22話:『暗黒』黒き漆黒の(以下略)

「待って待って無理無理無理無理やばいやばいやばい!!」

「お姉ちゃんがんば!」

「そんなあああああ!!」

私は今、大扉の目の前に立っている。

ナイトメア・ビームとやらはおそらくボス部屋を内側から破壊できるレベルの威力を誇る。

そのため囮である私に向けてビームを撃ってもらい、後のドアを破壊するって作戦だ。

回避はあらかじめ万能ナイフのフックショットを天井に打ち込んでおいたから、ギリギリでそれを巻き取ることで行う。


(…龍の口が光ったら5秒待って巻き取り!…龍の口が光ったら5秒待って巻き取り!…龍の口が光ったら…)

何度も口の中で繰り返す。だってミスったら死ぬんだよ!?

「はあはあ…もうダメ…サリアさんっ!連れてきたよっ!」

クルメさんがこっちへと走ってきて、岩陰へと身を潜める。

その後ろを追うように龍が姿を現す。

真っ黒で何も見えないが、オーラと威圧感が違う。


私はもう一度大きく深呼吸をする。

そして弓を取り出し、構える。

「こ、こんにちはー…!あ、あなたの相手だったら…わ、私がやってやりますよ…!」

やってやるよ!ああやってやるとも!


私は指を離す。矢は勢いよく放たれる。

まっすぐと飛んでいったそれは、龍のど真ん中に命中する。

[1!]

おいなんだこのダメージ!

が、やつは目の前に立っている貧弱で矮小な存在を、徹底的に潰すと決めたのだろう。

竜が大きく口を開き、そこを中心に魔法陣が展開。光が強くなっていく。

強いエネルギーの圧を感じる。全ての光を吸収するはずの岩が、吸収しきれずに白く輝いている。

空気が震えてるよ!いやまじで!これは死ぬ!

その威圧感に圧倒されながらも、震える手でフックショットを握って数を数える。


(5…)(4…)(3…)(2…)(1…)(今!)

「いくぞおおおおおおおおお!!」

紐が勢いよく巻き取られ、私の体が宙に浮く。

直後、私の足元を私には当たらなかったビームが通過…しなかった。

私達は一つ、大きな誤算をしていた。


この作戦では龍がエネルギーを貯め終わる瞬間、もう龍が狙いを修正できないタイミングで回避する必要がある。

待つのはさっきのを計測して5秒間。だがいつも5秒と決めたのは誰だ?

龍は限界を超えて溜め切ったエネルギーで私を消し飛ばそうとしていた。

つまり予備動作は一瞬長かったんだ!

その一瞬で龍は狙いを修正し、天井へ張り付く私へと頭を向けてきやがった!!

『もう一回避けて!!早く!!いそいでええ!!』

弟くんの悲痛とも取れる思考共有が、頭の中でガンガンと響く。

言われなくてもわかってる!!ヤバい!!


私は無我夢中でフックショットをどこかへ放ち、即座に巻き取る。

次の瞬間、天井にビームが直撃する。

私の背中を少しかすり、髪の毛とルイサさんのポーションで増えたHPを消し飛ばしながら。

痛ってええええええ!!!!

掠っただけでこのダメージってなんなの!?

っていうかHP増えてなかったら即死だったじゃん!!ありがとうルイサさん!!

さっきまで私のいた天井を見ると、大穴が空いて空まで見えている。頭おかしい威力…。


と、唐突に龍の足元に巨大な魔法陣が展開され、それと同時に龍が羽を激しく動かし始める。

(そうだ、龍ってのは鳥よりも巨大で重いから、羽だけじゃ飛べないんだよ。だからほとんど魔法で浮遊してて…)

いつだったか弟くんが言っていた雑学が頭の中で再現される…あの穴から飛び去ろうとしているのか。

逃げちゃうのかー。でもこれ以上戦わないで済むからラッキーだねー。


…なんて呑気してた私を殴りたい。

もう少し早く確認しようと、なぜ思わなかった。

『お姉ちゃん手を離して!早く!』

弟くんの警告が、再び頭の中で響き渡る。

そしてやっと先端がどこに刺さっているのかを確認した時には、全てが遅かった。

あー…龍の鱗ですね…刺さってるのは…。

おまけにフックショットの紐は私の腕に手を離させまいと言わんばかりに絡みついている。間に合わない!

龍が飛び立つと同時に私も引っ張られて宙に浮く。

紐が腕に食い込む!!痛い!!


『お姉ちゃん!!こうなったら絶対に…』

絶対に…何?突然弟くんの思考共有が聞こえなくなる。

ああわかった、思考共有が切れたんだ。確かある程度の距離までしか使えないんだっけ。

多分あの一瞬で数十メートルくらい離れたんだろうねー。だから今の高度は…ひゃ!

目を開けると、雲が下の方に見える。

おいこれ最低でも高度2000mはあるぞ!

「すぅー…。」

大きく深呼吸したところで空気が薄くなっていることに気づく。息苦しい。

あのー龍さん、もう少し高度を落としてもらえれば…。


途端に龍が一気に降下を開始する。口を大きく開き、身体がぼんやりと光る。

ちょっとまって !私の思いが通じた…わけじゃないし…あ!

理由はすぐわかった。龍が降下するその先、そこには都市ルースーがあった。

こいつ都市を直接攻撃する気だ!民間人なんか私よりレベル低い人もいるのに!

「止まれ!止まってよ!ねえ!」

私がいくら必死に妨害しても、何の効果もあったもんじゃない!だめだ終わった!

