37話:商人さんとエミリさん
人歩歴990年12月10日
「…よし。じゃあ最後にもう一度状況をまとめる。諜報活動など、様々な情報をまとめた結果アルアド、および周辺領からの侵攻は"確定"だ。いつ攻めて来るかはいまだ調査中だが、確実に来る。」
ルースーの中央塔、私も前一回来たことある会議室的な部屋にリアムスさんの声が響く。
「対する我々ルースーは都市全体で総力を上げて新兵器、戦車ワイルドボアを量産。再編された私の第二大隊が簡易短期訓練を完遂し、既に重要拠点となる事が想定されるハイニ村への移動も完了した…私も明日には現地へ赴き、直接指示を出しながら開戦に備える。」
それに応じるようにエミリさんが解説を引き継ぐ。
ハイニ村ってのは古い都市計画に基づいてできたルースーが海上輸送の重要性に気付き、苦肉の策として都市と別でつくりあげた港だ。
東の街道は陸からでも海からでもここを経由するため、戦車で守りを固めて敵の足止めをするのが先戦の狙い…って今エミリさんが説明してる。
ちなみにアルアドとか他の都市はルースーよりも後にできたから、ちゃっかり海沿いにあってそれから…えーっと何だっけ…今弟くんがいないってことで私が解説してみたけどこれむずいよ。あいつ普段どうやってんだよ。
ちなみに私は呼ばれても無いのに、何となく会議を聞きに来てるだけだったりする。
「短期とはいえ間に合うはず無ぇって思ってたのが、まさか本当に終わっちまうとは…訓練が必要って聞いた時はあんな小娘に兵器開発を任せた自分を悔いもしたわけだが…こうなってくるとアルアド野郎が何を考えてるのか分からなくなってくるな。」
ごもっとも。ちなみにデブが来てから2週間が経っている。
戦車とかいう新兵器の訓練と量産期間にしてはあまりにも短いが、デブ側は準備万端で後は口実を探すだけ…みたいなノリで来てたし、何でここまで長い間攻めてこないんだろ。裏とかありそうで不気味。
何にせよアルアド準備は整ったのだから、準備中に攻め滅ぼされるよりマシ…だよね?そーゆーことにしとこう。
会議は順調に進み、今は作戦について話し合っている。
私は地球における軍や自衛隊のシステムも、異世界の軍のシステムもさっぱりなので蚊帳の外である。てか聞かれたところで困る。
話の感じはまだ誰も運用した事のない戦車をどう作戦に組み込めばいいのか誰も分からず議論になってるっぽい。
とにかく何もかもが手探りだ。会議が長引くのも当然だろうね。
「そういえばクルメ、お前は壁上からの射撃の方が得意だろ。今回ルースーを直接防衛するのは兄上の第一大隊だからな。所属の変更手続きを…」
「ええっ!?私エミリからの命令じゃないと安心して動けないよっ!それに第一大隊の隊長っミナスでしょ?あいつって…」
「おい!おい!おい!俺の命令を聞く気は最初から無いって事か!?」
「あぁ勿論その通りだよっ!」
「まあ落ち着け、わかったよ。第二大隊所属のままクルメだけルースーで待機…これで満足か?」
…こんな理由で長引くのは良くないと思う。
◇
…あれから時は流れ、数時間後にようやく結論らしき何かができたらしく私達は解散した。
かなりグダグダだと思っただろうか、私もだ。
実は毎回こんなノリである。
だけど何故か、不思議と"勝ったわルースー"とかいう気持ちと考えが心の中で跳ねていた。
てか都市全体がそんなムードで溢れている。
まああのルイサ・アメニスの新兵器の数々を見ちゃあそう思わざるおえないよね。本心からそう思う。
あとはそう思わせるのは会議の最後10分で一気にまとめにかかったリアムスさんの話術…なのかもしれない。
何しろ演説一本でルースー全体からの協力を得ることに成功したあの話術だ。
戦車の設計してなかったら、後学のためにそのスピーチ聞きに行ってたかもしれないんだけど…まあそれは置いといて。
「全く、特別とはいえあれでも一応軍人なのだがな…次第に要求とワガママが幼稚になってきているような気がしてかなわん。」
最近のこの時間はエミリさんと一緒にいた。理由は…強いていうなら話相手?
