40話:ハイニ村

人歩歴990年12月10日、午後

視点:商人さん


「抜けた!やっと真っ直ぐ走れる!あー大変だった…。」

ルースーから脱出して数十分。ホワイトキャットは最高速度でハイニ村へと向かう。

伝令馬よりも速く、森を縫うように進む…こんなことを続けてるんだから弟くんはさぞ疲れるだろうね。

案の定森を抜けたところで音を上げた。一旦休憩。

ここは視界が開けているため、周囲を見渡せば海岸沿いに村が見える。


ハイニ村だ。

海沿いに都市を築けなかったルースーがその威信をかけて築いた港。

と、同時にルースーへ向かう東の交易路の中継地。

巨大な防壁こそないものの、石造りの建物は避難誘導手伝った時に見たどの村よりも堅牢だし、海には何隻かの帆船が見える。


「…静かだね。」

「…ね。1番大きな物音が、ルイサの寝息だなんて。」

風向きの影響か、都市での戦闘音もここでは聞こえず、普通に平和なんじゃないかとすら思ってしまう。

「あれ、住民は全員避難したとはいえ、ハイニ村は対土着連合の司令部が置かれるんじゃなかったっけ?…そうでしたよね?」

「そうだ。再編した第二大隊エミリ大隊800人だけでなく、冒険者達や民間人800人がルースー領防衛のために立ち上がってくれた。それら"第三大隊"も合わせて都市を守る兵士たちの4倍の兵士達が、あの村で待機している。」

ふーん、ちっちゃい村なのにすっげえ…。


「え!?じゃあ第一大隊は400人!?それであの大軍に耐えれるんですか!?」

運転に疲れ、休憩していた弟くんが驚いた声を上げる…よく気付いたな。

「ああ、中隊一つを引き抜いたからな。だが案ずるな、兄上はあれだけの兵でもしっかりと都市を守ると豪語していた。ならばできるということだ。それにほら、クルメだっているだろ?」

