13話:「姉弟」の誕生日

「…よし。やっぱり聞こう。」

弟くんの独り言が聞こえる。

落ち着いたところで弟くんがまた、聞いてきた。


「右手で書いてたよね。明らかに。」

「…。」

さて、…どうするか。…どうする!?

「何でさ、鑑定を知ってたの?」

「えっと…。」

打ち明けるべきか?いやしかし…。

「あと、お姉ちゃんの思考が聞こえてた時に、弟"くん"って…。ねえ"くん"って何?何なの!?」

「それは…。」


別に打ち明けて良いのかもしれない。実際私もそんな気もしてる。

だけどあれだ。もう引き返せないんだ。

ここまで私はずっと、弟くんを騙してきたことになる。

そしてサリアさんの記憶を覗くに弟くんは本当にお姉ちゃんのことが好きらしい。

私じゃない。"お姉ちゃん"を。

別に序盤にサラッと言っておいたなら、ここまで拗れはしなかった…のかもしれない。

だけどもう無理だ。お姉ちゃんどうしたら良いのかわからなくなっちゃったんだよ!


「何だかよくわかんないんだけど、すっごく不安なんだ。ねえ、お姉ちゃんなんだよね!ねえ!」

事実を言ったら弟くんは私を憎むだろうか。

そうなるよりは隠し通したりした方が…いやでもここまできたら…。

「あ、あの…えええっと…。」


『隠し事は良くないよ?まずは落ち着くことが重要さ。』

「!!」

「!?」

あまりにも唐突だった。脳内に声が響く。

私は咄嗟に服の内ポケットに手を伸ばしていた…でも、何で?

そうか、私は対象に敵意、或いは恐怖を向けているんだ。

それは消えてしまった私の記憶故か?それとも生物としての本能か?

目の前から放たれる圧倒的存在感。そんなのに会ったことがあるわけが無いのに脳が強制的に理解する…神だ。

宿屋の主人が、その皮を被った何かが、ニヤニヤ笑いながら立っていた。


「…か、神…ほ、本当にいるとは…お、思わなかったよ。」

転生してから度々、私は神に会うことを望んできた。

転生者なんだからチート能力よこせー!ってね。訂正するよ。

"本物"だ。"本物"がくるのは聞いてない。

私は私が、弟くんの前に立ち塞がるように移動していることに気づいた。

同時に、足の震えでこれ以上動けないことも。

これはだめだ。すっげぇ怖い。


『ボクの会話がバレない所で話したかったんだ。だから南門の時とかはボクの権限で時空を…あぁそんなに怯えないでよ。僕はゆ、う、こ、う、て、き。キミの味方だ。』

「…。」

弟くんは立ち上がり、私の横に移動する。

突然の出来事に、逆にちょっと冷静になったようだ。

『あー、そっかそっかこの威圧感がいけないね。さて、自己紹介をしよう。ボクの名前は…あーいや、名前はあんま重要じゃないな。とにかく、ボクは神様。この世界を管理しているんだ☆』


対象から放たれる威圧感オーラが薄まり、私はそっと息をつく。

しているんだ☆じゃなくてさ。

「待って、管理?」

「異世界?何だよそれ!」

弟くんが珍しく、敵対的に声を荒立てる。

ああそっか、元々この世界にいる弟くんは異世界って概念を知らないのか。

『落ち着いて、静かにして。黙れ。うんよし、さて八百万の神って知ってる?この世における色んな物品や現象、それから概念にもそれぞれ神が宿っている。ボクは「異世界」という「概念」の神さ。ファンタジーにSF、パラレルワールドから古くは単に理解し難い他文化まで。人々が生み出した異世界という概念を象徴し、司るのがこのボク…異世界モノって概念を持たないアレル君には分かりずらいかな?』

いや、ラノベ知ってる私でも理解できてないんですけど…。


今理解できたことなんて、一人称がボクの神様も確かにラノベーで見た事あるなってくらいだぞ?

八百万やおよろず。なにせ神様ってのは概念の数だけいるんだから、パラレルワールドみたいにいっぱいいるんだ。そして無限に生まれてくる世界を"上"から観測していた無限のボク達は、世界を管理する事にしたんだ。ここはボクの世界。』

神様が私に向かって手を振る。

同時に私の視界内にウインドウが開く。


────────

【パラレルワールド】

例えば家を出て右に行くか左に行くか。

感情を持つものが意思による選択をした時、例えば左へ行った世界と右へ行った世界の2つの異なる世界が誕生する。

このようにこの世には、無限の可能性の世界が並行して存在しているのである。

────────

【類似世界同化の法則】

パラレルワールドはどんな些細な選択でも発生する。

しかし、それによって生まれた類似した複数の世界は、同じ方向に運命が働くことでやがて同じ結末を迎え、違いがなくなって同化する。

ある神はそれ故世界は全て同じで、選択に意味はないと説く。

────────


『ま、別にキミらは理解する必要なんかないけどね。ボク、異世界を司る神なだけあって楽しいことが好きなんだ!だからボクの世界はちょっとカスタマイズしてゲーム的なステータスを世界に組み込んだ。魔法もそう!神の術である魔法を下位存在キミたちが使うと代償を伴うけど…それもMPって事にすれば楽しいでしょ?』

MP…魔力とはこの世界の「流れ」そのものであり、操作することは代償を伴う。

これはその代償に耐えられる限界を数値化したものである…だっけ?


