36話:商人さんと弟くん

人歩歴990年12月2日


それから数日が経過した。

ルースーの様子はというと領主であるリアムスさんが団結を呼びかけたことで都市全体が対アルアド、対周辺領地のムードを強めている。

ルースー領の各地の村の住人が避難しいてきたこともあってかなり賑やかだ。

元々名産であったポーションの工場ではワイルドボア…つまり戦車が量産されている。

12月になって毎日寒いというのにご苦労なことだよほんと。


え、私?私はルースーに匿ってもらってる逃亡奴隷って立場だし…そもそも親友であり仲間になったルイサが寝る間も惜しんで底力を見せてるので手伝わざるおえない。

具体的には戦車と装甲車の細かい改良とか?

前にルイサが開発したホワイトキャットの主砲…というか機関砲も完成した。

これを実際に人に…考えないでおこう。戦争の為の道具作ってる奴が何言ってんだって話ではあるけどさ。


そして今、私は領立図書館に来ています!

中央塔のすぐそばにあり、豪華な装飾が施された入り口を通ると、幾つもそびえ立つ本の棚が出迎えてくれる。

探しているのはもちろん本…ではなくその本の虫の弟くんだ。


「おーい!アレルー?あれいない…おーい!…あ、こっちにいたんだ。」

「お姉ちゃん…もうちょっと静かにしなよ…。」

弟くんを見つけた。こいつ本棚に挟まれるように座ってて、追加で他の本棚から持ってきたであろう本が周囲を囲っている。

「だって誰も居ないし…それよりアレル、てっきり戦史とか兵法とかの本の棚にいると思ってたよ。」


私達はリアムスさんから実質的な特権を与えられており、"戦いの準備のため"と言えば大抵のことは許してもらえる。

弟くんも私も、"兵器開発のヒントを得るため"にこの図書館の一般に開放されてないところまで入れてもらってるってわけだ。

「もう大体読み終わっちゃったかもう読んでたものだったから。今読んでるのはこれ、結構知らなかったことも多いんだよ。」

弟くんが指差す本棚のプレートには"宗教・神話及び聖書"とある。


「神話…ああ、"異世界を司る神"ってやつか。」

私と弟くんの関係が拗れそうになった時、唐突に現れた"神"。

どこか飄々とした声で状況を解説し、弟くんを言いくるめて、魔王という"手がかり"をくれた上位存在。

あれ以降あいつ出て来ないし、思い返せば返すほど胡散ん臭くて信用が無くなる…マジであいつ何もんなんだ?いや神なんだけどさ。


「そう。でもあの神の特徴は現在信仰されている神々のどれとも一致しない…900年分くらいの歴史を調べてどれともだよ?」

そう言いながら弟くんは積み重ねられた本を叩く…マジか。

「900年!?もうそんなに調べたの!?」

弟くんの事だ。本当に調べたんだろう。

だとしたらあいつ、普段は威厳ある神だけど私たちの前では本性を見せた?…いや、多分違うよな。

「あの神様は本物と思うけど…お姉ちゃんと今地球?にいるお姉ちゃんの話とか妙に説得力あるしね。」


「お姉ちゃんとって…結局アレルって"私"の事どう思ってるのさ。」

あの時は圧倒的オーラを放つ神に洗脳とも捉えられる方法で"説得"されてた。

「…もちろん僕の目的は地球にいるお姉ちゃんを取り戻す事だよ。でもお姉ちゃんも魂レベルで一致した、正真正銘僕のお姉ちゃんだから。偽物だとか思ってないよ?」

「…本当に?」

なんか…ややこしいね。

「本当だよ心配性だな…確かに元のお姉ちゃんはもっと楽観的だったかも。」


やっぱ微妙に性格違うのか。確かにサリアさんの記憶内のサリアさんはもっと明るくてはっちゃけた性格に映る。

私はどうも、完全に振り切れないというか…。

「経験の違いかな?体験した出来事で性格が変わるっていうし…。」

「それだ!経験…つまり記憶だよお姉ちゃん!あの神が全く現れないとなると、お姉ちゃんが地球にいた時の記憶が唯一の頼りだよ。」


「記憶って言っても…私重要そうなのほど覚えてないというか…。」

「記憶ってのはドミノ倒しみたいに順番に思い出していくもの…ってどっかで読んだよ。」

"思い出せない"んじゃなくて"覚えてない"って感じなんだけどね…あれ。

待てよ。

「のぞみ…。」

「ん?お姉ちゃん急にどうしたの?」

なんか…唐突に…。

「黒田…のぞみ。それが地球にいた時の私の名前。」

そしてサリアさんの魂が今宿る、私の肉体の名前。





日本の首都、東京。そのド真ん中にあるクソみたいなスラム街。それが裏町である。

私は…黒田のぞみはそこにいた。

先進国とは思えないほど、この世のクソが集まっている場所である。

具体的には…あらゆる法律が息してないし、道端にはあんなものから私がここで言えないもんまで何でもあるような。そんな場所だね。


あぁ…だんだんわかってきたぞ…。

そんな場所ではっちゃけた性格になれるわけがないんだよそりゃ。

私が嫌っている、嫌なことを無限ループのように考え続ける…という自分自身の性格。

私自身にストレスが溜まり過ぎたせいでこんな性格が生まれたんだろう。

サリアさんと私って本質の部分は性格まで一緒だと思うのに。ってか神ですらそう言ってたのに。

異世界にきて抑圧から以前に増して私の心が軽い気がしたのも思う存分はっちゃけられるようになったってのがあるのかもね。以前の私の心理状態、殆ど覚えてないけど。


…あれ、でも違う。記憶によると私はこのクソみたいな環境に生まれた、裏町の人間じゃない。

むしろ一歩引いたような、客観視して色々知ってるからこそ苦しいようなそんな感じ…。

えーっとじゃあ私の身分って…。





「ふんふん…それで!?」

思考共有で私の回想を聞いていた弟くんが、興味津々で鼻息を荒くする。

新しい小説でも見つけたかのような、そんな勢いだ。

「それでって…これ以上は思い出せないんだよ。」

「そっかぁ…残念。」


まだ何かが引っ掛かってるかのように、記憶が出てこないところが多い。

…いや、もうそんな言い方でお茶を濁すのはやめよう。

「弟よ。私色々考えて結論みたいなのを出したんだよね。」

「う、うん。」

それでさ…

「私多分!記憶消されてる!容疑者一位は勿論あの神!」

「え…。」

だって重要そうな記憶ほど覚えちゃいないって…大体なんだよ、重要そうな記憶って!


「おい神!どうせ全能の力かなんかでずっと見てるんだろ?出てこいよ!」

そうだ!今神が直接圧をかけに来てない以上怖くて言えなかったような事も堂々と言える!うーん、こんなセコい生き方しかできない自分に腹が立つぜ!

「あ、でも記憶消してくるのは普通にかないっこないほどの格の違いを見せられちゃいますとその…できればやめていただくと嬉しいかなって…。」

「お姉ちゃん…。」

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