黒炎が勢いよく吐かれ、そして…何かに阻まれ、防がれた。

「え…?」

危険を察知したか、龍は飛び上がって距離を取る。





視点:エミリ・ルースー


「隊長。都市防衛シールドの展開、完了しました。」

「鑑定による識別を完了。【『暗黒』黒き漆黒のダークブラックドラゴン〜黒龍の姿〜】…です。」

「一般市民は避難を開始。中隊の再編と壁上への展開も完了済みです。」

3人の中隊長が順番に報告するのを聞き、私は次の指示を出す。

私はエミリ・ルースー。この都市にある2つの大隊うちの1つ、第二大隊623人を率いる大隊長だ。


「アヌークは引き続きシールドの維持。カルビンは飛行場にて待機。それからパオラ。お前の隊は私が自ら指揮を取る。行くぞ。」

今回の襲撃者は龍。その為対空能力を持たない歩兵や軽騎兵は全て都市を丸ごと覆うシールドへ魔力供給を行なっている。

大隊の半分を割かないとまともに動かないシールドにうんざりしながらも、私はパオラと共に壁上へと向かい、兵達に呼びかける。


「エミリだ。これよりパオラ中隊は私が直接指揮する。弓兵は直ちに連続攻撃開始、魔術兵は魔弾による一斉攻撃を行う。長杖構え!詠唱開始!」

すぐさま大量の矢が空中の龍目掛けて放たれる。

しかし、龍は急上昇しこれを回避、続く矢は黒炎で焼き払う。

更に複雑な軌道で飛行して回避し続ける。

「あの黒い姿…距離が掴みにくい上に弱点が判別できませんね。」

パオラの言う通り、シルエットが空を飛んでいるようなものだ。弓兵が全く当てられないのも頷ける。

「そうだな。まずは面で攻撃し、攻撃を当てることを優先しよう。」

「そうですね。詠唱が完了したようです。」


私は龍が近づいてくるのを待ち、手を挙げる。

龍は何かを察知したのか、黒色の霧を放出して身を隠す。

「隠れても無駄だ!拡散魔弾攻撃…撃て!!」

魔術兵の構える長杖、その先端から魔弾が一斉に放たれる。

龍は回避しようと羽を動かすが、これは拡散攻撃。つまりあえて狙わずに魔弾をばら撒いている。つまり幾つかを避けても…

「命中を確認!魔弾命中3、総ダメージ168!」

単眼鏡を覗く偵察鑑定兵から、報告が入る。

「よし。しかしなかなか硬いようだな…。」

「近距離からの攻撃が好ましいかもしれませんね。カルビン中隊の竜騎兵を出撃させますか?」

竜騎兵は龍より小型の竜に乗り、空を飛ぶことが出来る兵科である。

シールドの外に出る必要があるが、同じく空を飛ぶ龍に近づくことが出来る。


「そうだな。その方が…ん?おいお前!その単眼鏡を貸せ!」

近くにいた偵察鑑定兵から受け取った単眼鏡を覗く…やはりだ。

「どうなさいました?」

「よく見ろ。龍の上に誰か乗っている。おそらく何らかの要因で民間人が巻き込まれたんだ。」

彼女は龍の背に乗り、必死に捕まっているようだ。

下からの攻撃ならまだしも、竜騎兵による上からの攻撃だと彼女に流れ弾が当たる可能性がある。

「なるほど。しかし彼女が龍を使役し、都市を攻撃している可能性もあります。だとすれば彼女を排除することで、簡単に龍を無力できるのでは?」

「我々の指名は民間人を守る事だ!仮に彼女が敵でなかったら…」


そこまで言ったところで、私は強い光を感じる。

「全員伏せろ!来るぞ!」

今までの経験と直感から分かる。あれは奴の必殺技だ。

次の瞬間、奴の口より、強力で極太なビームが放たれた。

ビームはシールドへと直撃し、シールドが今までに聞いたこともない音を立てて軋む。

そしてシールド全体にヒビが入り、一気に崩壊する。

魔力の結晶であるシールドの破片が、都市に落下する。

「そんな、一撃で…。」

「シールドの再展開には15分程かかる!攻撃の手を緩めるな!」


私は兵達にそう言うが、都市の防衛訓練はシールドの存在を前提としてきた。

打てる手は少ない。

「うわああああ!!」

龍の口より黒い炎が放たれ、都市に火をつける。

「消火だ!消火を優先しろ!」

魔術兵達が詠唱を中断し、水系魔法に切り替える。

「大隊長!飛行場が攻撃されれば、竜騎兵は地上では無力です!ご決断を!」


…仕方ない。不本意だが龍の上に乗る少女を排除する可能性に欠けた方が良さそうだ。

人間一人の命は一国より重い…と言ったのは誰だったか。

だが、その天秤の反対側に乗っているのが確実に無実の市民数千人ならどうだ?

「…。直ちに伝令を…」

その時だった。


「待ってください!!」

後ろから、聞き覚えのない声をかけられる。

「何者だ!ここに民間人は入れないはず…お前は!」

後にいた侵入者を見て、剣を抜こうとした私の手が止まる。

そうか、来てくれたのか。

「…攻撃中止だ。私は少し彼女らと話をする。」



〜あとがき〜

軍について

地方領地であるルースーは、平時における兵士の数は1200人程です

大隊:600〜800人。2つ存在し、都市部防衛と農村部見回りを交互に担当する。

中隊:200人。中隊長のみ固定で、作戦に応じてメンバーが変わる。

小隊:40人。これくらいの人数なら全員を把握して管理できるらしい。

分隊:1〜10人。分隊(ぼっち)なんてこともある。

階級については、少尉や大佐などと言った概念はなく、領主一族が大隊長を、その側近や副官が中隊長を。小隊長以下はその場に応じてノリで決まります。

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