13話:「姉弟」の誕生日
「…よし。やっぱり聞こう。」
弟くんの独り言が聞こえる。
「ねえ、やっぱり聞きたいんだけどさ。」
落ち着いたところで弟くんがまた、聞いてきた。
「右手で書いてたよね。明らかに。」
「…。」
やべえぞこれ…バレないのに越したことはないと思ってるからな…。
「何でさ、鑑定を知ってたの?」
「えっと…。」
打ち明けるべきか?いやしかし…。
「あと、お姉ちゃんの思考が聞こえてた時に、弟『くん』って…。ねえどうして?」
「それは…。」
そもそも別に打ち明けても良いんじゃないかと皆さんお思いかもしれない。実際私もそんな気もしてる。
だけど事実としてサリアさんの人格は私の中にいないんだ。
だとするとサリアさんの人格は死んじゃったんじゃとまで思う。
別に序盤にサラッと言っておいたなら、ここまで拗れはしなかったのだと思う。
だけど過ごす間弟くんのお姉ちゃんっ子具合を見るに姉の死を伝えたら弟くんがどうなるのかなんとなく分かっちまったんだ。
ちょっとしか一緒に過ごしてないけど、情が湧いてお姉ちゃんどうしたら良いのかわからなくなっちゃったんだよ!
「何だかよくわかんないんだけど、すっごく不安なんだ。ねえ、お姉ちゃんなんだよね!ねえ!」
事実を言ったら弟くんは私を憎むだろうか。
そうなるよりは隠し通したりした方が…いやでもここまできたら…。
「あ、あの…えええっと…。」
『隠し事は良くないよ?まずは落ち着くことが重要さ。』
「「!?」」
唐突に脳内に声が響く。
『会話がバレない所に行ってから話したかったんだ。だから南門の時とかはボクの権限で会話飛ばしちゃってゴメンね…あ、ああコレ?コレは脳内に直接語りかけてるってやつ。この人の声のままだとやっぱ違和感あったからさ。』
声…いや念話?の聞こえる方を見る。
宿屋の主人が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。
「あ、あの…。誰です?」
弟くんが主人に対して質問をする。
突然の出来事に、逆にちょっと冷静になっているようだ。
『そりゃもちろんこの宿の主人…じゃ流石に納得しないよね。ボクの名前は…あーいや、名前はあんま重要じゃないな。とにかく、ボクは神様。異世界を司る神様で、この世界を管理しているよ。』
…神様…?この異世界の神様!?
遅すぎない!?ラノベーだったら最序盤に出てくるやん!!
「異世界?何だよそれ!」
ああ、そっか元々この世界にいる弟くんにとってはここは異世界じゃ無くて現実世界だもんね。
『八百万の神って知ってる?この世における色んな物品や現象、それから概念にもそれぞれ神が宿っている。ボクは「異世界」という「概念」の神さ。ファンタジーにSF、パラレルワールドから古くは単に理解し難い他文化まで。人々が生み出した異世界という概念を象徴し、司るのがこのボク…異世界モノって概念を持たないアレル君には分かりずらいかなぁ?』
「ラノベーとかちゃんと知ってる私でも理解できてないんですけど…。」
今理解できたことなんて、一人称がボクの神様も確かにラノベーで見た事あるなってくらいだぞ!?
『うーん、こんな所で時間をかけたくないし、ざっくり説明すると神様ってのはいっぱいいるんだ。で、同じくいっぱいあるのは無限に生まれているパラレルワールド!こいつをいっぱいいる神様で分担して管理しているんだ。んでこの世界を管理しているのはボク。』
神様が私に向かって手を振る。
あまり理解できずにいる私の前に、追い打ちをかけるようにウインドウが開いてさらなる情報がぶち込まれる…一旦…もう一旦やめてくれ…。
ーーーーーーーー
【パラレルワールド】
例えば家を出て右に行くか左に行くか。
この様な感情を持つものの意思によって決まる複数の選択肢が発生した時例えば左へ行った世界と右へ行った世界の2つの異なる世界が誕生する。
このようにこの世には、無限の可能性の世界が、この世界と並行して存在しているのである。
ーーーーーーーー
【類似世界同化の法則】
パラレルワールドはどんな些細な選択でも発生する。
しかし、それによって生まれた類似した複数の世界は、同じ方向に運命が働くことでやがて同じ結末を迎え、違いがなくなって同化する。
コレによって世界が増えすぎてパンクしないでいるのだ。
ーーーーーーーー
『ボク、異世界を司ってるだけあってボクの世界は魔法や魔物だけじゃなくて今出したウインドウや、ゲーム的なステータスをも世界の一部にしてみたんだよ…ってあれ?』
「お、おぉー…ん?」
何を…言っているんだか…?
