6話:はじめてのたたかい
ボフッというか、ボスっというか、そういう音が聞こえる。
私達は街の外に広がる畑に突き刺さった。
衝撃が吸収されたのは良かったけど…さ。
────────
【アルアド北部実験農場地帯】
分類:地名
港街アルアドの北部に広がる農業地帯。
実験農場のため、普通の作物は育てていない。
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こんな感じで畑だらけみたい。
這い出して、土を払う。
そして受け身の姿勢のまま埋まっている弟を掘り出す。
「ペッペッ…うう…。」
弟くんが土を吐き出す。大丈夫かおめぇ。
「良かった死ななくて…。」
「お姉ちゃん…作戦いい加減すぎるよ…これは逃げ切れた…んだよね?」
「うん、多分ね。じゃあキミの言ってたルースーって都市に…」
バゴンと嫌な音が聞こえた。
「嫌な…予感が…。」
猪さん、門のでっかい扉突き破りましたねー…えええええ!!
何も考えず、反射的に体が逃げ出す。
まあ結構距離はあっt…えちょ!半分くらい距離縮まった!
堀があったんじゃなかったのか!?沈んどけよそのまま!!
あ、【直進突撃】か!使ったろオイ!そして結構ホイホイ使ってやがる!じゃあどうやって逃げろと!
一応猪は元の速さに戻り、連続では使ってこない。
だけど後数十秒くらいでまた使ってきそう!
次きたら猪とぶつかる!
次はさっきみたいに上手くなるとはとても思えねえ!!どうする!?!?
「どうするの!?ぼくたちもうMPすら残ってないよ!?」
「何か…何か手は…!?」
「そうだお姉ちゃん!魔法袋!」
「ああ!なるほど!」
確かにサリアさん、この中に商品を詰めていたはず。
何か…何かないか!?
「どう?何がある?」
脳内に袋などに入っている物の画像がリストみたいに浮かび上がって来た。
「えーっと?ポーションとかクリーム。空瓶、テントみたいなのと地図…まじかこれしかねえ!!武器だの魔道具だの無いの!?」
「そんなん持ってないよ!僕らポーション売りだもん!!」
まあ…それは確かに…。
てなるとこれだけでどうにかしろと!
持ってるポーションとクリームの効果を【鑑定】で確認したけど、微妙に効果は違うものの大体が回復とかだったんですねー。
1つだけ回復系じゃないのがあったんだけど、何とペットに優しいって書かれた除草剤!!!どうしろってんだ!!
「ダメだ。除草剤しかねえ。」
弟くんに除草剤を見せる。
「せめて[ペットに優しい]ってのが無ければ毒として使えたかもしれないのに…。」
「ね。てか何この瓶の形髑髏じゃん!いかにも毒入ってますって見た目の瓶じゃん!でも除草剤!無駄に瓶の形紛らわしくしてるの何なんだよ!」
何かちょっとイライラして来た。
それも後ろで絶賛突進準備中の猪じゃなくて、瓶に対して。
こんなにピンチなのに何話してんだとも、思う。
「他の空き瓶だって無駄に凝ってるよね。さっき飲んだ速くなるのとか。無駄に先端尖ってるの何なんだろう。」
…ん?瓶?先端尖ってる?
「…あ!」
すごい急に猪撃退法を思いついた。
【両替え】大作戦の如く見切り発車だけど、もうこれしか(思いつか)ない!
弟くんに作戦を伝える。
「え!?正気?」
弟くん、すごい大袈裟に驚いたような声をあげるね…。
「だってこのままだと追いつかれちゃうし…。あの柵の辺りで猪が突っ込んでくると思うのよ。」
私たちが今いる道をもう少し行った所に、棒を組んで作った柵が配置されていた。
ま、柵っていうよりかは境界線みたいだけど。柵を飛び越える。
そして後ろを確認した。
────────
【香猪】
状態:テイム(洗脳型)&怒り
HP:254/288
MP:43/57
────────
常にこの3つの情報はみといたほうがいいだろう。
あいつHPとMPが減ってるね。
何でだろう?猪が門の扉を突き破った時の衝撃が猪へのダメージになったとか?
それとMPも減ってるのは…多分突進する時とかにMP消費してるんだろうなー。
そのまま猪の方を見続けてると、唐突にイノシシの走りが止まった。
「おっ、そろそろか?」
猪のMPが3減る…来る!
「突撃くるっぽい。そろそろ行って。」
弟くんに声をかける。…と同時に私達は二手に分かれる。
猪が物凄いスピードで走り始める。
「分かった。まあやりはするけどさ。」
そう言う弟くんの姿は、森の木に隠れて見えなくなる。
2手に分かれたのだけど…弟くんが左にそれる形だから、猪はまっすぐ私の方を追ってくる。
ま、そうだとは思ってた。
むしろ、私の方を追いかけてくれなかったら、どーしようかと思うところだったよ。
さて、猪はもうすぐそこまで来ている。
「せーっ……の!」
ちょっと飛び跳ねて身体の向きを変え、足を使ってブレーキをかける。
「…ちょ!痛い!とても足が痛い!すごい痛い!むっちゃ痛い!」
思わず声が出る。裸足もん!足の皮が剥ける程度だといいな…。
《熟練度が規定値を突破しました。耐性スキル【足元罠耐性1】は【足元罠耐性3】になりました。》
罠…。
魔導袋から回復薬を取り出し、一瞬で飲み干す。
おー。痛みがもう全くない!
飲み干した回復薬の瓶をもう1度確認する。
この瓶は全体的に丸っこいが、蓋も全部ガラスみたいなもので出来ていて、無駄に蓋の部分が尖っている。
よし。この形ならやっぱり大丈夫そうだな。
そうして私は猪の方に尖った蓋を向けて立ちはだかる。
更に体を低くして、瓶を両手でしっかりと持つ。
間髪入れずに猪に向かって走る!
