track #04 - Ability①

 アタシ達がステージに立てるようになるにはいくつかの道がある。アタシはステージに立つことを目標に18歳からクラブに通いだしたので、それ以前のコネなどなかった。お気に入りのラッパーやDJの出演する日に行ってまずは話しかけて仲良くなることから始めたが、仲良くなったからといって道が開けるわけではない。

 ラッパーならMCバトルに出場して爪痕を残せれば、同業者やオーディエンスに認知してもらえて活動の場を少しずつ広げることも可能だ。もしくは地元やよくいくクラブのある街などで自発的に行われている*サイファーに飛び入り参加して、仲間を作り、そこから人脈をたどって名前を売っていく方法もある。

アタシはラップも少しはやるが、基本的にはR&BシンガーなのでMCバトルに出られるほどのスキルもないし、サイファーに参加できるほどの自信と勇気もない。

 ある日、よく行くクラブ・BESPINEベスピンでよく見かけていたマサトが街中でサイファーしているのをたまたま見て、ラップがうまくラッパーらしい風格もあって思わず声をかけた。そんなきっかけでアタシとマサトは親しくなったのだが、マサトはアタシがシンガーであることを知り、アタシの歌声をカラオケで聴き、自宅のパソコンで作っていた曲を聴いて、TASK FORCEタスクフォースのDJ JIROジローを紹介してくれた。

彼の自宅にはDIYでできたスタジオがあって、そこで録音をさせてもらいDJ JIROジロー指導の下、デモ曲を作った。それをCDに焼いたり、ネットで公開したりしてシンガーであることをアピールを続けた。

 クラブやイベントによってはメインの出演者の出番が終わって閉店前にオープンマイクという時間が設けられている時がある。ラッパーやシンガーになりたい素人達がわんさかとステージに上がりマイクを奪い合い未熟なスキルを披露する。運が良くてもほんの数分、マイクに触れられないときさえある。もうお客も酔っぱらっている時間帯で無名の若者たちが溢れかえるステージの様子など気にもかけていない。そこで何とか印象を残すと、有名なラッパーやDJに声をかけてもらえたりする。これも道のひとつ。

まだ無名だった頃のケイはこのオープンマイクに突如現れて注目を集めた。

そしてマサトの参加しているサイファーにもときどき顔を出すようになり、一目置かれるようになった。

 結局のところどんな注目の集め方でも人脈が大事で先輩や仲間が自分を引き上げてくれる。とはいえやはりスキル・才能がその根底にはある。それを認め合った者同志が連携してお互いを高めていく。


 ケイは今思えば先輩に声をかけられることもなく孤高ここうの天才といったふうだった。

唯一ケイに声をかけたのが、西にしという男だった。今アタシの所属している小さな事務所“CORUSCANTコルサント”の社長だ。

かつていろんなレーベルからラッパーやヒップホップグループがデビューするという

ヒップホップのバブル時代があった。その中でも名実ともに優れたヒップホップグループTASK FORCEタスクフォースがバブル崩壊と共に独立して設立した個人事務所で、それまで彼らのマネージャーを務めていた西にしが社長となった。アタシは西にしの事を親しみを込めて*“カニエ”と呼んでいる。本人は

「今になるとその呼び方、イヤなんだけど」

と、最近彼はカニエと呼ばれることに嫌悪感を示している。

 カニエはケイの才能を早々に見出した。日本で1番大きなMCバトルの大会には参加条件があって、その条件をクリアして大きな大会に出場して優勝する為の最短距離をアドバイスした。ケイがバトルで次々と結果を出すのと並行してメジャーに売り込んだ。ケイは1度も挫折することなく予定通り優勝を果たしてメジャーデビューした。あっという間の出来事だった。


 一方アタシはというというと、カニエはケイと同時にアタシにも声をかけた。事務所に所属するようにオファーをくれた。でもそれはケイのようにアタシにまばいばかりの才能があったからではない。アタシが世間知らずで勢いだけの女の子だったからだ。

 カニエはアタシにはダイヤの原石ではあると言った。だけど、この業界で ── 特に女性は原石のまま終わってしまう事が多い。

例えば、男中心の世界で女性が活躍できる機会そのものが少なく、夢を諦めて去って行く。

例えば、若い男女の多い世界で同業者同士で恋愛に発展する男女がいる。それで残念ながら破局を迎えると気まずくなって去って行くのはたいてい女の方。

理由は様々だがやはり女の子が戦っていくには、支えてくれる仲間や後ろ盾が必要なのだ。

 それと女の子の場合、まぶしく輝くダイヤに変貌へんぼうする子がたまにいるが、そのみがかれ方も問題だ。

単純に、純粋に、才能を発掘されてみがいてもらったなら問題はないが、そんな夢のようなシンデレラストーリーはまれだ。権力者の様々な欲望を満たすためにダイヤの原石な女の子たちは消費される。結果的にみがかれて立派に輝くダイヤとなった成功者は、ギブアンドテイクだと納得してそれまでの道のりは語らない。輝ききれずに消費だけされた女の子はこの世界に絶望して、それもまた語られる事はない。

夢を追いかける女の子には、まさに暗く黙された、そんな道もある。だからやはり女の子が戦っていくには、支えてくれる仲間や後ろ盾が必要だ。

それをわかっているカニエは、アタシが間違った選択をしないように、間違った道に進まないように事務所に誘ってくれた。

 この事務所を立ち上げた中心メンバーのTASK FORCEは大御所で人望も厚いので、そこに所属している女の子というポジションのアタシには後輩達は手は出しにくい。そうやってアタシは守られながら、自分で自分を磨く。

それでもやっぱり若い男女の多い世界、アタシはジョージという同業者と恋に落ちてしまった。恋愛自体は悪い事ではない。ただ別れた後にこうむる損害が女の子の方が大きいのが問題なのだ。

でもジョージとならアタシは別れても上手くやっていけそうな気がする。

いや、その前に、アタシはジョージと別れるつもりは一切ないから問題なんてない。

アタシは事務所とジョージに守られて自分の夢を追っている。



◆◆◆


カニエ:Kanye Westカニエウエスト(ラッパー・ソングライター)が由来。


サイファー:ラッパー達がストリートや公園などに自発的に集まりラップを披露していく。フリースタイルで競い合ったり、お互いの技術を披露し合ったり、仲間としての絆を深めたり……と様々で遊びのひとつでもある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る