track #16 - Saviour②
いつもの
「今日は付き合ってよ、この後」
と、あいかわらずショウはアタシを誘ったので返事を濁しかわしていた。
右側に座ったショウは今夜は完全にアタシに狙いを定めていて、コチラに身体を向けてソファーの背もたれに沿って左腕をアタシの方に広げている。
「オレ音楽業界にも知り合いたくさんいるし、プロデューサーとか紹介するよ」
自分の外見だけでは釣れないと思ったのか、今度は音楽をエサにした。
心が揺れないわけではない、またこの感覚だ。
誘いにのってしまうべきか、心を強く持つべきか、アタシの中でぐちゃぐちゃと葛藤が渦巻く。正解はわかっているのに、別に正解があるかのように感じてしまう未熟な自分にがっかりする。なぜこんな風に葛藤してしまうのか自分にも苛立つ。
サオリは自分の目標に忠実でなりふり構わず行動したから夢を叶えられたのだ。アタシは結局イイコトも悪いコトも何もできない。きっと何者にもなれないのだと実感してしまう。
ただショウの話に相槌を打ちながら、右手で持ったグラスの中の炭酸が浮き上がっては弾けるのを見ているとカツカツと硬い床をヒールがかき鳴らす音が勢いよく近づいてきたのを察した。その音がアタシの近くで止まったのに気がついた瞬間には誰かに左手首を握られていた。
ひんやりして細いその手の主を見るとカーリーヘアーの女性だった。目が合ったと同時にアタシの手首を握り締めるチカラが入って立ち上がるように合図されたようで、アタシはソファーから腰を浮かせた。
「ちょっと、おねえさん、だれ?」
突然割って入られて不機嫌になったショウが聞くと、
「文春の記者」
と、その女性は冷めた目を彼に向けて間髪入れずに答え、アタシの腕を引いた。彼女の派手なピンクのヒールが音を立てるたびに黒く艶やかなカーリーヘアーが揺れ動く。後を追うアタシにはそれがなぜかスローモンションで見えていた。
クラブから出て路上で向かい合った。
「本当に記者ですか?」
と、アタシが聞くと
「見える?」
と、ケラケラと笑いながら彼女は答えて名刺をコチラに差し出し正体を明かした。
名前はルカ、
「サクラと西クンにあなたを観に行くように言われてね。アタシ、仕事復帰したばかりで最近のクラブ界隈疎くてさ」
なぜ仕事を休んでいたのかは知らないが、サクラとカニエ、
「で、あのチャラい俳優を頼ってデビューしようとか考えてた?」
痛いところをつく質問をされたがアタシは答えにつまった。
「いや……でも……なんというか……」
「アイツは口だけで有名だから」
「ですよね……」
「あなたならそんなコトに時間使わないで、ちゃんと音楽に向き合ってれば可能性はあるよ」
アタシの迷いを正してくれたような言葉を聞くと、アタシにはルカが輝いて見えた。彼女がスラっとした美人だからというわけではない、周りの喧騒は静まり、背景にはボケがかかって、アタシには彼女がハッキリ見えていた。彼女はアタシを導く光のようなモノをまとっていた。
アタシはその光を手繰り寄せた。
数日後、サクラと一緒に
「絶対、
ルカはそう言った。音楽に溢れた人生を送ってきた彼女はメッセージ性の強い音楽を求めていた。さらにそれらの音楽が市民権を獲得する未来を描いていた。アタシにその可能性を感じてくれている。
友達がいなくて部屋に籠ってノートにキモチを吐きだしていた高校生のアタシは救ってくれる何かを待っていた。あの頃のアタシのように待っている子がどこかにいる。アタシとは全然違う悩みでも、アタシから出た音楽が誰かの救いになってくれたらうれしい。世界を動かせなくても誰かの心を軽くできたらうれしい。そんなシンガーになりたい。
しかしそう簡単にはいかない。
メジャーシーンでは新人のアタシに大した広告費は下りないし、クラブシーンでやっていたことの延長にしかすぎなかった。デビュー曲はメッセージ色を抑えて王道のポップなラブソングにしたのだが、ヒットはしなかった。
YouTubeの再生回数は過去のどの曲よりも多かったしチャンネル登録者数も伸びた。SNSのフォロワーも増えたが、ヒットしたというには程遠い。
「こんなんなら、もっとパンチきいた曲にすればよかったよ」
と、ボヤくと
「この曲もかわいくてスキやけど」
と、ジョージが慰めてくれる。
「最初からうまくいく人なんていないよ」
と、ママも慰めてくれる。
だけどサオリがデビューした頃を思い出す。街中サオリの広告で溢れていた。アタシにはまったくイイ曲だと思えなかったあのデビュー曲は大ヒットと言って間違いなかった。
あれ以来サオリの曲はよく耳にするし彼女の名前やゴシップも含めたニュースを聞かない日はないほどだ。アタシとサオリ、何が違うのか。同じ恋愛の曲名なのに音楽のジャンルが違うからか、アタシの外見が一般的な日本人と違うからか、あの綾部社長ではなくルカを選んだからか。
アタシはデビューできたのにまだ暗中模索で、高校に馴染めなかったようにメジャーの音楽業界にもこのまま馴染めずに終わってしまうような気がして疑心暗鬼だった。
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