track #29 - Raven

 家に帰り、自分のSNSを見てみた。

激しい言葉が並んでいて、それを見てももう何も感じない程マヒした。そんな中にたまにある賛同や応援のメッセージが、まるでスポットライトで照らされたかのように輝いて見えるようになり、特殊能力を手にしたようだった。

マサトやルミ、ジョージまでも、昔からの仲間は“いいね”してくれている。メジャーシーンに媚びる必要のない信念を持ったミュージシャン達だ。アタシはそれを見て発信してよかったと思った。メジャデビューをしてメッセージ性のないポップな曲も作るようになったし、今日なんてトップスターと食事に行ったけれど、アタシは何も変わっていない。近頃あまり会えない仲間にはそういうメッセージの代わりにもなった気がした。

 もちろん“いいね”の中には藤堂 エリナもいた。

彼女のSNSはもはや燃えすぎて灰となったようで機能していない。プロフィール欄に“DEAR STARディア スター所属”と記されていて、その文字が痛々しかった。

<アタシは*X-MENに入れるかもしれない。特殊能力があるようだ。批判の文字はかすんで見えない、応援のコメが輝いて見える。応援してくれてる方へ、ありがとう。>

と、投稿した。“SNSなんて気にしてはダメだ”というメッセージを込めたつもりだが、少し遠回しすぎて伝わらないかもしれない。

こんなことしかできない自分が非力に思えて、少し落ち込んだ。


<まさか実は*青かったりする? ま、それもそれでキミだしね。リスペクト>

と、メッセージをくれたのは先ほどまで一緒だった小野瀬 直樹おのせ なおきだった。彼はSNSは写真を投稿するだけにしか使っていない。それとたまにドラマなどの自分の仕事の宣伝。彼と彼のファンだけで構成された平和な空間だ。でもアタシを気にしてSNSに目を通したのだろうか、あまりにも騒ぎが大きいからたまたま目に入っただけだろうか、先ほど発信したアタシの意見に反応をくれた。しかしその反応はSNS上ではなく直接送ってきたメッセージだった。

彼がトップスターになれたのも、またその地位を確固たるものとしているのも、アタシのようにSNSで炎上するようなことは発信しないし、そういう曲も歌わないからだ。アタシはそういった人達は別世界の人だと線を引き、相容れないと思っていた。

 でももしかしたら言いたいけど言えない事情があるのかもしれない。

人間、生きていればいろいろな利害が生じる。ビッグマネーを生み出す仕事となればそれもまた大きい。小野瀬の周りにはたくさんのスタッフがいる、そのスタッフには家族がいる、SNSの発言ひとつで仕事を棒に振るわけにはいかない。

きっと彼は何も考えてないわけじゃない、何も感じてないわけじゃないのだ。

小野瀬がアタシのSNSじゃなく、直接メッセージを送ってきたことでそう理解した。

きっとサオリもそうだと思いたい。

<青くてもまた誘ってくれる?>

アタシが返事をすると

<もちろん。次回は本当のキミの姿で来てね>

と、すぐさま返信がきて彼の笑顔が思い浮かんで、SNSのせいで殺伐としていた心が温かくなった。

小野瀬 直樹おのせ なおきはスター・アイドルという役割を引き受けたのだ。アタシが“モノ言う女ミュージシャン”という役割を引き受けたのと一緒で。この世はままならない。そんな時、アイドルやスターが現実逃避させてくれる。彼らに元気をもらった人々はまた日常に帰って行く。アイドルもスターも必要な役割なのだ。

