11話:はじめてのしょうばい(2)
そう、策はあるんだ。
ただ…なんかこれをやるのは…ちょっと…。
「とりあえず…これをこうして…ううむ。」
私はポーションを取り出すと、それを火にかけ、煮詰める。
そして完成品を鑑定して…本当にできちゃったよ。
むしろ失敗しとけばそれで良かったのではとさえ思う。
「どうしたのそれ…あ。それって…。」
博識な弟くんは気付いたようだ。
「そう。カメノシナ。」
…鑑定は使用者が欲する情報に応じて表示するものを変えるという。
もう一度ポーションを鑑定してみると、とあるものが混ぜられていることがわかったんだ。
────────
【カノメシナ】
マーシ半島からオース国北部にかけて広く栽培されている一年草。
薬にすることで鎮痛作用や多幸感などの効果を得られるとされる。
HP回復や治癒力向上などの効果は無いものの強い鎮痛効果と栽培難易度の低さから、低級のポーションに混ぜられることも多い。
副作用として吐き気や依存性があり、生産者はポーションで薄めてから販売することが義務付けられている。
────────
目をつけたのはその依存性。
肉に混ぜれば"確実な"リピーターを得られる。
得られるが…なんかさ、違うじゃん!?
「規制の対象は"カメノシナをそのまま売る"こと。これはただの煮詰めたポーションだから確かに違反じゃない…お姉ちゃん凄いや、よく気づいたね。」
うん…。
そういえば昔、地球にいたことにも似たようなやり方を見たことがある。気がする。
どこでだったか…誰だったか…父ちゃん?いや、それはない。
とにかく彼らの商品はいわゆる麻薬で…
「いや違う!断じて違う。そうだよ、合法なんだよ。問題なんか無いんだよ!」
そうだ、あんなんと一緒にされてたまるか。
ほら、ポーションだよ医療用なんだよ!治療のために麻薬を使うことだってあるんだ…ね?
…駄目だ。そんな理論通らない。なんで通らないか?私が許せないからだね。
うぅ…。
そもそも私は利己的である。そうでありたい。
他者がどうなろうが最後には自分、私が生き残ることを選ぶ。それで良いと思う。
だって最後に自分を守れるのは自分だけ…でしょ?
だから誰がなんと言おうが、私は正しい。
…ここまでだったら、もうちょっと気楽にやってけたんだと思う。
誰がなんと言おうが、私が正しいと思っているならノーダメージだ。
私独自の良心基準に反することは、どう擁護されようと苦しくなる。
精神的なダメージを受ける。
しかもその精神ダメージ、どういう訳かクソでかい。
何が言いたいかって?
私は思ったより道徳的かもしれないってことさ。
それは別に良いことなのかもしれない。でもダメージは自分を守るという観点において非常にまずい。特にそれをやらざるおえない状況は。
通気口から肉を放り込む作戦はセーフ。理論を組み立てて正当化してきた。
でも今回はそれができなかった。例えこの国では合法でも、私の心に反しちゃあ意味ないだろ!!
「お姉ちゃん…確かに100%良いことなんかじゃないよ。でもお金を集めるには手段選んでちゃいられないって…お姉ちゃんが言っていたんじゃん。やるしか無い時って…あるんじゃないの?」
「そう…かもしれないけどさ。」
あれは父ちゃんの言葉の受け売りなんだ…そしてそれには続きがあるんだ…。
(ただ自分の信念を無視するというか、自分を偽ってまで手段を講じるのは良くないな。後でしっぺ返しを受ける…なんて事を言うつもりはないが、少なくとも気分は悪いだろ?)
当時の私には何言ってるのか分からなかった。正直今の私でもわかってないかもしれない。
ただ、少なくとも私の覚えている父ちゃんは信念を貫き通していた。やむおえずという時でも、自分だけは裏切らなかった。
はぁ…。
負けたなー完全に。
うん、そうだよ。
父ちゃん、凄いんだよ。会社のアレをアレしてたんだよ。勝てるわけないじゃん。
父ちゃんに敵わないからこそ、私は私が嫌いになるから、父ちゃんを嫌うことにしたんだ。
あーあ。
あーーーあ。
よし。
目を閉じ、一度深呼吸をして目を開ける。
落ち着いた。始めよう。
「やるからには徹底的にやる…しかないよね。」
◇
『…うん…うん。僕は準備できたよ。』
『オッケー。じゃあ初めて。』
私と弟くんは現在、思考共有で会話している。
『了解。』
程なくして"注文"の2文字が脳裏に浮かぶ。
これは思考共有じゃない。【何か買っていくかい?】だ。
ってことで…。
「あぁっ!!唐突に下から吹き込むような物凄い風がっ!!」
旋風石、最大出力。
風にさらされた隣のテントは大きく捲れ上がり、奥に潜む弟くんの…注文者の姿がチラリと見える。
よしじゃあ…出発!!