リビオさんと、それからクルメさんへの信頼がすごい。

だけど何故か納得できちゃう。


「…さて、そろそろ出発するとしよう。着いたらまずはパオラに報告…を…?」

突然エミリさんは言葉を止め、一点を見つめる。

「あれ、どうしたんですか?」

「なあ、あそこの帆船…そうあれだ。あれなんだと思う?」

「なにって…ハイニ村は貿易港なんですよね?だったら貿易船がいるんじゃ…。」

「民間人が全員避難した港に、貿易船がいると思うか?」

「え…あ。」


次の瞬間、まるで回答を示すかのように轟音が鳴り響く。

「砲撃!?」

「無理矢理にでも先に合流しておくべきだったか…いや。とにかく出してくれ!」

激しい炸裂音と共に車両は急加速。村へ向かう間にも砲撃音は続く。

「あれは…。」

「ドニ領ってとこの船。ほら、前に地図で見たじゃん?アルアドの対岸の軍港都市で、アルアドと組んでハイニへの船を妨害したり…あ、明らかにでかい船とかいない?」

「えーっとあれかな、2隻くらい?」

「2隻かあ。大型戦艦はあの都市の誇りで、全部で3隻いたはず。そのうち2隻って事はかなり本気だね。大型戦艦以外にも結構多くの船が来てるでしょ?」

流石は弟くん、運転していながらでもこれだけの情報量をポンと出してくれる。


その後も弟くんの雑学を聴きながら、村へと向かう。

エミリさんだけ落ち着きがない。逆に言うと私たちだけかなり呑気なんだと思う。

この期に及んでなんでこんなに焦れないのかは…正直私にもわからない。





森と比べて道が開けていたからか、私たちはほんの数分で村に到着した。

相変わらず海からは砲撃の音が聞こえてくる。

…ってか今から砲撃されてるど真ん中に行くってこと?こえぇ…。

「よし、そこだ。入れてくれ。…ああ、そこの石壁が開くようになってるはずだ。」

まだ倒壊していない石づくりの建物の前でエミリさんが車両を降りると、壁に触れる。

すると石壁が開き、ちょうど車両1両ほどが通れるようになる。


「ここは…馬小屋?」

あまりにも唐突に馬の顔が現れてちょっとびっくりしたよ。馬も馬車も全部屋内なんて珍しいね。

「隠し扉を閉めて、車両はそこに駐めておいてくれ。私は先にパオラに話を聞いてくる。」

そう言うとエミリさんはすみの扉から、別の部屋へ行ってしまった。


私たちも車両を駐めたらすぐに後を追いかける。

隠し扉の閉め方が難しくてちょっとかかったけど。

「ルイサは猫さんホワイトキャットに残していく?まだ寝てるし…。」

「それが良いんじゃね?ってか猫さんってお前…。」

「別に良いじゃん!」

別にムキにならないでも良いんだよ。その呼び方なんか良いねって言いたかっただけ。


さて、じゃあエミリさんは確かこっちへ…あれ。

「…アレルさ、エミリさんどっちに向かったか覚えてる?」

「え、お姉ちゃんがのぞいてるその扉じゃないの?多分向こうに集会場が…あれ。」

扉の向こうは、ごくごく一般的な民家の一室だった。

「民家ぁ?え、隣に騎兵の馬がいたのにここ軍の施設じゃないの?あ、一回外に出て別の建物ってこと!?」

「それはないでしょ、もしそうなら危険すぎるよ…あ。」

「どした?」

「そこの箪笥、なんかズレてる。」

「えっ、向こうは…また別の民家!?」

なにこれ!?唐突に脱出ゲームでも始まった!?

ま、まあ取り敢えず進むけど…。


「この部屋は…あ、そこに階段がある。」

「えぇー…じゃあ上で。」

「こっちは…え屋根裏行くの!?ちょっと…お姉ちゃん先行って。」

「やだよお前が先行ったら良いじゃんか!なんかそこ暗いし!」

「お姉ちゃん鈍感でそういうの気にしないタイプだったじゃん!行ってよ!」

「"私"は違うの!…ああいやもういいよ!行くよ!」

「狭くて暗い…これでも通路だよね?」

「窓とかつければ良いのに…まさかここ地下か?」

「階段登ってるんだからそれは無いでしょ…あ。」

「また階段だ。」

「まだ登るの…?」


「…なんです、貴方達。…集会場?それなら馬小屋の隣の部屋のクローゼット開けて、階段を降りるんですよ。」

ま じ かぁ…。

確かに兵士がいる場所には着いた。だけどここ絶対エミリさんが行ったとこと違う!

多分ここは見張り塔の類だ。だからいる兵士も数人。

その中でもちょっと豪華な鎧を着た2人組が、私たちの対応をしてくれた。


「おん?ってかお前どこかで見たことあるな?」

「そうか?僕はさっぱり…あ。」

「あ?…ああっ!あのやたら黒い龍に乗ってたガキ!」

「戦車を作ったとかで突然演説し出した少女!」

えぇ…私ってなんかそんなに有名になってるの!?

ま、まあ良いけどさ。誰やねんって追い返されるよりは。


「そうか…エミリ隊長の言っていた商人さん…考えてみたらあんなのが何人もいてたまるかって話だな。」

「ただの一般人はもうこの村にいない。只者ではないと思ってはいたんだけどね。」

2人は勝手に何か納得したらしく、2人で頷き合う。

「えっ…と…。」

私達は放置されている。


「失礼。僕はアヌーク・アラド、エミリ大隊長の下で中隊長をやっているんだ。それでこっちの…」

「俺がカルビン・アラド。さっきはすまなかったな弟が迷惑かけて。」

「あのね、兄ちゃんのその言い方のせいで何回話が拗れたと思ってるの?」

「何言ってんだ。…ほら、また困らしてるぞ?どうするんだ?」

「…。」

なにやら仲が良いようで。

この世界では例のスキルのおかげで、兄弟は一層特別な関係になってる。私と弟くんもそう。

それで2人して中隊長って事か。凄いな。


2人は近くにあったパイプ…恐らく伝声管の類だろうと何かを何かを話した後、顔を見合わせる。

「…せっかくだから"見学"させてやれってさ。邪魔にはならないだろうって…いいのか?」

「大隊長はまったく…。僕は構わないよ。まだ向こうは仕掛けてこないだろうし、始まったらここもすくし。」

「そうか…えっとだな、お前ら何を知りたい?っつうかこの場所について何か知ってるか?」

私は弟くんに視線を送る。私にとっての1番の知識人は弟くんだ。

「村にある軍施設の監視塔…ですか?正直あまり詳しくなくて。」

弟くんが知らない…!珍しい。


「まあ機密だから知られていたら逆にお前らを疑うことになっていたが。ここはな、村全体が巨大な要塞になっているんだ。建物同士、全部繋がっていただろ?」

ああ…それでタンスとかから他の部屋にいけたんだ。やっぱり普段はあそこは民家なわけだ。

「僕は要塞というよりむしろ巨大な罠だと思っているけどね。要塞は兵士を隠すため。他の村も含め全員避難させたのも、誰もいない村に違和感を持たせないため。」

「それでも奴ら念入りに砲撃を仕掛けてきたが…それももう終わった。こっちが一切反応してないからな。」

「となると向こうが次にやることは船を降りて攻めてくること。だけどもここは木製の民家を破壊すると、残った建物は中央の広場に自然と誘導できるようになってるんだ。丁度あそこだね。」

「そこを俺達が一気に叩く。まあ要するに一番美味しい反撃のところを今から見られるってわけだ。」

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