『あぁ、そろそろ本題に戻らないとね。ってことで質疑応答ターイム!実際ボクはそのために来たからね…喋っていいよ?』

その言葉を待っていたかと、弟くんは私を指差し質問する。

「結局この人…彼女には何が起こってるの?」

『うーん…単刀直入に言っちゃうと、お察しの通り元々のキミのお姉ちゃんの人格は彼女の中に残ってない。なんでこんな事が起きたのかは…ゴメン。正直ボクもあんま分かってないんだ。』

「そんな…。」

弟くんが頭を抱える。

というか神様ですらなぜ私がここにいるのか分からないのかよ!


「じゃ、じゃあ本当のお姉ちゃんを返してよ!何処の馬の骨かも分からない人格なんかに、大事なお姉ちゃんを取られてたまるものか!!」

弟くんが叫ぶ。ひどい言われようだ。

ふざけるな!私だって好きでこんなところに居るわけじゃないのに!

「私にも教えてくれよ!!どうなってるんだよ!!ねえ!!」


私が何を言おうが、神様は表情ひとつ変えない…いや顔は宿屋の主人だけど…。

『まあ待ってよ。まだ話は終わっていないんだ…。まずさ、君のお姉ちゃんの人格はまだ残っている。』

「本当!?」

『一人の肉体に複数の人格があるのはレアケースなんだ。何故なら、外部から他の人格が肉体に入るとその入ってきた力でそのまま元の人格が追い出されるから…ビリヤードみたいだね!例えばこれはボクが主人を乗っ取る時に弾き出された主人の人格だよ。』

神様の掌の上で何かが光っている。魂ってこんなのなんだ。


『じゃあ、お姉ちゃんの人格はどこへ…?ボクが思うにこれは彼女の人格が元々あったところ…つまり地球っていう世界の彼女と入れ替わっているんだ。』

神様は魂をお手玉のように弄び、粘土細工みたいに形を変えて地球を表現する。

『つまりボクが何を言いたいのかっていうとね?アレル君はそうやって考えたり落ち込んだりしてないで、お姉ちゃんを取り戻せば良いと思うんだ。例えどんな結末になっても、そっちの方が人生楽しいよ?』

こいつ、神様のボクが人生とか言うなんてヘンかな?なんてコツンと頭を叩いてる。


「なんなんだよそれ…神なんだったら魂戻してよ…お姉ちゃんを返してよ…。」

『納得できない?そっかぁ神も万能じゃないし、ボクアフターサービスは得意じゃないんだよなあ。』

アフターサービス…?

『ボク、出禁になる前は地球を管理する神から転生モノみたいに転生者、転移者を貰ってたからね。なんでって?そりゃ転生者なんて見てて楽しそうじゃん☆公用語も転生者のために頑張って日本語に改変したんだよ?そこのお嬢さんはまぁイレギュラーとはいえ最後の転移者だ。』

転生…転移…他にも私みたいなのがいたのか。

待って出禁てこいつ何言ってんの絶対出禁じゃなかったらすぐ魂戻せてたよね!!

『うーんどうしよ、もう転生とかチート能力とかそういうのはやってないけど、可愛い転移者に何かしらのサポートを…あぁそうだ!君たちの旅に目的をあげよう。姉弟2人で冒険でもして、魔王を目指してよ。丁度魔王ってのは地球の神が作った、今この世界で一番地球に近い存在さ。まぁ後は行けばわかる。お姉ちゃんだって戻せるかも。』


「でもなんでこいつと。もう良いよ、転生者とやらじゃない僕にはわからないよ。」

弟くん。流石にそろそろこいつ呼ばわりやめてもらって良いすか。

ついに部屋出てったし。

『行っちゃった。まだ納得しないか…じゃあまたちょくちょく様子見てあげる。光栄に思ってね。そんで今伝えれる事は伝えたからじゃねばい!』

…。

…消えた。

操縦者の抜けた宿屋の主人の身体が崩れ落ちるように倒れる。

と思ったら忘れ物と言わんばかりに天から魂を放り込まれた。もうちょいしたら起きるんだろう。


…。

あんの胡散臭い邪神何しに来たんだまじで!!

