track #05 - Chemical Of Romance①

「えー、今日はイチャイチャしながらドラマの続き見ようと思っててんけどぉ」

今日は2人共予定がなかったので、アタシは久しぶりに事務所に顔を出そうと思っていたが、ジョージの予定は違ったようだ。

「そのドラマ、ジョージしか楽しんでないよ? アタシわりとどうでもいいし」

「なんやねん、めっちゃおもろいやん」

 今ジョージがお気に入りの配信で見られるドラマは、売れないラッパーが一念発起いちねんほっきして10代の女の子をアイドルとしてプロデュースしていくサクセスストーリーだ。もちろんそこに甘いラブストーリーも絡んでくる。

売れないラッパーを演じているのはアタシと同じ年くらいの人気男性アイドルで、アイドルらしくなく硬派なドラマなどにも出ているので演技派で男の子から支持もあるような珍しいタイプだった。プロデュースされる10代の女の子を演じるのもまた今人気絶頂のアイドルグループの子で、演技はいまいちだったが見た目も立ち振る舞いも声もすべてがかわいかった。

 それとテーマソングを提供しているのが人気を得ていたProfessor Kプロフェッサーケイことケイ。彼は売れないラッパー役のラップの演技指導までしていて話題になっていた。

人気アイドルのダブル主演で双方の沢山のファン達がドラマを鑑賞し、SNSで考察や感想をつぶやき、常にトレンドになっていた。

「まず、アタシと同じ年くらいなのに、ラッパー諦めてプロデュース始めるとか夢物語すぎ」

アタシがこのドラマにハマれない理由その1だ。その2は

「しかも『マイファーストラブソング』ってタイトルがイヤやねん」

「関西弁うまなっとるやん」

「絶対、恋バナやん。音楽の話じゃなくて恋バナやん。*My Chemical Romanceマイケミカルロマンスのファンに怒られろ」

ものすごくイケメンとものすごくかわいい女の子が登場して、恋愛ストーリーを見せられてもアタシはのれない。ジョージはそこにキュンキュンきているそうだが、アタシが屈折しているだけなのだろうか。

「結局元ラッパーは仕事を通して10代の女の子と恋しちゃうわけでしょ? キモすぎ」

「アイは厳しいなぁ」

「ジョージが10代の女の子プロデュースし始めて、関東弁で甘いこと言いだしたらめっちゃキモイよ?」

「オレ、10代にもアイドルにも興味ないし。ドラマなんやからフンァタジーやん」

そして1番アタシが言いたいのは

「しかも、ケイの曲がだるい」

テーマソングはケイが作詞作曲したラブソングで、*フィーチャリングで無名の女の子のシンガーを起用している。ケイが甘い言葉をつらねてヴァースを淡々とラップして、*フックで女の子が歌い上げてドラマチックな展開になる。甘い恋愛ドラマにぴったりの恋愛ソングだった。

「そう言うなよ。ケイくんも頼まれたことをやってるだけなんやし。食ってく為には大事な事なんやから」

ジョージは珍しくケイをディスらないラッパーなのだ。ジョージの世代の人もその上も、今となってはケイと接点のない下の世代までケイをディスっているのにだ。

「どんな曲やってたってアイツがすげーのはわかってるやん、オレら」

そういう理由でジョージはケイをディスらない。確かにその通りだし優しいし大人な意見だと思うがアタシはやっぱり今のケイには納得がいかない。

「ほな、関東弁で甘い事言うてやるから、はよ帰っといで」

「うん、行ってくるねdarlingダーリン

ジョージにはそのドラマを独りで楽しみながら留守番してもらうことにして、アタシは事務所に行った。


 事務所に行くとカニエと副社長のサクラがいた。

Loveriラブリ久しぶりだね、Jayジェイは元気?」

久しぶりに会ったサクラに聞かれた。

サクラは5歳年上のシングルマザー。数年前に突然パートナーを亡くし、両親と同居して子育てをしている。結婚して以来サッカー選手の妻としてパートナーに尽くしていたが、突然彼を失い目的も失っている時に、カニエとTASK FORCEタスクフォースの3人が彼女を会社で働くよう誘った。サクラはもともとクラブに頻繁ひんぱんに出入りする*ヘッズで、事務所創設じむしょそうせつの面々とは仲が良かった。

「ジョージ、My Chemical Romanceマイケミカルロマンスみたいなタイトルのドラマにハマってるよ」

「あぁラッパーがどうしたってやつでしょ? 男の方があぁいう系ハマるのかね」

いかにも仕事ができそうな黒髪ストレートのボブにパンツスーツ姿でさっぱりした性格のサクラもあのドラマには関心がないようだった。

「でもあのドラマの曲、話題になってるぞ」

カニエがしらけた目でイヤミのように言った。

 実は数か月前あの曲のフィーチャリングのオファーはアタシに来ていた。ケイは最初にアタシを指名していた。カニエもサクラも事務所のみんながアタシにそのオファーを引き受けろと言ったがアタシは断った。もうすでにドラマのタイアップは決まっていたからヒットは間違いなかったし、ケイの才能なら駄作は作らない。それにケイはアタシのポテンシャルを充分に理解しているから、きっとアタシの才能を惜しみなく発揮できるものを用意してくれたはずだ。受ければいい事しかないオファーだった。でもアタシは断った。

 ケイの才能はアタシも充分に理解してるがゆえに、今の彼の音楽には惹かれていなかったし、男の子に*フックアップされるのもイヤだった。

「男にフックアップされるって言ってもさ、ケイの場合は下心とかじゃないのはわかってるだろ? 純粋にLoveriラブリに歌って欲しいだけじゃん。仲間だから」

カニエにはそう説得されたがアタシは自分を曲げなかった。

「でもさ、今の知名度の差でフックアップされれば実際はどうあれ、世間はそう思うかもね、デキてるんだとかさ。それは今の段階ではLoveriラブリにはマイナスだよ。ケイの女ってだけで消費されて終わるリスクがあるよ」

最後にはサクラはアタシに味方してくれた。

もしかしたらサクラは気づいていたのかもしれない。アタシがケイのオファーをかたくなに受けなかったもう1つの理由に。



◆◆◆


My Chemical Romanceマイケミカルロマンス:ニュージャージー出身のロックバンド。


ヴァース:ラップにおける、AメロやBメロ。


フック:サビ。


Featuringフィーチャリング:特定の人物・事柄などを特色として際立たせること。音楽界では客演の意味で使われる。


ヘッズ:ヒップホップファン、ヒップホップ好き、仲間のこと。


フックアップ:有名人が無名の者を自分のフィールドまで引き上げて紹介すること。

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