何か買っていくかい?の効果に、配送というものがある。
これはサリアさんも気づいてなかった隠し効果で、鑑定さんが教えてくれた。
自身の持ってる全力を尽くして、理論値最速を叩き出しながら商品を届けることができる。
私は旋風石が作動している間、一瞬捲れ上がったテントの布をスライディングで突破し、内部を駆け抜けて弟くんのところ…ライバルのテントの中に辿り着く。
「凄い…お姉ちゃんに」
「とーちゃく…っと。今ならまだ向こうも混乱してるはず。今のうちにやっちゃおう。」
そう言いながら私は"商品"…カメノシナ抽出液を弟くんに手渡す。
私も私のぶんの小瓶を取り出し…厨房の鉄板で並べて調理されているステーキにかける!
全部!満遍なく!いやぁ凄い数量産されてるなぁ!
「OKこっちは全部かけた。」
「こんなもんか。よし戻ろう。」
次にやるべきことは待つことだ。
隣に並ぶ列が無くなり、カメノシナ肉が満遍なく行き渡るのを待つ。
そして皆んなが肉の素晴らしさに取り憑かれ、もう一度隣に並ぶのを待つ。
そして…
「おいどうなってる!さっきと味が違うじゃないか味が!調理法を変えやがったな!?」
「い、いえ、我々は何も変えては…」
「じゃあ不良品だ!商会め調子に乗りやがって、肉の管理もちゃんとしてないんじゃその辺の胡散臭い店と一緒じゃないか!!」
クレーマー登場。こんだけ大人数が列をなして密集してるんだ、噂は一瞬で広がっていく。
が、ここでも待つ。不満が溜まらないと動いても意味がないからねー。
そして満を持して登場!大声で、怒鳴らず、正確に伝わるように。
「どーも、その辺の胡散臭い店です。つかぬ事をお聞きしますが、貴方達の求めるお肉とはこれでは?いえいえそんな事言わずに食べてみましょうよ。きっと分かってくれるはずですほらほら。」
半ば強引に先頭の数名の口に肉を突っ込む。
彼らが肉の素晴らしさを享受している間に、私は一段高い目立つ場所へ移動する。
「これだ!!」
「この味!この香り!間違いない!!」
「柔らかくて肉汁が溢れる…肉の本来の味を決して忘れる事なく、独自の風味を加えているんだ。肉を理解して、その時の環境も考慮しなければ、決して作れる代物では無いだろう。」
ただのカメノシナなのに、何言ってんだか。まあ今それを利用してるのは私なんだけどさ。
ダメ押しに旋風石で香り…だけでなく霧吹き状の液をばら撒く。
「そんな素晴らしい肉を売っているのはこっちのテント!さぁさぁ早いもの勝ち…いや在庫も少ないしオークション!800Gからスタート!!」
◇
「凄い!!合計30000G!!あの肉がこんな大金になるなんて思いもしなかったよ!!」
そろそろ日が暮れようとしている。夕日と雲が地平線で重なる。
私達はテントをたたみ、後片付けをしてからさっきの通気口のところまで来ていた。
売り上げをそれぞれが【貯金】する。しばらくの活動資金にはなりそうだ。
「そうだね…。」
「あれ、お姉ちゃんどうしたの?」
「いや何、ちょっと疲れたな…って。」
主に精神的に。
「そう…でも結構楽しそうだったじゃん。」
「楽しい…まあそうかもしれないね、だけどもうちょっと…できるなら良い物を小細工なしで売りたかったな…。」
良い物ってなんなんだってのはあるけどね。
他社からのイメージなんか、宣伝でどうとでもなるんだ。それもできてるか怪しいけど。
あーあ。
もうこんなマイナス思考はあの時やめることにしたんだけどな…切り替えないと。
「なんかお姉ちゃんのこんな姿初めて見たよ…。もっと何も考えてないんだと思ってた。まるで別人みたい…」
「ひどいな。私だって一丁前に物を考えることだってあるよ。」
まあ実際中身は別人なんだけどさ。
弟くんにそれを宣言するだけの勇気と度胸は…無い。
「…ってちょっと待って!?」
突然、弟くんが慌てた様子で大声を出す。
「え何!?」
突然でびっくりするよ!なんだよ!
「ルースーの門が閉まるのいつだっけ!」
あ、アルアドでは日暮と同時に門が閉まってた…。
「もう日が沈んじゃってるよ!最悪街に入れない!!」
「え、じゃあ私達野宿…」
「それはマズいよ!!まだ間に合うかもだから急ごう!!」
弟くんが駆け出す。えちょっとまって…!
〜あとがき〜
マーシ半島ってのは地球上でいうマレーシアです。
つまりカメノシナの栽培場所はインドネシアあたりってこと。
低級ポーションは傷の回復速度が遅いものの、カメノシナの効果は即効性があるから、冒険者たちは傷の回復よりも痛みを消すことを優先していることになるっす!
いやー冒険者って…過酷っすね先輩!!
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