彼はただその役割をまっとうしているだけ。今できる最善のことがアタシにメッセージを直接送ることだったのだ。これが今の精一杯なのだ。


 寝ようとしてベッドに腰かけたがふとラップトップを開いて電源を入れた。

枕を背もたれにして、検索窓に<小野瀬 直樹>と打ち込んだ。

第2ワードに“彼女”と出てきたので、思わずそれをクリックした。

「What?!」

思わず声がでた。

そこには小野瀬の腕に腕を絡ませて談笑しながら街を歩くサオリの姿が映った写真がいくつか出てきた。小さな顔に大きなサングラスをかけた小柄なサオリは彼を笑顔を見上げている。週刊誌で取り上げられたと思われる白黒のその写真の種類は3パターンくらいしかなく、1パターンあたり3,4枚。察するに3日だけしかツーショットは撮られていない。だけどその写真からはただならぬ関係性が感じ取れる。

少しスクロールすると『破局』といいう文字が目に入った。彼らの破局を報じる記事のようだったが、これ以上何も知りたくなくてラップトップを閉じた。

横になって布団をかけて必死に目をつぶった。寝てしまえば見なかったことにできるのではないだろうかと思った。


 そんなわけはなく、翌日目覚めと共に小野瀬 直樹おのせ なおきとサオリの写真が脳内をめぐっている。

でもアタシはなぜこんなことにキモチが乱されているのだろうか、ただのスターのゴシップだ。コーヒーをすすりながら自分に言い聞かせていた。

見るともなくついていたテレビから藤堂 エリナという言葉が聞こえて、目をやると彼女が深夜にSNS上で発信した文言が取り上げられていた。

DEAR STARディア スターの社長と私の関係について何らかの説明をするつもりはありません。お世話になったのは確かです。しかし彼に苦しめられたと発信した女性がいることも確かです。それにショックを受けているのも確かです。まずはそれらの発言に耳を傾けることから始めたいと思っています。>

 真意はわからないが、これもまた、今の彼女の精一杯なのだ。

所属している有名人がこう発信したことは、どれだけ被害者の励みになるだろう。その反面、彼女はきっとこのままじゃすまない。事務所DEAR STARディア スターからどんな反撃を受けるかわからない。『よくぞ勇気をだして発言してくれた』と褒めてくれるような事務所だったら、そもそもこんな大騒ぎにはなっていない。

彼女の勇気に敬意を表して、アタシはSNSを開いてエリナの投稿に“いいね”をおした。

だけどもうこの話題にはうんざりだ。

その前に、若い女性が権力のある者に搾取されることにうんざりしていた。

まずは根本をどうにかしないと“うんざり”の連鎖は止められない。


 そしてこの夜、“うんざり”のピークを迎えた。

レコーディングスタジオからの帰り道、運転手はサクラでアタシは後部座席でネットを見ていた。1日スタジオで作業していて情報には触れてなかったので、エリナの様子が気になったからだ。

エリナのSNSはまさに炎上中だがさらに油が注がれていた。

ついにDEAR STARディア スターの社長が発言したのだ。アタシがスタジオに籠っている間に、彼は自分のYouTubeユーチューブチャンネルで今回の騒動について話したのだった。

彼の顔を見たくもないし、チャンネルの再生回数に貢献もしたくないので、書き起こしている記事をいくつも読んで照らし合わせた。

 週刊誌を訴えるか弁護士と相談中だということをまずは発表した。パーティも好きだし女の子も好き、浮気をしたこともあるので誠実な男だとは言えないと、あたかも自分をさらけ出しているようなことを言った上で、燃料が投下された。

『オレは藤堂 エリナに利用された。関係を持った後でモデル志望だと知った。それなら自分のできることならしてあげようと思っただけだ。今になってあんな風に言われて、信じてもらえないなんてショックを受けているのはオレだ』

社長はエリナについてそう発言したそうだ。

社長を崇める人々は言質をとったとばかりにエリナを責め立てていた。

エリナの顔やケイの顔が思い浮かんだが、アタシはなすすべもなくただ車窓を眺めていた。


◆◆◆


X-MEN:マーベルコミックのミュータントヒーロー集団

青い:X-MENの中のミュータント、ミスティークやビーストは青い肌を持つ。人間に変身することができる。

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