び合っている。

ジョージの頭文字は“J”じゃなく“G”なのではないかと英語ネイティブなアタシは思うのだが、*Jay-Zジェイジィへのリスペクトも兼ねてJayジェイなのだとか。


 「アイは女の子のファン多くていいなぁ」

ファンの子が離れて行った後に友人のラッパー・MA-BOWマーボーが話しかけてきた。彼とは同じ年でクラブ界隈でまだまったく相手にされていない頃から一緒に切磋琢磨せっさたくましてきた仲だ。

「マサトはかわいい彼女いるし、もういいじゃん」

「でもさ、オレ、ヤローのファンばっかでさぁ。モチベの問題」

本名はマサト、確かに彼は男のファンが多かった。マサトもジョージ同様、MCバトルでのし上がってきた。ガッチリした体形で坊主でいつもNewEraニューエラをかぶっているイカツイ風体から想像しえない程、優しい友達思いの彼とは今では親友と呼べる仲だった。

セオリー通りなのかイイ奴には気のイイ彼女がいて、保母さんをしているマサトの彼女もたまにクラブに来てはアタシに仲良く接してくれる。

 クラブに出演しているラッパーやDJやダンサー達の彼女達は、たいていアタシに敵対的な視線を浴びせる。アタシは彼らを仕事仲間以上には思っていないし、クラブにしょっちゅういるからといってビッチなわけじゃない。

『おまえが思うほど、おまえの彼氏はモテないぞ』と、言ってやりたいのを我慢してやり過ごしている。

でもそう不信を募らせてしまうヒップホップな彼氏を持つ彼女らのキモチがわからなくもない。やはり恋愛関係のだらしない人が多い。こういう空間だからか、こういう職業だからか、ただの若気の至りか。

そんな環境にもかかわらずマサトは浮気などせず、せっせとラップして、稼いだお金で彼女と幸せに同棲している。それも彼と親友でいられる一因だ。


「今日、ケイも来るかもだったけど、連絡ねぇし、忙しいのかもな」

「え、ケイ? 大阪の人らに*ディスられてんじゃん。それでも来る気?」

「あぁ、だからじゃね?」

「面倒くさいから来なくていいよぉ」

 ケイとはProfessor Kプロフェッサーケイと名乗る同じ年のラッパー。彼もまた同時期にマイクを奪い合った仲間なのだが、あっという間に大きなMCバトルの大会で優勝をして、そのままクラブに帰還することなくメジャーデビューした。たいていのラッパーは何度もバトルに参加していい成績を残して、箔をつけて、知名度を上げ、そのおかげでクラブに客を呼び、若手の面倒を見たりしながら、この界隈に貢献する。

それに音楽業界が不況の今はそうそうラッパーにメジャーデビューの話は来ない。逆に言えばスキルと人気のある人はメジャーデビューしなくてもやり方次第で食べていける環境ではある。

 ケイはもちろんバトルで優勝するほどの実力者なのだが、彼が前例のない程のスピードでメジャーデビューしたのは外見が良かったからだろう。いわゆるイケメンでスタイルもイイ上に、早口で知的なラップをしていた。同世代の中では飛びぬけてスキルも高く、ファンも多かった。それでひがんでいる人も多いが、彼がディスられる大きな原因は音楽性にあった。

 皆がうらやむようなスキルを持ちながら、彼なら容易なラップでポップな曲をリリースしているのだ。ほとんどがラブソングやがんばれソングでメッセージ性などほぼない。ヒップホップやラップが必ずしも政治的・社会的でなくてはいけないわけではない。パーティーチューンと呼ばれる楽しむための曲もあるし、ラブソングだって沢山ある。それにしたってMCバトルで鳴らして、羨望せんぼうのまなざしで送り出された彼がそれ一辺倒で、仲間からも批判されることになってしまった。いわゆる“*セルアウト”とディスられている。東京を中心に活動している人達の中には親交がある人もいるのでまだマシだったが、他の地域で活動している人からのディスはすごかった。

 アタシも例外ではなくケイの今のサマにはガッカリしていた。それを口に出して言ってもいるので、多分本人の耳にも届いている。

「オレら同期じゃん、アイはそういうこと言うなよ」

と、優しいマサトはいつもケイをかばうような事を言う。

でも*EMINEMエミネムや*Public Enemyパブリックエネミーや*Beastie BoysビースティボーイズKendrick Lamarケンドリック ラマーを好んで聞いてきたアタシはやっぱりラッパーたるもの社会にメッセージを発信して欲しかった。好きなだけラブソングを作ればいいが、たまにはそういった硬派なものもリリースして欲しい。

 世間的にはまだ若い24歳といっても、結局この辺りで生き残った同期はアタシとマサトとケイしかいない。それだけ人の入れ替わりが激しい。簡単に稼げるわけもなく、結局辞めていく人の方が多い。だから、ケイに仲間意識はあるが今は少し距離ができている。



◆◆◆


Jay-Zジェイジィ:ニューヨーク出身のラッパー・プロデューサー・起業家


ディス: Disrespectディスリスペクトの略。他人を侮辱する行為や言葉。本来お互いをリスペクトすべきところを、そうしないという文脈で使われる。


セルアウト:社会へのメッセージ性を排し、商業的な成果だけを求める行為。


EMINEMエミネム:デトロイト出身のラッパー・ソングライター・俳優。


Public Enemyパブリックエネミー;ニューヨーク出身のヒップホップグループ。


Beastie Boysビースティボーイズ:ニューヨーク出身の(主に)ヒップホップグループ。ロック・パンクなども。


Kendrick Lamarケンドリック ラマー:コンプトン出身のラッパー・ソングライター。

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