『大丈夫ー?』
「お姉ちゃん…かどうかも怪しいけど、彼女は多分情報に飲み込まれて脳が処理落ちしたんじゃ無いかな。」
『ヤベっ、本題に入らないと。今度こそわかりやすく説明するから、一旦聞いてくれないかな?』
そういう神様に、弟くんが質問する。
「結局この人…彼女には何が起こってるの?」
『うーん…単刀直入に言っちゃうと、お察しの通り元々のキミのお姉ちゃんの人格は彼女の中に残ってない。なんでこんな事が起きたのかは…ゴメン。正直ボクもあんま分かってないんだ。』
「そんな…。」
弟くんが頭を抱える。
というか神様ですらなぜ私がここにいるのか分からないのかよ!
「じゃ、じゃあ本当のお姉ちゃんを返してよ!何処の馬の骨かも分からない人格なんかに、大事なお姉ちゃんを取られてたまるものか!!」
弟くんが叫ぶのが聞こえる。
ふざけるな!私だって好きでこんなところに居るわけじゃないのに!
「私にも教えてくれよ!!どうなってるんだよ!!ねえ!!」
私が何を言おうが、神様は表情ひとつ変えない…いや顔は宿屋の主人だけど…。
『まあ待ってよ。まだ話は終わっていないんだ…。まずさ、君のお姉ちゃんの人格はまだ残っている。』
「本当!?」
『一人の肉体に複数の人格があるのはレアケースなんだ。何故なら、外部から他の人格が肉体に入るとその入ってきた力でそのまま元の人格が追い出されるから…ビリヤードみたいだね!例えばこれはボクが主人を乗っ取る時に弾き出された主人の人格だよ。』
神様の掌の上で何かが光っている。魂ってこんなのなんだ。
『じゃあ、お姉ちゃんの人格はどこへ…?ボクが思うにこれは彼女の人格が元々あったところ…つまり地球っていう世界の彼女と入れ替わっているんだ。』
神様が私を指差し、次に空中に地球の映像を浮かび上がらせる。
『つまりボクが何を言いたいのかっていうとね?アレル君はそうやって考えたり落ち込んだりしてないで、お姉ちゃんを取り戻せば良いと思うんだ。例えどんな結末になっても、そっちの方が人生楽しいよ?』
神様のボクが人生とか言うなんてヘンかな?なんてコツンと頭を叩いてる。
「じゃあ人格の入れ替えくらい神様がやれば良いじゃん…神のくせになんでできないんだよ。」
ちょっと横槍を入れちゃった。でもあながち間違ったこと言ってないと思うんだよね。
しかし神様は当たり前かのようにこう言う。
『神は万能じゃないよ。実はボク、地球を管理する神とは交流があったんだ。なんてったって転生モノみたいに転生者を貰ってたからね。転生者のために頑張って公用語を日本語に改変したんだよ?あれは特に文法が疲れて…って話逸れてたね。」
「繋がりがあるのなら話に行けば良いじゃん!」
『ダメなんだよ。最近は何故か話すらさせてもらえないんだ。ヒドイと思わない?』
「じゃあ人間の僕たちには無理じゃ…。」
『そんなことはないよ。実はただ一人、この世界のいわゆる魔王は地球を管理している神がボクのために作ってくれた存在で、向こうの神と強い繋がりがあるんだ!だから姉弟2人で冒険でもして、魔王を目指してよ。これが目的であって、ゴールみたいなもんさ。』
「う、うん分かったよ。でもなんでこいつと…?」
弟くん。流石にそろそろこいつよわばりやめてもらって良いすか。
『アレルくんさ、お姉ちゃんの中の人格が変わったことに確信を持ったのはいつだい?』
「え、さっき…。」
『そうなんだよ!普通体ってのはそれぞれに使い勝手があるんだ。だから別の人格が一朝一夕で動かせるような代物ではない。でも彼女は完全に動かせてるし、性格面の違和感もほとんどない。これは偶然で片付けて良いものなのかな?』
「…。」
確かに私自身そんなこと考えたこともなかったな。
『彼女とキミのお姉ちゃんは、同じと言っても良いほどの強い運命の絆があるんだよ。彼女のことも、お姉ちゃんと呼んで良いんだよ。』
「まあ…そうなのかも…。」
良いのか弟!?私はこの神様もフツーに疑ってるような人間だ。でもここは弟くんの考えを尊重したいな。
『さあ、挨拶でもしたらどうかな?ちょっとくらい疑問があっても、それは姉弟が今する問題じゃない。』
「…さっきはごめん、よろしくね。お姉ちゃん。」
「こっちも嘘ついてごめん、よろしく。アレル。」
こうして側から見ると仲の良い、でもとても奇妙な姉弟は生まれたのだった。
◇
翌日。
「あ、おはよう!下で朝ごはんできたってさ。僕先行ってるね。」
「…おはよ。」
私が起きると弟くんは着替えを済ませていて、一階へ降りていった。
あいつかなり落ち着いてるな。昨日のこと覚えているのか?と心配になるくらいには。
まあ弟くんが言う通り、朝食ができているようなので、着替えて一階へ向かう。
この服着替えるの難しいくせに、すっごい動きやすい。
結構な量の魔石だの何だのが付いてるのにね。何なら速度上がる。不思議。
