track #04 - Ability②
フロアの隅でマサトとDJのプレイを見ながら体を揺らしていると後ろからジョージが抱き着いてきてアタシの頬にキスをした。
大声で話さないと聞こえない音量ので音楽が流れているので、それを見た横にいるマサトは何も言わずにやれやれという顔でアタシ達を見ていた。
「見られてるよ?」
周りの目線というかジョージのファンの女の子達の視線が気になったアタシがジョージの耳元で言うと
「ええよ、自分の女とイチャイチャして何があかんねん」
と、返答してまたアタシにキスをした。確かにそうだし嬉しいが、アタシ達が恋人らしい事をする度にアタシには敵が増えている気がする。
アタシの事なんかお構いなしに、ジョージの彼女なのか愛人なのか、ジョージの何かしらの座を
ジョージが後ろからハグする格好で密着しながら、音楽に合わせて体を揺らしていると「
マサトとも顔見知りだったようで3人は親し気にいくつか会話をすると、ジョージがアタシを紹介した。
「
後輩の彼には悪気はない。だがアタシはどこからどのようにどの程度彼の発言を更正すべきかわからずにリアクションに困っていると、マサトが
「アイは半分じゃなくて、日本とアメリカの2つの血がまざってるからダブルっつーんだよ」
と、優しく訂正したが、ジョージは
「おまえ、女の子に向かってエロカワとか誉め言葉ちゃうからな。二度とアイと口きくな。アイを見るものダメやからな。
後輩の更正を諦めた。続けてアタシに向かって
「こんなんと目合わせたらあかんで、なんでもエロにしか見えてへん。こいつこそ“エロかわいそう”でエロカワやんなぁ」
と、笑いを交えて言って少し場をなごませて、出番が近づいていたので楽屋の方に去って行った。
ジョージが去った後、後輩が
「なんか、すんません」
と、アタシの耳元で言った。
「大丈夫だよ、
「愛されてるっすね」
「まぁね。アタシ、エロカワ? いい評判?」
少し意地悪な質問を返すと、さっきジョージにこっぴどく言われた後輩は困りながら
「そ、そうっすね……。いい評判やけど……。セクハラとかやなくて……」
と、返答した。
アタシのアイデンティティは、ラッパー
でもそれがどう手に入るかわからなくて毎日ただ途方にくれているだけだった。
ケイほどの才能があったらよかったのに、ジョージほどのカリスマがあったらよかったのに、男の子に産まれてればよかったのに、思っても仕方ない事を思っていた。
少ししてジョージがステージに登場した。スポットライトを浴びて堂々とラップするジョージはいつも一緒にいる時の彼とはまた違う雰囲気で
髪がボサボサで着古したスウェット姿で一緒に家事をする彼もとてもチャーミングなのだが、ラッパー
「そんなウットリした顔で聴く曲じゃねぇぞ?」
左隣で一緒にステージを見ているマサトがアタシの耳元で言った。
確かにジョージは厳しい顔で社会的なリリックをラップしている。
「だって、かっこいいじゃん」
アタシがマサトの耳元に返事をすると、呆れた顔で「はい、はい」と言ったが大きな音にかき消されて声は聞こえなかった。
そしてジョージは珍しく恋愛の曲を披露した。
一目惚れした女の子と初めて話した時の緊張とか、何度かデートして初めてキスした時の高揚感とか、初めてセックスした時の感激とかを
ラブソングなんてダルいと思ってしまいがちなアタシだがこの曲は否定できない。
確かにアタシとジョージの間に感動するような出来事はそう起きない。手をつなぐのも、一緒にお風呂に入るのも、キスするのも、セックスするのも、日常になってしまった。でもこの曲を聴くと、こんな日常が幸せというものなんだと自覚する。
やっぱり女の子に産まれてよかったと思い直す。女の子だったからジョージに出会えて愛されているのだ。
アタシは深い愛情と尊敬を持ってステージ上のジョージをただ見つめた。
結局ケイは現れず、閉店時間になった。
外に出ると朝日が目に染みる。
テキーラを何杯飲んだのか、飲まされたのか、酔っぱらったジョージが
「アイちゃーん、ホテル行こ」
すぐそばのホテル街を指さして、そう言ってアタシに絡みついて来る。
「おウチ帰っていっぱいしよ」
「帰ったらママおるやん。」
「ママはすぐ出かけるから、ちょっとの我慢だよ」
ふてくされたジョージはタクシーを拾って2人で乗り込んで家に帰る。
後部座席に並んで座って少し車に揺られるとまもなく、つないでいるジョージの手の力が抜けて彼の頭がアタシの肩に乗った。ついさっきまでセックスしたがっていたのにもう寝てしまっている。
いつもこうなるから、どんなに彼と愛し合いたくてもムダになるのでクラブ帰りにホテルには行かない。
家の前について寝ているジョージを無理やり起こして自室に連れて行き、ベッドに寝かせてタバコ臭い服を強引に脱がす。アタシはメイクを落とし簡単にシャワーを浴びてからジョージの横に寝転がる。アタシの気配に気づいたジョージは目覚めることなく無意識にアタシを抱きしめてそのまま眠る。アタシも彼の腕の中で眠りに落ちる。まさに『ラブソング』のリリックのよう、感動はない。幸せな日常というのはこういうものだ。
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