track #16 - Saviour①

「なんでそんなトコ行ったんだよ、2人きりになるとかさぁ」

昨日、DJ MIURAミウラに呼ばれてパーティーに行き、権力者・綾部と2人きりになって、間一髪のところでケイに助けられた話を事務所に行って話すと社長・西カニエは呆れた口調で言った。

確かにアタシは思慮が浅く、軽率な行動をとった。

「ちょっと待ってよ、西クンさぁ、悪いのはLoveriラブリじゃないじゃん。根底が違うんだよ。それ、男の理論つぅか、強い立場のヤツの理論だから」

キッパリと正論を差し挟んだのは副社長のサクラだ。

MIURAミウラとか綾部が『Loveriラブリちゃん、今からセックスをしますが2階へ来ますか?』って聞いたか?『このパーティではセックスも込みですよ』って誘ったか?」

サクラは勢いよくまくし立てる。

「大物に仕事をチラつかせて誘われたら、たいていの売れない子は行くよ? そういうのから守るのも私達の仕事なんじゃないでしょうかねぇ社長さん」

サクラの勢いはとまらず、カニエはぐうの音も出ずに、アタシは他人事のようにその様子を見ていたらおかしかった。

「ま、なんもなかったけど。いちおう報告ね」

アタシが2人の間に割って入り、何故昨日の自分の失態をわざわざ事務所まで来て報告しているのか理由を説明した。

今はこの事務所には女の子はアタシしかいないが、これから新しい子が所属するかもしれないし念のため2人も知っておいた方がいいと思った。

DJ MIURAミウラはだいぶ前から名の売れたDJで悪い評判は一切聞いたことがなく、綾部の取り巻きに加わっていたことも知らなったようで2人共戸惑っていた。綾部についてはケイ同様、悪いウワサしかないと言っていいほどだという。

Loveriラブリは自分を責めないで。私がもっと目を光らせてればよかったんだよ。怖い思いさせてごめんね」

サクラはアタシに言ったが、もちろんサクラもカニエも悪くない。悪いのは他人の夢を搾取する大人達だ。

少しの間黙って考えているふうだったカニエが口を開いた。

「どっかレコード会社と契約するか。ヘンな誘いはなくなるだろ」

アタシにとってはイイ提案だが今どき青田買いしてくれるほど余裕のあるレコード会社なんてあるのだろうか。DEAR STARディア スターに匹敵するくらいのレコード会社に所属しておけば懲りない綾部からの再度のアプローチはなくなるだろうし、もしかしたら昨日逃げたことへの嫌がらせがあるのかもれないがそれに怯えなくて済む。それにただクラブを回って地道に活動しているよりはブレイクする確率は上がるというのがカニエの考えだった。

「現状で契約してくれるトコなんてある? 契約した以上、売れないとクビになるでしょ?」

「まぁ、ツテはあるから」

アタシが質問するとカニエは悟すように言って、一拍置いて続けた。

Loveriラブリがデビューとかメジャーとか考えてたの気がつかなったよ。ごめんな」

カニエもサクラもアタシはスキな曲を作り、スキなように歌って、のんびりクラブを回って自分らしくやっているのかと思っていたようだ。

アタシも自分からどこかに売り込むような事はしていなかったし、どちらかと言えば受け身だった。それに売れたいと焦っている姿を見せるのはかっこ悪い気がして現状を楽しんでいるように見せていた。

実際、楽しんでもいたし、各地のクラブを回って理解してくる人達だけに向けて地味な活動を続けていくものイイ人生だなと思った時期もあった。

しかし『自分にもし才能があるのだとすれば、いつかそれを相応の人がみつけてくれるはず。そして売れるはず』と、どこかで期待している自分もいた。

だけどそんなチャンスも訪れない焦りから、本当は自分には才能なんてないのではという疑念で、冷静さを欠いて自分自身も周りも見えなくなってしまう時がある。そんな時にああいう罠にはまってしまう。

アタシは売れたい、自分のメッセージをもっと広い世間に発信したい、昨日の件でより一層強く思った。

アタシはこのような今の正直なキモチ2人に打ち明けた。

「いくつか声かけてみるけど、後はLoveriラブリ次第だぞ」

カニエが言うと

Loveriラブリなら大丈夫、自分を曲げたりしないで。Loveriラブリの音楽気に入ってくれる人、絶対いるはず」

と、サクラも背中を押してくれた。


 しかしやはりそう簡単にはいかなかった。

大小問わずレコード会社に音源とプロフィールを送ってみたものの、リアクションは薄かった。いくつかのレコード会社から連絡が来てA&Rに会ってみたり、アタシのライブに来てくれたりしたが、褒めてはくれるものの現実的に契約まで話は進まなかった。その理由はどれもメッセージ性が強すぎるからだとアタシ本人もサクラもカニエもわかっていた。だけどそのアタシのスタイルを変えることはしないともわかっていた。

「契約取るだけとか、売れそうなん作るとか、そんなんならアイやなくてもええのよ。アイやないとアカンてヤツやないと。アイはそれができる子なんよ」

ジョージはなかなか契約の取れないアタシにいつも言ってくれる。そう信じてくれている。アタシもそうでありたい。そうだと思いたい。自分を信じたい。

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