そ1階へ降りると弟くんがパンを食べていて、その横で主人さんがパンを運んでいる。
「おはよーございまーす。」
「ああサリアちゃん!おはよ。ちょっと座って待ってて。」
名前覚えられてるー!私は弟のすぐ向かいにすわる。
てか弟くんパンだけ食べてて後は待っててくれたのか。
…ありがと。
待っているとすぐにおばさんが料理の乗ったお盆を運んで来る。
2個同時に。片手で。すげえ。
「おー、美味しそうだねお姉ちゃん?」
「そーだね。」
香りで分かる。良いやつや、これ。
「サラダと、こっちは鳥肉をバターで焼いたやつ。スープは、ウチの裏で育てた芋さ。」
「おー。」
主人が1つ1つ説明してくれる。にしても全部凄いね。
「で、後はこれがルイサちゃんのとこから買ってきたパン…えーっとバゲットと、チーズのパンか。パンだけは朝1で買いに行っててね、ルイサちゃんとこみたいな立派なかまどうちには無いんだもの。」
「ほー。」
確かにパンって大変そうだよね。欧米人はなんでこんなのを主食にしたんだ。
とにかくこんな事考えている暇はない。すぐにでも食べ出そう。
「えーっと、いただきます。っと。」
まずはスープから。
…あー、ポタージュだね。これは。
どうやって作ってるか全くわからないけれど、上の部分が柔らかい泡のような食感がする。スープなのに。
で、下の方がドロっとしていてそこに味が詰め込まれている。
美味しいです。うん。つまるところ美味しいです。
そして次にいただくのがぁー?鶏肉のバッター焼きさあん!
前々からバター焼きは好きだったわけですが、今回鳥ですよ?ちなみに鶏じゃない見た目してますけれどねー。
折角だからこの鳥肉も鑑定してみましょうかー。
ーーーーーーーー
【調理されたドッチョポの肉】ランクD+
ーーーーーーーー
【ドッチョボ】Eランクモンスター
世界中の草原に生息する、小型の鳥の魔物。
足が遅く、跳ぶ能力もあまりない。
あまり好戦的ではないが、たまに馬車に乗ってない旅人を襲ったりする。大体そういう旅人って強いのに。
個体数が割と多く、まるまるとしているためその肉は一般家庭の食事となる。
ーーーーーーーー
単純にいうと、弱くて美味しい鳥ってことね。魔物肉ってのがまたイイよね。なんかすごい、ワクワクする。
さーてじゃあ、食べていくか!
かけられているバターのソースは安定の美味しさなのだが、添えられているちょっと加熱したっぽい葉野菜がこれまたソースの美味しさに食感を付け足してますねー。
で、肝心のお肉が…ほーん。
鴨だな。昔どっかで食ったぞ。
外の端っこのところは鴨とはまた違う脂身になってて、そこにソースが入り込んでいまあす!
お肉のこの繊維が口の中でほぐれる感じと、脂身特有のソースが染み込んだブヨブヨが合わさって…!
食レポだったらここで気の利いた決め台詞でもいうのかもしれないが、正直語彙力は粉砕されてて何も言えねえわ。だけど最後の力を振り絞って美味いとだけ言おうではないか!
シャッキシャキのサラダくんも!玉ねぎっぽいドレッシングも!好き!このドレッシングだけで感じる爽快感よ!
ふう。
さて、落ち着いた。
今までずーっと褒めて来たこのお食事ですが、締めを飾るのはこのパンの皆様です。
パンより先にメインを食べて来たけど、まあとにかくこいつは締めです。
さて、この先にどんな世界が待っているのでしょう?
じゃあ…いただきまーあす!
「あ。」
ちょっと待って。
これはまずい。格が違いすぎる。
これが、堕ちるって奴だろうか。私は今、それを体感した。
「あれ?おねーちゃんどーかした?」
もはや何も外の声が入ってこない。
薬物まがいのものをお肉にぶち込んで売っていた私がひどく小さく感じる。
これは"本当に良いもの"だ。そしてそれを小細工なしで売っている人間がいる。
こんな早く出会えるなんて、思いもしなかった。
「お姉ちゃん…感動してるの?」
ふと自分が涙を流していることに気づいた。
「ルイサちゃんはね、本人はちょっとアレンジしただけの配給パンとか言ってるけど…彼女は本当の天才だよ。」
この興奮は、結局私の中から抜けることはなかった。
それもこの先の私の人生において、一生だ。
まさかパン1つが人生を狂わすなんて、とつくづく思う。
しかし本当に良いものを小細工なしで売るという事は、あの日心に決めた私の目標であり、理想なのだ。
これの作者に一生ついていきたいと、そう強く思った。
◇
それからしばらくして、私たちは昨日話していたエリウルスに行くことになった。
「うん、じゃあ行こっか。」
弟くんが満足そうにお腹をさすりながら、そう言っている。
「そーだね。」
2階から魔道袋を持ってきて、肩にかける。
そして私達は商人ギルドとやらへ向かった。
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