10話:はじめてのしょうばい(1)

「猪肉いかがですかー?味付けして焼いてるので、すぐ食べれますよー?」

私はそう言いながら、肉をひっくり返す。

「売れないねお姉ちゃん。」

「無謀だと思うんだけどなー。そもそもこれ、あの猪の肉じゃん。」

「いけると思うけどな?美味しいし。」


弟くんが出してきたアイデアってのはまあ要するにこの肉を売って金にしよーぜってものだ。

ダンジョン前は人が集まるからそこで商売するってやーつだ。

だから私達は地図で近くのダンジョンを探し、そこまでやってきた。


ダンジョン前って結構整備されてるみたいで、ダンジョンに入ることを申請する場所、モンスターが出て来ない用の柵、仮設トイレ、店のテントを立てるスペースまで充実している。

このダンジョン都市から一番近いもんね。あんま大きくなくても人気よね。

いい感じのスペースにテントを張り、河原の時と同じ焼き方で肉を焼いたのさ。

ちなみに超万能ナイフで点火したけどライターのありがたみがよくわかるよ。

んでやって来たお客様には【何か買っていくかい?】って聞く。

そうすると客の前には購入画面と宣伝が出る。


────────

【塩焼き猪肉】782G

塩って言うか塩そっくりなポーションに漬けた猪さんのお肉。

余った骨を尖らして刺してあるため持ちやすいし、焼いてあるからすぐ食べられるよー。 

後は傷をちょっと回復してくれるって言う効果付き!やったね!

────────


そうそうこれこれ私が書いた。

【何か買っていくかい?】の能力で使うとオーダーきたら反射的に私の身体が動いてすぐに商品渡したりお金受け取ったりできるみたいだ。

お釣りの計算とかそう言うのも勝手に【両替え】とかの私のスキル自動で使って【何か買っていくかい?】がやってくれるね。

スムーズだねー。便利だねー。


てことでまあそうやって売ってるんだけれど…。

「売れねえええええええ!!」

「え!?お姉ちゃん急にどうしたの!?」

叫ばないとこんなんやってられないよ!!


「まあまあ、落ち着きなよお姉ちゃん。ちょっとずつ売れてるじゃん?」

「ちょっとずつって!1個じゃん!しかも2、3時間かけて!!もうこれポーションそのまま売ったほうがいいんじゃないの!?」

「無理だよ!都市ルースーはポーションの名産地なんだ!こんな低級品買ってくれるもんか!」

「まじかよ!!(驚愕)じゃあ猪のツノと魔石を売るのは!?」

「無理だよ!換金できるところは都市の中だもん!」

「まじかよ!!(絶望)」

こんだけ売れてなきゃ、皆さんイライラしてきません?


イライラといえばあーそうだ。

なんか前もあったな!経営論かなんか教わったわ!あれはイライラした!

まともに聞いちゃいなかったよ!ひたすら暗記するだけだもん!私そういうの嫌なんだよ!詰め込み教育反対!

今思えば真面目に聞いとけば…いやあれあんま役に立たなかった気がするな。

そもそも地球にいた時の記憶なんて曖昧だし。この記憶も今思い出したし。


だから詳しい所もまるで覚えてないしー…てか私なんで経営論なんか学ばされてたんだっけ。

あぁ…ちょっとだけ思い出したぞ…父ちゃんだ。元凶。

父ちゃんって会社のアレをアレする役割だったらしい。

詳しいことは知らん。思い出せん。

仲は良くなかったもんでね。


「はぁ…こんな問題も解決出来ないのかね…。基礎の時点で躓いているとは。」

そう、こんな感じ。すっとこの調子なんだ。

「お、お姉ちゃん?急にどうしちゃったの!?」

「父ちゃ…じゃなかった昔色々教えてくれたおじさんの真似。」

ほら記憶をなぞっていくとドミノみたいに何か思い出せるかもしれないし…。

「そんな人いたんだ。僕も実は会ったことあったり?」

弟くんのその声を無視し、私は続ける。

「需要だ。人々の需要を把握しないで何が商売だ。地図を見ろ地図を…。」

「需要…。」

「よく見ろ。ダンジョンに通じる道は二本、ここは人気すぎるが故に混乱を避けるために一方通行、こっちは入り口。ダンジョンにステーキ持ち込むやつがどこにいる?」

ラスボス戦でラーメン食べて回復とか、ゲームでならやった事あるけど。

「そうかもしれないけど…なんか嫌味ったらしいな。」

弟くんもそう思うだろ?これだから嫌だったんだよ。

「出口なら希望はある。探索に疲れて帰ってきた奴ら。そいつを狙え…ってね。」

まあ私が演じてる父ちゃんだから、実質私のアイデアだ。





そうして私達は帰りの冒険者が多い道にやってまいりました。

さっきとは違ってこっちには串カツだの小さな居酒屋っぽい店だの、色々とが並んでいる。

「…こっちは僕達のみたいなお店が多いね。」

「みんな考えることは同じかー。客の取り合いだよこりゃ。」

まあ考えてみればそりゃそうだよな。

買う人が多い場所には自然と似た店が集まる。


「取り合い…大丈夫なのお姉ちゃん?」

うーん…どうしよ。

結構思い出してきたぞ。

似た様なものが乱立する時にすべきことは他の商品との差別化だ。

ちょっと考えて思いだしたブランドだ。人々はブランドに安心感を感じ、自然とそっちを買う…らしい。

…らしいんだが、この肉一枚でブランドは…ムリだろ。


そういえば父ちゃんだって言ってたよな。

正解なんてないし、自分流を見出すことにこそ意義がある…って。

じゃあ比較的好きにやってみよう。

私は比較的利己的なやつだ。自分が生き残れればそれで良い。ただし生き残るためなら全力を出す。

ここは手段を選んではいられない!