姉弟問題助けに来たみたいな顔して、引っ掻きまわすだけで飽きて帰っただろ!!

はあ。

変だな、私地球での記憶は曖昧だけど、弟なんかいなかったのはわかる。

元々いなかった弟なのに、なんか寂しい。

もういい、私も疲れた。寝る。





その夜、ルースーの宿屋にて。

月明かりのみが照らす暗い部屋、彼女はベッドの上にただ座っていた。

時間は経ち、やがてドアが開く。目を赤くしたアレルが戻ってきた。

『おかえり!いやただいまかな?私戻って来れたよ、アレル?』

「…えっと、あの人より真似るの下手ですよ。お姉ちゃんのこと。」

『もうバレた?いやぁやっぱあの子演じるの上手いよね。ぶっちゃけキミも気づかなかったでしょ?最近まで。』


神の再臨を前にアレルは静かに、しかし怒りを滲ませながら、絞り出すように呟く。

「何が言いたいんですか。お姉ちゃんを戻せないなら、もう何処かへ行ってくれませんか。…魔王の所には、必ず行きますから。器が必要なら、彼女も連れて。」

『お姉ちゃんを失ったらこんなにスれるとは…やっぱりキミには"お姉ちゃん"が必要だね。そして今それは彼女だ。』

「いや、彼女は違いますよ。魂からして違うんでしょう?誰も代わりになんかなれないんだ。」

神は彼女の魂をお手玉のように弄びながら、彼女の声で諭すように言う。

『そうとも言えないんだなー。確かにあの子は別人だ、代わりになんかなれっこない。でも魂は…アレルくんさ、普通体ってのはそれぞれに使い勝手があるんだ。だから別の人格が一朝一夕で動かせるような代物ではない。でも彼女は完全に動かせてるし、性格面の違和感もほとんどない。これは偶然で片付けて良いものなのかな?"魂が同質の存在"…こんなこと言っても、わからないか。』

「…。」


『さて、"何が言いたいか"だっけ?ボクが納得して欲しいって言ってたのはどちらかというと彼女の方だ。ボクは善神・・だからね。可愛い転生者には慈愛とサポートを与えないと☆』

