34話:商人さんとルイサさん(下)
「うわあああああああ!!うおおおおおお!!」
「これめっちゃええな!ついつい加速しすぎちまうわ!」
すごい…凄い揺れる!乗り心地悪…くもないな!
むしろ今走ってるのが道路とは名ばかりの荒れ道なのを考えれば、乗り心地がいいまであるかもしれない。
「いっそこいつ私達の自家用車にしない?今なら世界初の車のオーナーになれるよ!」
「せやな…てかもう今そういうことにしよか!一台だけの特別品や!」
ルイサもノリノリで答える。車の速度がまた上がったような気がする。
「すっごい…もうこんな所まで来てる。速いねこいつ。」
「せやろ?当たり前や、なんせウチらが作ったんやからな?…もうすぐ着くで?」
ホワイトキャットは全く減速する事なく坂を登り切り、小高い丘の上で停車する。
「もうついたの?ここが何か…あ、すっげえや。」
周囲を見渡すと一気に飛び込んでくるのはそう!すっげえ夜景である。
うん、すっげえ。これは。
地球のそれも東京の、スモッグにまみれた空じゃない。そりゃもう星が溢れているんですよ。6等星なんて初めて見たよ?
それだけじゃ無い。真っ暗な地上の一点を照らすように、私たちのいるルースーの街並みが輝いている。
壁の上からちらっと街の家々の灯りが見えるのとともに、中央に突き出るように建つ塔が空へとカラフルな光を放っている。
「まあ、来た目的っちゅうのは殆どこれが見たかっただけなんやが…ええやろ?これ。」
ルイサは私の横の席に移動すると、私の横に顔を出す。
「うん。あれだ、景色っていいよね。なんかこう、感情より深いところに語りかけられてくるというか。」
それ以上何か話すこともなく、二人で同じ景色を見ていた。
「ふう…にしてもこの椅子固ってぇな、後でクッションでも付けよかな。ついでにエンジンも弄って…」
椅子のついででエンジン改造できるのかあ…。そっかあ…。
でもまあ確かにこの椅子は硬いとは思う。
だからこうやって定期的に立ち上が…っえうわあああ!!
「えこれ動くの?!」
私が車体の上の枠に掴まって立ち上がろうとすると、そのパーツが丸ごと動いて私はバランスを崩す。…そして転ぶ。
「あ悪い、言っとらんかったな。そこ今結構簡単な力で動くで。」
「手すりみたいなものかと思ったじゃん…何で動かす必要が…。」
「そりゃあれや、ここに主砲を乗せるためやで。戦車は回転砲塔っちゅうのでいろんな方向に撃てるようになってる…って教えてくれたのはサリアの方やないか。」
…ん?主砲…?それまじで言ってるの?
「ホワイトキャットに…大砲乗せるの!?」
「あー確かにワイルドボアのあれは無理やな。でも強さは劣らないで軽いの作りゃええねん。ウチに任せとき!」
いや、そうじゃない。そういう問題じゃないんだ。
確かに元々は戦車として、装甲車としてこいつ作ってたよ?でもさ…
「え、待ってよこれ私達用の自家用車になったんだよね?そんな物騒なの付けて何と戦う気なのさ…。」
するとルイサは少し困惑の表情を浮かべ、当たり前のように言い放つ。
「アルアドとかの敵兵に決まっとるやないか。アレルが操縦してウチは…昼弱いからサリアが射撃頼むで?」
…。
…え?
「戦うの…?私達。」
「なんや、心配なんか?…大丈夫、ウチらにはホワイトキャットがあるやないか!最前線でも圧倒できるはずや!」
あー、そうじゃないそうじゃない。
私が言いたいのはもっと根本的なところ。
「待って待って。圧倒ってつまり…敵を…人を…殺す…。」
私ってさ。例の猪倒す時すらためらっちゃうくらいのメンタルしか持ち合わせてないんだよ。
そー思えば私がラノベーの主人公さんみたいに敵バッタバッタ倒せるチートパワー貰ってても、どーせその敵一人一人に感情移入して重圧に押し潰されちゃうから要らなかったまであるんだな。
突然テンションが下がり、思い詰めたかのように考え込む私をきょとんと見ていたルイサは、何かを考えるように首を振った後、口を開く。
「ああ…まあ確かにオブラートに包まずに言うならそういうことやな…。でもな、私たちの相手は兵士、死は覚悟の上の連中や。」
「…。」
「もちろんだから殺しても何も問題はないなんて言うつもりは無いで?それでも戦わなければ殺されるっちゅう状況は、いずれ必ず目の前に現れる。そうなったら大人しく殺される理由はないやろ?」
そう…なのかなあ。そうだよね。一理あるとは…思うけど。
うん…一理あるんだよ。私だって地球にいた時からそういう話は何度も読んできたし、その度に納得してきた。
でもそれは実際殺れって言うのは違うじゃん!ってなっちゃう程度の納得だ。
私には分かる。ルイサはそんな人の発想を半分くらい飲み込んで持論にしてた私とは違い、自力で考えた上で本気でそう思っているんだ。
なんか達観してるというか何というか…。確か12才だったよね?
