track #15 - Welcome To My Nightmare
ケイが「歩くか、久しぶりに」と言ったので、2人で六本木の煌びやかで人が賑わう街を無言で歩いた。
アタシには冷静になる時間が必要だったし、ケイと2人で歩くことも久しぶりだったし、何も話さずにいた。六本木通りをウチの方に向かって進んで行くうちに行きかう人がまばらになってくる。上を走る高速道路も車道も週末の夜だけあってたくさんの車が走行していて騒がしいのに変わりはなかった。
「あーあ、仕事1つ失ったな~。
ケイがわざとらしい言い方で上を見ながら言って、彼もDJ
「ごめん」
アタシは思わずケイを見て言うと
「ウソだよ。友達より大切な仕事なんてねぇよ」
と、コチラを見て笑った。
「ほんと、ごめん」
と、再び謝ると
「いや、いいんだ。あの人らとの付き合い方も考えなきゃって思ってはいたんだ。いいタイミングだったよ」
ケイは真剣な表情になって語りだした。
その中からほんのわずかだがスターが誕生したりもするし、すべてを理解していて割り切って遊びに付き合う女の子もいるのは確かだが、たいていは彼らの圧倒的な権力にひれ伏してしまう。
ケイはそのウワサも知っていたし、そのような場に居合わせたこともあったが自分は男で被害はないし、仕事をくれていたし、自分さえ真面目にいれば問題はないと見て見ぬふりをしてやり過ごしていたという。
「オレの名前使って女集めてる感じもしてたんだよね」
と、メジャーで活躍する人気ラッパーである彼は言う。
先ほど両腕に絡ませていた女の子達もケイが来ると誘われてパーティにやってきたそうで、あの場では空気を読んでノリを合わせていたが、ケイにはそんな気はなくタクシー代を渡して帰らせたという。
それで夜な夜なよからぬことが行われている超高層ビルの下で、アタシの身を案じてアタシが出てくるのを待っていたのだった。
歩きながらその話を黙って聞いていたアタシにケイは聞いた。
「
「うそ、まじ?! ちょう有名じゃん! ちょう可愛いじゃん!」
アタシが声を大きくするほど、その子はとても人気のある有名なモデルだ。一時期その彼女とケイは交際していたようだが、数か月前にフラれたという。
その原因も綾部達の存在だった。
彼女は
しかしケイは芸能界にはそういう連中がいるのも想定内だったし、
「実際、アイツが売れたのもそういうことだったのかもな」
と、ケイはハッキリとは口にしなかったが彼女について分析し
「だとしたら、彼氏には遠回しにしか言えないよね……」
アタシはケイと元彼女でモデルの子、2人をおもんばかった。もしケイの元彼女が綾部か他の人との肉体的な取引があってモデルとして成功したのなら、自分の過去を否定したくはないうえにせっかく手に入れたモノを失いたくないだろうけど、でも肯定もできなくて、消化できない思いを抱えたまま日々を暮らしているのだろう。
ケイは話の中でサオリと何度かあの家で会ったと言っていた。同じ経験をした成功者の中にはサオリのように過去を完全に肯定し権力者たちと良好な関係を続けている女の子もいる。サオリの場合『利用した・利用された』『搾取した・された』という価値観ではなくは純粋に才能を持つ者とチカラを持つ者の出会いと融合だったという解釈なのだろう。それに正しいも間違いもない。
結局は個々の価値観によるところが大きくて、綾部が悪だとは言い切れないがために鬱屈とした存在と事象が伝統のように繰り返されているのだ。
ケイの元彼女はサオリのようにはキモチを塗り替えられなかったのだろう。だから恋人であるケイには綾部達との付き合いを辞めさせたかったに違いない。その名を聞くたびに胸に
今聞いたばかりで、会ったこともないモデルの子の話で、アタシの妄想に過ぎないが、そんな気がして同情した。
もしかしたら今日、ケイと鉢合わせしなければ、ケイからメッセージが来なければ、ケイがあの部屋に入ってこなければ、アタシがそうなっていたかもしれない。
「ありがとう」
アタシはケイに謝罪じゃなく、お礼を言った。
「今日は、オレと偶然会って、仲直りした日ってことにしようぜ」
どういう意味かと不思議に思い何も言わずに彼を見ると
「ケンカはしてねぇか、もともと」
優しい笑顔でアタシに向かって言った。
「ケンカしてたわけじゃないけどね、アタシ達。なんか、距離できてたよね」
「だな。アイはせっかくオレから出したオファー断るしな」
「あの時は……意味わかんなくて。急っていうかさぁ」
「オファーは急にくるもんだろ」
先ほどまでの暗い話から一変して自分達の話をしながら歩いた。
あんなところに行かなければよかったとか、なんで着いて行ったのだとか、アタシが自分を責めないようにする為に今日を定義づけてくれたのだと、ケイの優しさに気がついた。
最近のお互いの話などをしていたら、3~40分歩いていたようで渋谷駅が見えてきた。
「
と、ケイはこの後ジョージとアタシは今夜どう過ごしていたかという話になるのを察して言った。
「うん。ケイと会って話してたって言う」
ジョージにさっき起きたことなど言えるはずもなく、そう答えた。
「知ったら
ケイは更に念を押したが、さすがにそれは大げさだとアタシが眉をかしげると、彼はおもしろそうにふざけたテンションで言った。
「オレの勝因、ソレだもん」
「え? なに?」
意味がわからずアタシは聞き返した。
「あのバトルの前、わざとアイの名前出したんだよね、試合前。そしたら
と、ケイはケラケラと笑いながら説明した。
アタシがジョージとケイのどちらかを恋人にするかで悩んでいた頃に行われたMCバトルで2人が対戦した時のことだ。
「オレは普通にやったら
ケイは笑いながら当時を振り返った。
あの時までアタシとケイは友人で戦友だった。少し距離ができてしまったが今日のことでまた友人に戻れたかもしれない。
「ケイ、ごめんね」
アタシはこれまでのことも今日のことも含めて謝った。
「アイはなんも悪いことしてないじゃん。いいから、
そう言ってアタシの肩を軽く叩いた。
渋谷駅でそれぞれタクシーに乗って家路に着いた。
朝になってジョージが帰って来てやはり一晩どうしてたか聞かれた。
「ケイと偶然会ってね、話して、仲直りっていうか、わだかまりなくなって、また友情取り戻せたよ」
と、報告すると
「よかったな」
と、ジョージは笑顔だった。
いつものようにジョージの腕の中で眠った。
アタシは数時間前、この場所を失うかもしれない瀬戸際にいた。
ケイのおかげで助かった。ケイはずっとアタシを友人だと思っていてくれたことに感謝した。
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