かなり苦労しているらしく愚痴の内容も毎日変わっている。今はクルメさんに対してのだ。
「クルメさんの事ですか?単純に元気っ子とでも思っとけば良いのでは?」
そういえば私、エミリさんに対してはどうも敬語が抜け切らないんよね。
いや実際、身分とか階級的には使うべきなのかもしれないけど折角友達っぽくもなれたから!
「付き合いが長いと段々そう思うだけでは耐えられなくなるぞ?お前も経験したいなら喜んで譲ってやろう。」
「えっ、いやそれは…。てか付き合いが長いってどういう事です?」
「簡単な話だ。昔孤児だった彼女を暫くルースー家に匿い、育てた…いや、一緒に育ったと言う方が妥当か。とにかく例えばあいつに銃なんかを教えたのも私だ。それくらいの仲だ。」
…なんだ、まあ要するに仲良しって事じゃん。
「匿ったのエミリさんだったんですね。てっきりルイサが助け出したんだって聞いてたけれど…。」
「あぁ、ルイサが私に頼んだんだよ。あいつとも"長い付き合い"だ。」
「え、あルイサともなんですか!えじゃあ全員仲良いって事じゃないですかすごい!」
ルイサもクルメさんもエミリさんも仲良し!平和な世界!これでデブがいなかったら最高なのに!
「…好きに解釈してくれ。まあ無意識のうちに私も一緒に育ったあいつに甘くなってるのかもしれないな。だがいずれにせよ私は私は軍人だし、あいつと違って私はルースー家、兄上に何かあれば私が後継だ。血筋がそうであるなら、そうであるべきとして自分自身を正さねばならない…。」
気づけば私達は壁上に点在する、監視塔のようなところに来ていた。
軍の兵士たちが周囲を警戒している。
中央塔より低いはずだがさすがは監視塔。
周囲の壁外は勿論、壁内の街並みまで一気に全部見渡せる。
この景色見てるとさ…なんか…。
(我が一族の血はお前一人に預けられたんだ!)
(そういった行為はおやめ下さい!貴方の身分を考えるのです!)
(そう…。)
(のぞみお嬢様?)
頭の中で、過去の私の記憶が湧き出るように思い出される。
きっかけを与える度に、少しずつ。少しずつ。
「そうか、そうですよねエミリさん。血筋は従い、受け継ぐもの。私もそう父親に教わったっけ。」
日本という国家の、その半分。それを牛耳るクソデカい財閥があった。
その頂点に存在する会長は世襲制で、現会長の娘は…はぁ…。私なんだとよ。
…ちょうど会長の娘として見下ろしてきた街の景色が重なったか、血筋の話から連想されたか。
別に思い出したくもなかった記憶を引き当てちまったわけだ。
何なんだよこの記憶。まだ思い出せないところもあるし。
でも私の父親との記憶や、弟くんと一緒に思い出した記憶なんかとどんどん辻褄があっていく。やっぱり曖昧なところも多いけど。
ただまあ一つ確かな事は、私はそんな財閥を、全くもって大嫌いだったという事だ。
血筋によって制限される人生が、溢れ返ったおふれが、従うことしかできない私が、全て嫌いだしイライラした。
反抗の態度として目をつけたのが、前に言った裏町。
頂点といってもいい、ほぼ全てを知りながらこの世の最下層へも足を踏み入れたのだ。
そして…そして私は…!
「ルイサ、あそこに何か見えないか?ほら、あの低い雲の影に…!?…あれはまさか!!」
私の回想は、エミリさんの声で中断される。
ってかこんなん見たら流石の私でも中断せざるおえない。
「あ、あぁあついに…。」
視界に映るはやたらとゴツい飛行船。
それを巨大な飛竜が牽引している。
旗を見ずとも、ラウンデルを見ずとも、何が起きているかはお分かりだろう。
アルアドが、ついにケンカを売りにきた。
〜あとがき〜
お察しの通り、商人さん(黒田のぞみ)の言う"地球"というか"日本"は私達の住むそれと似て非なる世界です。ほとんど同じだけど。
具体的には政府や独占禁止法が息をしておらず、黒田財閥と武部財閥という2つのクソデカ企業が対立しながら日本を半分ずつ仕切っている点。
裏町と呼ばれるこの世の悪を練り固めたようなスラム街が存在している点です。
基本的にストーリーは今後も異世界で進行するけど、覚えておくと何かと面白いかも?
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