あれかな、眠才で…いや違う。何でもかんでも眠才で片付けるのはルイサに失礼な気がする。
「ルイサ…今まで色々あったのか…なんかごめん。」
「な、何でそういう話になるんや!」
思い出したよ。例外ともいえるルースーにいると気付きにくいが、獣人はそれだけで虐げられ、生まれた瞬間から奴隷化が確定しているような種族だ。
人の性格や思想はそれまでの経験で変わる。
ルイサは私より酷で壮絶な人生で目一杯の経験を積んだ結果、この結論に達したわけだ。
「…私はさ、もっと平和な世界の平和な場所から来たんだよ。戦争とは何なのかも、命を奪うとはどういうことなのかも、何も経験してない私は分かんないし、人は殺したくない。むしろ自分の精神の安静の為に、罪悪感を感じないために何があっても自分の手は汚さず、誰かに任せて守ってもらいたいなんて考えちゃう。」
酷い発想だとは思うよ。結局は自己中でさ。
「ほーん…随分とまた無責任な考え方やな…」
「うん…。」
「…なんて、思ってるのは案外自分の中でだけかもしれへんで?」
…え…?
「人間の考えっちゅうもんに良いとか悪いとか付けとるのもまた人間や。ほんでこんな評価意味なんか無いやろ。」
ルイサは私を落ち着かせる為にそういったのか。持論なのか、それとも今思いついたのか…分からない。
だけど私がマイナス思考から抜けたから、いずれにせよ成功だろうね。私にとって。
「そっか…そうだね。なんかちょっと気持ちが楽になったよ。勝手に色んなことを考え始めて暗い話へとループしていく…まったく私の悪い癖だよ。」
「せやな…じゃあこうしよう。サリアはそのまま車長で、ウチが撃つ時だけ起きるんや。なあに、そのぐらいその気になれば眠才に抗ってでもやってやるで。」
「眠才に抗う…そこまでしてでも戦いたいって言うのか。」
「"護りたい"って表現しとくれ…まあ、ここだけは譲れへんからな。私の信念みたいなもんや。」
「信念というか執念というか…違うね。考え方。」
「人間そんなもんや。…ほんでそれより、それよりや!」
突然ルイサは声のトーンを明らかに上げる。
「え、…何?そんな急に。」
「いや何、話題変えようと思ったんや。例えば…うーん何やろ、サリアは本当は何処からきたんや?なに、オース人にしては色々と違和感も残るもんでな。気になったんや。」
ルイサ…まさか見破ってくるとは。まあ別に隠してるわけでも無いんだけどさ。
それでも一応秘密と呼べるようなもの…話して良いのかな、こんなの。
「私さ、実は地球っていう別の世界から来たんだ。転移…ってやつ?」
「ふんふんなるほど…え何やて?」
ルイサは困惑と驚愕の混ざった表情で固まった。
えっと…仕切り直した方が良いのかな。
…いや、一気に話そう。こーゆーのは勢いが大事だって何処かで聞いた。
そうして私は続ける。
転移といっても魂だけで、おそらく地球出身の私の魂と本当のサリアさんの魂が入れ替わったということ。地球がどんな場所なのか。私自身何でこうなったのかわからないということ。神ですらわからないということ。
そして、魔王が何かの鍵を握っているから目指しているということ。
私が話終わった時、ルイサを見るとまだそのまま固まっていた。情報を処理でもしているのだろうか。
暫くして、そしてようやく口を開く。
「あのなサリア!軽い気持ちで聞いたウチが悪かったしこのレベルは流石に予想外。何が"何も経験してない"や!」
「だって色々あったのも最近だしピンときてないから性格に影響とか出てないし…地球での記憶も多くはすっぽりと名前まで抜け落ちてるし…。」
「多分これでも何も影響を受けず、自分を貫き通したサリアの方が凄いと思うで!?」
「そうかもね。ありがとう。」
ルイサはうんうんと頷き、話を続ける。
「多分それであってると思う。神は詳しい事全然教えてくれない不親切なやつだったんだけど。」
「ええなぁ魔王城。伝説だと巨大な海を超えた先、別の大陸に渡ったところにある幻の魔族の城や。現在の人類の造船技術やと海龍やらその他ヤバいやつらを突破できない…。」
「マジかー、そんなに遠いのか。行かないとまずいのにどうしよう…。」
ルイサは唐突に閃いたように手を叩き、意を決したかのような顔をする。
「そうや!ウチはこういう技術力が足りなくてできないっちゅうのが嫌なんや!つっても魔王の記録も御伽話レベルのもので誰も行きたがらないし…と思っとったんやがまさかこんな所にいたとは!…なあ、このごたごたが終わったらウチも協力するっちゅうのはどうや?ウチが
途端に私の中で、何か腑に落ちるところがあった。
パズルのピースがはまるような。むしろ最初からはまっていたかのような。
「勿論大歓迎!ありがとう!ってかむしろ私の方からお願いするべきだよねこういうの…。」
私はルイサが差し伸ばしてきた手を取り、握手する。
「へへっ、今思えばウチ、アレルやサリアを操縦手と車長としてこいつを3人乗りにしたり、特に違和感感じずに自然とアンタらの事を仲間としてカウントしとったんや。」
「あ、確かに。なんかすでに慣れてたというかなるべくしてなったいうか…?」
そんな事を話していたのも束の間、気がつくとルイサからの反応が無くなっていた。
「…すぅ。んん…。」
…あ。寝たわ、この人。
「唐突…すぎない?眠才!」
顔を上げれば、少しずつ昇りゆく朝日が目に飛び込んでくる。
…あれ、これどうやって帰るんだ?私運転できないぞ?
取り残こ…された?
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