「ふっふっふ…大丈夫だ策はある!」

私は魔導袋から猪さんのモツ肉を取り出す。

「どうするの…それ使うの?」

「ゴリ押しだ。ゴリ押しでここに存在する食事系の需要を全て肉系のものにするぞ。」

「ゴリ押し…。」

「弟よ。もう一度地図を見せてくれ…そう、ここここ。」

洞窟内の様子が、大雑把ではあるが書かれている。その中の一箇所を私は指差す。

洞窟の奥の方から一本まっすぐ、子供一人がやっと通れるかと言った大きさの穴が開いている。

「えっと、風の街道。ああこれは洞窟最奥部直結の空気の通り道になってるみたいだね。多分昔この洞窟にワームみたいなボスが…(中略)逃げ出す時に穴が…(略)」

思ってた数倍情報量の多い解説どうも。

やっぱり名前的に通気口だ。ならばできるぞ…!


穴に向かえば奥から絶えず風の音が聞こえてくる。

ここは入り口からちょっと離れた森の中。誰もいない。

「…こんなところで何するの?」

「まあ見てなって。いくぞいくぞぉ?」


すてっぷ1。周辺の野草を鑑定する。

野草…ハーブ…なんか香り付けになりそうなやつ…ほらあった。

「お姉ちゃんそれ毒!苦いし青臭いし食べられないよ!?」

「大丈夫だいじょーぶ。どんとうぉーりぃ。」


すてっぷ2。火を起こして全部ぶち込む。

こいつのモツ肉はあんま美味しくないけれど、匂いだけは一丁前に良いらしい。

さらにもうひとつ。

それにダメ押しのハーブを入れて香りを強める…完成!

「できたぞー!味と食べられるかを捨てることで、究極の素晴らしいスメルを手に入れたお肉だー!!」

「いや食べられないじゃん。致命的じゃん。」

「ふっふっふっふっふ…問題ないぞ使うのは…これだ!」


すてっぷ3。私は肉を掴み、通気口の入り口に設置する。

取り出したのは加工魔石、旋風石!猪さんの腹の中にあった。

私が魔力を流すと風が巻き起こり、洞窟の最奥部へとお肉の匂いを運ぶ。


小さめな洞窟だ。隅々まで匂いが行き届いたはずさ。

ついでに追加の空気で匂いが薄まらないように蓋とかしちゃーう。

「匂いは人間の食欲を引き出すんだ。奴らじきに肉を求めてわんさか出てくるぜ…フフフ…。」

「お姉ちゃんがなんか怖いよ…。割と危ないことしてるんじゃ…?」

「緊急事態だぞ。金を集めるには手段選んでちゃいられないさ。」

そういえば父ちゃんもこんなこと言ってた気がする。

父ちゃん嫌いだった理由の一つなんだけど…今は私だって同じことしてるし許してやらあ。

急いで店の方も準備しなきゃなってことでテントへ戻る。


「さあて出てくるぞ…?フッフッフッ肉を求めた目をしてやがる…。」

「なにそれ。テンション壊れた?」

弟くんの冷静なツッコミを無視して、洞窟から出てくる人に聞き耳を立ててみる。

「疲れたー!なんだか息苦しかったっすね先輩!」

「そうだな…おいロイク!なんか食って帰るか!」

「そっすね先輩!俺肉が良いっす!」

はいキターーーーーー!!!

「そうだな。じゃあ肉なら…」

よしここだ。ここで声をかける!


「こんにちはー!!丁度よかったです!!たった今素晴らしいお肉g…」

「お肉ならレイニー商会っすよね!行きましょ!」

「安定だよな〜。」

ストオオオオオオップ!!!てったああああああああい!!!

肉を求めた目をした連中が次々と入っていく。

…隣の店へ。


ちょっと待って滅茶苦茶恥ずかし!!

なんかそのまま走って誤魔化したけど多分なんやあいつって思われた!!

「アレル!!駄目だこれ駄目だ!!チェーン店だ!!」

「え?チェーン店!?」

ブランドだよブランド!

今の私にそんなんムリだって諦めたけど、じゃあ異世界人が思いつかないしやってこないなんてそんなこたぁないんだ!

そりゃ客もそっち向かいますわ安心感が違うもん!実績があるもん!


ナメてた…やっぱあと私にできることって…。

はあ…。

本当は、もう一つ、策はある。

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