5話:逃走をキメるとしよう

「あったよ!」

そう弟くんの声がした方向へ、私は向かう。

棚に並んでいた箱の、一番底にねじ込まれるようにして、それは入っていた。

薄紫と紫の模様の布で作られた、リュックサックより1回り小さい袋。

【魔導袋】だ。


────────

【魔導袋】

分類:魔道具

中に入れたものの、大きさや重さを0にして、保管&持ち運びできる袋。

取り出した時に、元の大きさや重さになる。

下位互換【魔法袋】とは比べ物にならないほどの量が入る。

────────


魔導袋の中に手を入れると、中身の情報が私の脳内に流れてくる。

そして記憶の中で見当つけておいた、ポーションを取り出す。


────────

【骨再生・ポーション】

分類:魔法薬

飲んだ人の骨折を完治させる。

その後、HPを10だけ回復。

────────


「はい。」

一本飲み干し、もう一本を弟に渡す。

飲み終わると、一瞬で足の痛みが消えた。

その後さらに2本、別のポーションを取り出す。


────────

【オール・スピード・ロングポーション】

分類:魔法薬

思考速度、攻撃速度、移動速度、etc全てを大幅に加速させる。

効果時間はおよそ1時間。

────────


「で、こっちも。」

一本の蓋を開け、もう一本を弟へ渡す。

「…ほんとにこれ飲んでいいの?」

弟くんが聞いてくる。ああ、まあね!サリアさんの記憶によるとこれ1本10万Gですってよ!


そんな高いの!?これ⁉︎

「今もうそんなこと言ってられないでしょ!」

私はそう言いながら、ポーションを飲み干す。

自分を【鑑定】してみると、ステータスの中で、速度が9から263になっていた。


…いや凄!

何これ!凄い上がった!

これであとはこの街から出れば良いだけだな!

多分だけど異世界の街って、円形で壁に囲まれてて中央にお偉いさんが居るんだろ。

城郭都市ってやつだ。外からの魔物の侵入を防ぐんだね。

壁の門は大通りの端にあると思う!多分そこに行きゃ良い!


「いよおっっし!!それじゃあ出発…」

「お姉ちゃん!」

背後から気配を感じる。

そりゃ…そうだよな。いくらもうすぐ日暮れとはいえ、当直がたった一人ってことはない。

「こ、こんにちはー…。」

「お前ら!どこに行く!!」

厳ついおじさん。つまり追手だ。


────────

【トリピー・ジャヌス】【人間】

分類:人間

状態:怒り(中)

LV:42

HP:213/213

MP:132/141

攻撃:121+6

防御:93+3

速度:96

魔力:131

自己スキル

【指示3】【暗視3】【斧特攻6】【遠視2】【テイム8】【剣技5】

耐性スキル

【雷耐性3】【火炎耐性4】【麻痺耐性1】

────────


…ん?

この人…テイマーなの?

自己スキルのとこのテイムって…ラノベでよくあるあれだよね?最近もまだ流行ってんのかなぁ?

この人いかにも髭とかモジャモジャで、パワータイプですって感じなのに…テイマー⁉︎

直後厳ついおじさんの直前に、魔物…で良いの?が現れた。


────────

【香猪】

分類:魔獣

状態:テイム(洗脳型)

LV:53

HP:288/288

MP:53/57

攻撃:163

防御:132

速度:273

魔力:68

自己スキル

【直角方向転換2】【鋼毛6】【回り込み突撃3】【ツノ回復8】【直進突撃10】【速度強化8】【雷角4】

耐性スキル

【即死耐性1】【魔法耐性2】【雷耐性4】【水耐性3】【近距離攻撃耐性6】

────────

【香猪】Cランクモンスター

分類:魔獣

ツノを使った突撃攻撃のみを攻撃手段とする中型の魔物。

将棋の香車のように、直線的な突進を得意とする。

種族通して遠距離攻撃への耐性がほぼないが、魔力の代わりに速度を上げているため、遠距離武器は大体当たらない。

その肉は香りが強く、嗅ぐものの食欲をそそるという。

名前の由来もそこだろう。

────────


「い、いやどうも!奴隷制とか今時クソだし流行りませんよ!?ってことでさいなら!!」

思考も行動も、全てが加速している。

私は早口で捲し立て、開けっ放しにしていた扉から飛び出す。

弟くんも流石にやばいと感じたのだろう。

【オール・スピード・ロングポーション】を口に流し込んで、私のすぐ後ろを走ってついてくる。

というかまだ飲んでなかったのか。確かに惜しい気もするけどさ…。


外に出るとそこは大通りのようになっていて、等間隔で店が並んでいた。

辺りはすでに暗くなって、店はもう全部閉まっているみたいだねー。

道の一番向こうには宮殿のような建物がライトアップされている。

で、道の遥かかなた反対側の奥には微かに門のような物が見える。


そして凄い!凄い速い!