神は魂をクルクルと回し、何かを考え込んでしまったアレルに対して言葉を続ける。

『でもボクがいて回るんじゃどうも上手くいかない。だから協力して欲しいんだ。』

「…協力?」

『そう、キミがお姉ちゃんを求めるように、彼女も弟くんを求めてる。本当の彼女に弟なんかいないけどね☆そういう魂だから。』

「…。」


なおも黙り込んでしまったアレルに対し、神は彼女の声で畳み掛ける。

『実際彼女も可哀想な子だよ。今ここにいて記憶も消えたのは良かったのか…わからないけど。』

『そんなにムリそうなら解決するまで魂の姿でいてもらおうかな。善神のボクが直々に出向くのも悪くない。思ったより結構この身体良いんだよ?』

『ねーえアレル?どうするの決・め・て・よ☆?』


「その声で変な事言うのやめてください!それとなんか…いいですよ。複雑な気持ちだけど、彼女も"お姉ちゃん"なんですね。」

『そう深く考えないでね、姉が増えたとでも思えばいい。さて、ボクはそろそろ行こうかな。』

神はどこか名残惜しそうに身体を動かし、伸びをしてベッドに倒れ込む。


やがて寝息が聞こえてきたところで、アレルはぽつりとつぶやいた。

「…さっきはごめん、よろしくね。お姉ちゃん。」

「こっちも嘘ついてごめん、よろしく。アレル。」

「もう帰ってくださいよ!その声で変な事…ん。」

既に神は帰っていた。あの隠しきれてなかったオーラも消えている。

姉もやっぱりとっくに寝ていた。アレルは自分も休む事にした。


これで仲良し姉弟誕生?実態は奇妙だけどね。

ま、これこそボクがやりたかった"アフターサービス"だ。

今後も見ていてあげよう。光栄なことなんだよ?ボクのお気に入り。





翌日。

「あ、おはよう!下で朝ごはんできたってさ。僕先行ってるね。」

「…おはよ。」


私が起きると弟くんは着替えを済ませていて、一階へ降りていった。

あいつ…落ち着いてるな。昨日のこと覚えているのか?と心配になるくらいには。

まあいいか。朝食でも食べよってことで着替えて一階へ向かう。

この服着替えるの難しいくせに、すっごい動きやすい。

結構な量の魔石だの何だのが付いてるのにね。何なら速度上がる。不思議。


1階へ降りると弟くんがパンを食べていて、その横で主人さんがパンを運んでいる。

「おはよーございまーす。」

「ああサリアちゃん!おはよ。ちょっと座って待ってて。」

名前覚えられてるー!私は弟のすぐ向かいにすわる。

てか弟くんパンだけ食べてて後は待っててくれたのか。


…ありがと。


待っているとすぐにおばさんが料理の乗ったお盆を運んで来る。

2個同時に。片手で。すげえ。

「おー、美味しそうだねお姉ちゃん?」

「そーだね。」

香りで分かる。良いやつや、これ。


「サラダと、こっちは鳥肉をバターで焼いたやつ。スープは、ウチの裏で育てた芋さ。」

「おー。」

主人が1つ1つ説明してくれる。にしても全部凄いね。


「で、後はこれがルイサちゃんのとこから買ってきたパン…えーっとバゲットと、チーズのパンか。パンだけは朝1で買いに行っててね、ルイサちゃんとこみたいな立派なかまどうちには無いんだもの。」

「ほー。」

確かにパンって大変そうだよね。欧米人はなんでこんなのを主食にしたんだ。

とにかくこんな事考えている暇はない。すぐにでも食べ出そう。


「えーっと、いただきます。っと。」

まずはスープから。

…あー、ポタージュだね。これは。

どうやって作ってるか全くわからないけれど、上の部分が柔らかい泡のような食感がする。スープなのに。

で、下の方がドロっとしていてそこに味が詰め込まれている。

美味しいです。うん。つまるところ美味しいです。


そして次にいただくのがぁー?鶏肉のバッター焼きさあん!

前々からバター焼きは好きだったわけですが、今回鳥ですよ?ちなみに鶏じゃない見た目してますけれどねー。

折角だからこの鳥肉も鑑定してみましょうかー。


────────

【調理されたドッチョポの肉】

────────

【ドッチョボ】Eランクモンスター

世界中の草原に生息する、小型の鳥の魔物。

足が遅く、跳ぶ能力もあまりない。

あまり好戦的ではないが、たまに馬車に乗ってない旅人を襲ったりする。大体そういう旅人って強いのに。

個体数が割と多く、まるまるとしているためその肉は一般家庭の食事となる。

────────


単純にいうと、弱くて美味しい鳥ってことね。魔物肉ってのがまたイイよね。なんかすごい、ワクワクする。

さーてじゃあ、食べていくか!


かけられているバターのソースは安定の美味しさなのだが、添えられているちょっと加熱したっぽい葉野菜がこれまたソースの美味しさに食感を付け足してますねー。

で、肝心のお肉が…ほーん。

鴨だな。昔どっかで食ったぞ。

外の端っこのところは鴨とはまた違う脂身になってて、そこにソースが入り込んでいまあす!

お肉のこの繊維が口の中でほぐれる感じと、脂身特有のソースが染み込んだブヨブヨが合わさって…!


食レポだったらここで気の利いた決め台詞でもいうのかもしれないが、正直語彙力は粉砕されてて何も言えねえわ。だけど最後の力を振り絞って美味いとだけ言おうではないか!

シャッキシャキのサラダくんも!玉ねぎっぽいドレッシングも!好き!このドレッシングだけで感じる爽快感よ!

ふう。

さて、落ち着いた。

今までずーっと褒めて来たこのお食事ですが、締めを飾るのはこのパンの皆様です。

パンより先にメインを食べて来たけど、まあとにかくこいつは締めです。

さて、この先にどんな世界が待っているのでしょう?

じゃあ…いただきまーあす!


「あ。」

ちょっと待って。

これはまずい。格が違いすぎる。

これが、堕ちるって奴だろうか。私は今、それを体感した。


「あれ?おねーちゃんどーかした?」


もはや何も外の声が入ってこない。

薬物まがいのものをお肉にぶち込んで売っていた私がひどく小さく感じる。

これは"本当に良いもの"だ。そしてそれを小細工なしで売っている人間がいる。

こんな早く出会えるなんて、思いもしなかった。

「お姉ちゃん…感動してるの?」

ふと自分が涙を流していることに気づいた。

「ルイサちゃんはね、本人はちょっとアレンジしただけの配給パンとか言ってるけど…彼女は本当の天才だよ。」


この興奮は、結局私の中から抜けることはなかった。

それもこの先の私の人生において、一生だ。

まさかパン1つが人生を狂わすなんて、とつくづく思う。

しかし本当に良いものを小細工なしで売るという事は、あの日心に決めた私の目標であり、理想なのだ。

見つけた。

これの作者に一生ついていきたいと、そう強く思った。





それからしばらくして、私たちは昨日話していたエリウルスに行くことになった。

「うん、じゃあ行こっか。」

弟くんが満足そうにお腹をさすりながら、そう言っている。

「そーだね。」

2階から魔道袋を持ってきて、肩にかける。

そして私達は商人ギルドとやらへ向かった。

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