track #12 - Dream Value①

 週末になり2人での共同作業を一時中断してそれぞれライブしに行く。

ジョージは仙台で、アタシはいつもおなじみのBESPINEベスピンだった。

Loveriラブリさん、VIPのお客さんが呼んでます。」

アタシが出番を終えて舞台袖を歩いているとスタッフの男の子が声をかけてきた。BESPINEベスピンはブラックミュージック好きな人のたまり場で、派手で有名人が出入りするクラブとは違ってVIPルームは大御所ラッパーだったりとなじみの人が利用していることが多いので、立て続けに知らない人がいるのは珍しい。そしてこうやって呼びつけられるのも珍しい。

「誰かわかる?」

「いや、わかんないっす。ハデで女連れっすよ」

「そう……ありがとね」

バイトの男の子は頭をさげて去って行った。

 楽屋に戻るとそのアタシを呼びつけている人の正体がわかった。

「デススターだっけ? の社長らしいぜ」

マサトが言った。

DEAR STARディア スターでしょ? レコード会社の」

と、言うと「そうそう」とマサトは笑っている。

 数週間前Whitneyホイットニーを歌ったチャラバコで、VIPルームに来ないかと人づてに誘ってきたレコード会社の社長だ。あの日はVIPルームに行かずに会わなかった。わざわざアタシを検索してBESPINEベスピンまでやってきたのだろうか、たまたまだろうか。

もしアタシに会いに来たというのなら、何か次のステップに進めるチャンスをもらえるかもしれない。

「アタシ、行ってみるね」

「だいぶチャラそうだぞ?」

「女の子と一緒に来てるみたいだし、平気だよ」

マサトは心配してくれているが、アタシは興味を引かれてVIPルームに行った。


 VIPルームの階段を上がると、ここにはおおよそ似つかわしくない高級ブランドのロゴまみれの男の人がソファーの真ん中に座っていた。

彼の右には女の子が座っている。目を細めてよく見ると、サオリだ。あのチャラバコの前で出会って、家に帰って検索したら白い水着姿だった“平野 さおり”だ。

アタシに気が付いた男の人はゴールドにダイヤをあしらったギラギラ光る腕時計のはまった手を上げてアタシを招く。アタシはサオリを見ながら彼の左側に座った。

「サオリちゃん」

と、声をかけたが鋭い目をされてムシされた。

Loveriラブリちゃんに会いに来たんだよ。この前会えなかったから。」

白い歯も眩しいその男の人はやはりDEAR STARディア スターの社長と名乗りそう言った。

「すみません……、この前は予定があって」

「いいんだよ、今日会えたから、飲もうよ」

アタシはウソをついて、細長いグラスに注がれたピンクのシャンパンを飲んだ。次々と飲まされ、サオリも負けずに飲んでいる。目が合っても一瞬睨みつけてすぐ逸らされる。この前アタシがVIPルームに連れて行かなかったから怒っているのだろうか。それにしても、どういう経緯だかわからないが、この社長の隣に座るほどお近づきになれているのだからいいのではないか。アタシは社長の自慢話を聞いているフリをしながらサオリが気になっていた。

「このおっぱい本物?」

と、調子に乗った社長はアタシの胸を凝視している。チューブトップにジーンズという格好を後悔した。露骨なセクハラに一瞬引いたが

「彼氏に入れてもらったんで、彼氏の所有物なの」

アタシはまたウソをついてやり過ごそうとした。

すると社長の右側にいるサオリが

「ちょっとぉ、セクハラだよ?知らない子にはセクハラしちゃダーメッ」

と、確かに正しいがまったく説教になっていない甘い声で甘えるように社長の腕に抱き着きながら言った。

社長はデレた笑顔をサオリに向けた。あのかわいい顔でかわいい声で身体を密着させられたら喜ばない男はいないだろう。

 アタシは気が付いた。お説教とみせかけたマウンティングだ。

さっきからサオリはアタシをライバルとして認識していて、鋭い目を向けているのだ。このセクハラ社長がアタシを選ぶのではないかと危惧しているのだ。

サオリの心配は必要ない、アタシは選ばれたくない。

セクハラされるためにチューブトップを着てるわけじゃない、着たいから着てるわけで、何を着るかはアタシの自由だ。着るものでアタシを判断しないで欲しい。ハッキリ言えずにジョークを言ってその場を回避した自分にも苛立つ。

このセクハラに耐えてまで選ばれたくないのだ。

「サオがいるでしょぉ~」

サオリは社長に甘えてアタシに目を向けさせないようにしている。

彼女が何を考えてなんの為にそんな甘い声を出しているのか想像はつくが、それを肯定も否定するつもりはない。彼女の人生だ。

アタシとサオリの目的は一致している。アタシはここにいる必要がないし、彼女は社長を独り占めしたい。

「すみません、ちょっと予定があるので」

と、言ってアタシは立ち上がってVIPルームを出た。


 VIPルームを出て間もなく、アタシは後ろから腕を掴まれた。

振り返ると笑顔の社長だった。

Loveriラブリちゃん、冷たいなぁ」

「ごめんなさい、サオリちゃんいたし、いいかなって……」

社長は人差し指と中指に“綾部あやべ”と名前と書かれた名刺を挟んでヒラヒラと見せて

「ウチ、レコード会社だよ? スターは何人いてもいいんだからぁ」

と、笑いながらその名刺をアタシの右の胸に垂直に押し当てた。

あまりにもあからさまな行為に、アタシは自分の胸が名刺で押されているのを他人事のように見下ろしていると

「ボクはキミの事気に入ってるから」

そう言って、社長はアタシに身体を寄せて耳元で

「スターにしてあげるよ。連絡して」

と、ささやいてアタシのデニムパンツの後ろポケットに名刺を差し込んだ。何も反応しないアタシの肩をたたいて「じゃ、またね」と、言って社長はVIPルームに戻って行った。

 アタシは怒りなのか諦めなのかよくわからない感情に襲われて、冷静になろうと飲み物をもらう為にバーカウンターの前にできている列に並んだ。

後ろポケットに入っている名刺を取り出して“綾部”という名前を見つめた。

きっと彼は本当にアタシをスターにしてくれる。

でも、それには代価が必要だ。

覚悟を決めなくてはならい。

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