時速何キロ出ているんだろう。景色が物凄い勢いで変わっていく。

思考も同時に加速してるからか、意外と普通に走れるけど。

ただ…私裸足なんですよ!足の裏が痛いです!多分傷だらけです!


《条件を満たしました。耐性スキル【足元罠耐性1】を獲得しました。》


ん?耐性スキル?そんなんあるんだ。

あれ?なんか足の痛みが和らいだ…気がしなくもない?

後そもそもそもそもこれって罠じゃないだろ…。

と、後ろから唸るような声が聞こえてくる。


香猪…来た…!!

今更か。私が逃げ始めからすぐ来なかった理由はあれ?「召喚酔い」的なやつ?

カードゲームのさ。1ターン動けない。

ってか向こうの方がちょっと早いやん!!

門まだ!?まだ着かないの!?


正面を見れば…まだ結構距離ある!!

あ、でも鑑定できる。近づいたからか?

あー、ふんふんなるほど。

どうやらこの門、すぐ外が掘りになっていて、門は外側に向かって跳ね橋をかけるように開くようだ。

開いている時の扉を、橋として有効活用してるってこと。

それであとは…。


「…『日没と同時に閉門準備を始め、東の山から月が登りきるタイミングで完全に閉門する』!?え?」

「どうしたの?」

弟くんが聞き返してくる。

よく私の声聞こえるね。こんな速度で走って前から絶えず風が吹いてるのに。


「外に出る門、もうすぐに閉まりそう。」

門を見れば、大体もう30度くらいは閉まってるのよね。

「え!?じゃあどうするの!?」

知らん!こう考えると私ほっとんど無計画じゃん!

「ま、まあまだ間に合うような気もしなくもないから…」

取り敢えずそう言っておく。


「…ってかお姉ちゃん後ろ!!」

さらに後ろからは猪の鼻息が聞こえ…

「って近くない!?」

「本当にどうするのお姉ちゃん!?」

泣きそうな顔で訴えられるがすまん。私だって必死なんだ。

「ごめん!分からない!ていうかこいつ何でこんな近くまで来ている訳!?確かにあっちの方が速度速いみたいだけどさ!!」

「そんな!もうあいつと数センチしか離れていない!あ、鼻が当たった!」

すぐ後ろで弟くんが喚いている。


見ると弟くん、猪に体当たりされていた。

あ、でも弟くんもポーションで速くなっているから、別に何ともなってないじゃーん。

いかにも攻撃手段ですって感じの牙も、間が空きすぎていて、すっぽり隙間に入れんじゃん。あれ?勝ったか?


…と思ったその時、猪が鼻から思いっきり息を吐いたのだ。

ちょっと猪の方が速いので、勿論弟くんは鼻のところにいるままだ。

そうするとどうなるでしょう?


鼻息で吹き飛びましたとさ!


いやー、猪さん鼻息強いんですねー…。

なす術もなく弟くんが吹き飛ばされていき…すぐ前を走っていた私にぶつかった。

「うわああああああ!!!」

「なんでこんなことにいいいいい!!!???」

私ごと二人仲良く吹き飛ばされて行く。

後で分かった事だが、この鼻息「雷角」ってスキルの予備動作らしい。


でもこれならまた距離を取れる!!ナイスアシスト!!

私達は門まで吹き飛ばされていた。

思考速度も体勢を変える速度も大幅に強化されているため、受け身はすぐに取れる。


DA・KE・DO!


この世界には慣性という物があるのだ!

だから着地と同時に私の体が転がり始める!


ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…

飛鳥文化アタック!!


「こんな…こんなことってある!?ねえお姉ちゃんこっからは!?」

「大丈夫!多分どうにかなる大丈夫!!」

「そんないい加減な…もうそこに門があるんだよぶつかるよ!!」

「大丈夫!!つまりあれ…ジャンプ台!!」

ボールのように私の体が弾み、一気に跳ね上がる。


「お願い怪我だけはやめてええええ!!!」

「いけええええええ!!!」

そうして私達は、街の外に投げ出された。

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