そして思いっきり飛び上がって…
「…ごめんね。」
私は地球の、それも東京のど真ん中で育った。
だから、サリアさんや弟くんとは違って人はもちろんのこと、動物を殺したり攻撃したことなんかない。
流石に肉料理は食べるけどさ。
だから目を閉じ、少し申し訳なく感じながら瓶の尖ったとこを猪に突き刺す。
鈍い音がした後、私の方が軽いからかちょっと後ろへ弾き飛ばされる。
「よいしょっと。」
着地成功っと。猪ともちょっと距離を取れたねー。
────────
【香猪】
状態:テイム(洗脳型)&怒り
HP:153/288
MP:40/57
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半分位残ったか…流石に一撃は無理だよな。
なるべく痛みを感じさせず一瞬で倒してあげたかったけど…。
うわー…顔のど真ん中に突き刺さったよ…自分で言うのも何だけど痛そー。
要するに今のって、『私の今の速さ+猪の速さ+【直進突撃】による加速』っていう物凄い速さで、猪に瓶をぶち当てただけなんだよなー。
ただ速度が異常に速いっていう理由だけで、攻撃力なんて無いに等しいみたいな私が相当なダメージを与えられたんだねー。
言っちゃえばゴリ押しみたいなもんだけど…。
ここで倒せないならプランBだ。
できるだけ時間を稼いで弟くんからの合図を待つ。
と、ここで【直進突撃】の気配を感じ取る。
今度はツノに電気を纏っているね。
顔に近づかせないために、学習してるわけだ。
ま、直進的な攻撃は、横にそれて避けるって決まってるよねー。
さっきみたいに真正面からぶつかるのは異常なのだよ。
てことで、横に飛んで回避してみる。
と、笑っちゃうくらいカクっと猪が曲がって、ピッタリ私の後ろを走ってきた。
突撃でだいぶスピードがでてる状態で、ピッタリ直角に曲がってきてるよ…。
あ、そーいやそんな感じの名前のスキル猪さん持ってたよーな…。
あ、じゃあこっちのスキルも…
私は木の回りをぐるっとまわってみる。
で、後ろを見ると……なるほど私が走ったところをピッタリ走ってきますねー。
そのまま木の周りをぐるぐる回る。
あ、この方法めちゃくちゃ時間稼ぎに有効じゃん。
猪さんは直線的な動きが得意だけどぐるぐるは苦手っぽい。
だから何とか追いつかれずに済む。
と、まあそのままぐるぐるしていると…
「いいよぉーっ!」
聞こえた。合図だ。
準備ができたようです。…じゃ、行きますか。
道まで走る。
そして道を、街から離れる方へ走っていく。
その先に何があるかというと…?吊り橋だ!
そこへまっすぐ行き…渡り始める。
猪さんもそのまま吊り橋へ突撃する。
…皆さんは【ブリッジポテト】と言うものを覚えているだろうか?
そう。この橋は実はイモとそのツルでできている。
そこで除草剤の出番さ!
弟くんにはこいつを橋の渡り始める側の根元に撒いてもらったのさ!!
さらに効果が出るまで時間稼ぎをしてもらったから根っこはボロボロ!
渡り始める側の根っこがすっぽ抜ける。
落ちた!!ってあぶね!
あわててツルにつかまり、後ろを振り返る。
猪さんがなすすべもなく落ちてゆくのが見えた。
その瞬間、猪さんと目が合う。
────────
【香猪】
状態:通常
HP:153/288
MP:29/57
────────
あれ…。
状態:通常…。
私は野生とかけ離れた、都会で育ったが、とあることがきっかけでこの世界は食うか食われるかということも知っている。
だから、自分の身を害そうとする魔物を、殺せないなんてことは言わない。
だけど…さっき見た[洗脳型]と言う文字と今の猪さんの[通常]の文字、それからその目を見ると少し思うことがある。
操られてたただけなんだからこいつ、戦う気はなかったのかなとか。
洗脳っていうくらいだから、魔物にも自我はあるのかな…とか。
べつに私は哲学家でもなんでもないからよく分かんないけどね。
言語化できない、なんとも言えない気持ちにはなるなって。
「…バイバイ。」
それだけの言葉が口から出る頃には猪さんは谷底に落下していた。
「いよっしゃあ!凄いよお姉ちゃん倒せたじゃん!!」
上で隠れていた弟くんが、ツタをつたって降りてくる。
なんか私との温度差を感じると同時に、異世界じゃ日常だからそりゃそうかとも思う。
魔物一匹倒しただけでこんなんなってる主人公なんか、ラノベーでもそうそうお目に描かれないし、私も慣れよ。
「さて…じゃあ移動しよっか?」
そう言ってツタを登ろうとする私に対し、弟くんが珍しく声を荒立てる。
「駄目だよ!ちゃんと素材回収しなきゃ!『商人は持つもの全てが武器になる』って…お父さんの教えだよ!」
あ、そうなんだ…。まあ確かにそうかも。
そのままツタをつたって谷底まで向かう。
「あったー!おおおこれはすごい!!」
谷底に、猪さんは静かに横たわっていた。
リアルドロップアイテムという感じだろうか?
「うわ、結構深いな…これを作って勇者って何もんだよ…。」
猪さんの死体は、そこまで潰れていない。
グロくなくてそこはよかった…さて。
「あれ、何してるの?お姉ちゃん。」
手を合わせてみる。意味があるかはわからないけど、猟師さんとかもするって聞いたことあるから。
それから間も無くして、異世界ラノベで腐るほど見た、レベルアップ・メッセージが頭の中に鳴り響いた。
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