19話:はじめてのだんじょん

「お…ゃん!おね…ちゃ…!お姉ちゃん!」

遠くの方から聞こえきた弟くんの声が、だんだんはっきりしてくる。

「ん…う、うーん…なん…や?」

ん…なんか昨日もこんなやりとりした気がするな…。


「お姉ちゃんってば!起きてよ!荷物まとめないと遅れちゃうよ!」

とかなんとか聞こえるけど…ん…頭が回らない…。

「ん…こういう時…ぁふ…あきらめてねる。ええで…。」

「ふぁ…やっぱそうか…んんおやす…み…。」

「そこ意見一致しないで!!」

さすが眠才。言うことが違う。

「じょーだんじょーだん…冗談だけど…やっぱ一回ねかして…ふぁ…。」

そうほざく私に対し、弟くんはため息をついて私のも含めて準備を始める…マジですまん。

「もうお姉ちゃん歩くだけでいいから!とにかく頑張って起きて!」

「ふぁーい…。」

私は眠い体を何とか動かし、そう答えた。





「…ついたぞ嬢ちゃん。ここはもうダンジョンだ。早く起きてくれ。」

ボルタスさんの声で目が覚めた。

ついたそうです。ダンジョンに。


私達はあれから集合場所まで行くと、そこでは馬車が待っていた。

歩かないで済むなんて気が聞くじゃんって思ってたよ。その馬車が4人乗りだと気付くまではね。

どうも予約したのはクルメさんなのだけれど、自分を数えるのを忘れていたらしい。童話かよ。

ということでギュウギュウに押し込められることになったのだが、己の睡魔には勝てなかった。

結局割とすぐに寝てしまって、今に至る。


「つってもちょっとだけ歩くがな。馬車じゃいけないんだ。」

まだ細い道を歩く必要があるらしい。というわけで行きます。

「全然人いないねー。」

「まだ協会が難易度すら設定してないですからね。『入れ替わり』の前に建設された監視塔だけが残って居ますよ。」

「結局塔にも誰もいないけどねっ!」

恐らく撤退してるんだろーな。


おそらく普段は店が並ぶであろう小道を抜けると、扉だかバリケードだかよくわからんものが見るも無惨に破壊されている洞穴が見えてきた。 

「あそこですね。あー、壊されてる。休眠期に凶暴化したのが壊したかもしれませんね。」


「この感じだともう結構外に出てるねっ!なんなら後ろにいるかもよーっ?」

怖いこと言うじゃん…。え、ほんとにいないよね?

で、私たちはおそらく扉があったたであろう入り口の前に立った。


「さて、行くぞ。ちなみにこれは攻略の安全を祈る意味もあるらしい。一応やるぜ。」

ボルタスさんはそう言って取り出したおそらくこのダンジョンの鍵を、扉があったであろう場所に近づけ、落ちていた巨大南京錠(たぶん扉を閉じてた)を外す。

そしてボルタスさんを先頭にし、私たちは中へ入った。





少し進んだところでボルタスさんがこんなことを言い出す。

「あ、ボウズ…ああ、アレルって言ったかな?君にも戦ってほしいんだ。その為に短剣もあげたんだしな。」

「は、はい!」

弟くんは別に戦闘要員でもなんでもないんだけどね。まあ良いけど。


「使い方は…ああ、ちょうどあそこにいるじゃないか。」

ボルタスさんは私が渡した懐中電灯みたいな光る魔石を向ける。

その先には…これはゴブリンさんだねー。


────────

【ゴブリン】

E+ランクモンスター

小柄な人形のどこにでもいる魔物。

よく知能が低いと説明されるが、よく考えてほしい。

彼らには言語があり、文化があり、道具を作って使いこなすのだ。

舐めたら死ぬ。マジで。

────────


あ…どうも。

よくラノベーとかでお世話になっております。


「お前の短剣…というかナイフは一本しかないから、一発で倒せないなら投げることはできない。かといって、正面から刺しに行ってもリーチの差で確実に負ける。」

「そうですよね…だから有効なのは不意打ち…。」

「よく知ってるじゃねえか。ダラダラ説明しないで済んで助かるよ。不意打ちが有効だ。だけど人間ならともかく魔物は勘が鋭いし、一撃で倒せるかもわからない。そこで俺が考えたのは速度でのゴリ押しだ。貸してみ。」


弟くんからナイフを受け取ったボルタスさんは、独特のフォームでナイフを構える。

(なるべく息を吐かないように…音を出さないように…喋るのもやめるぞ。)

小声でそう言いながらギリギリまで近づいていく。そして。

「セイッ!」

一瞬で距離を詰め、ナイフでひと刺し。

ゴブリンは砕け散った。

あの巨体から、どうしてあの速度が出るのか…なぜ刺しただけで砕け散るのか…謎だ。

「…と、ざっとこんなもんだ。簡単だから真似してみろ。」

いや、無理だろ。


「ふむ、敵はあまり強くありませんね。まあゴブリン一匹でこのダンジョンのレベルを決めるのはよく無いですが。」

「すっごーい!」

セルスさんが冷静に分析し、クルメさんがはしゃいでる。

「まあ、ざっとこんなものだ。安心しろお前もすぐになれるさ。先に進もう。」





それから数時間…いや地下なので時間はわからないが、私達は最下層へと到達した。

最下層はとても狭く、私たちが降りてきた階段とおそらくボス部屋に繋がる大扉だけがある。

「よし、開けるぞ。」

ボルタスさんが扉を押すと、鈍い音を立てながらゆっくりと扉が開いてゆく。

これがボスの部屋か…なんか随分暗いな。


「さて、こっから先にボスがいるんだが…ボスってのはサシで殴り合いたいのか俺らが中に入ると扉を閉めちまうんだ。」

「つまり逃げられないってことっ!めっちゃ危ないんだよーっ?」

「だから閉扉妨害ジャッキってのを使うんだ。お姉ちゃん、ジャッキ出して。」

ジャッキね。そういえば魔導袋に入れてたな。

「えーっと…これ?」

黒いジャッキを取り出す。

金属の棒が複雑に組まれていて…そうだパンタグラフだ。パンタグラフに似ている。

「お姉ちゃんそれちっちゃいよ。扉を閉める力ってだいぶ強いんだよ?」

似てるのいっぱい買っちゃったからな…

「ボス部屋用は菱形のスペースを人が通れるくらいのサイズですね。魔石が入ってるのもあります。」

二人が交互に教えてくれる。

なんだ。じゃあ最初からそう言ってくれればいいの…に…ん?

その時だった。


地響きがする。地面が揺れている…地震!?

「お、お姉ちゃん!地震だよ!!うわああああああやばいよどうしよう助けて!!」

弟くんが飛びついてくる…そうか、弟くんは身も心もオース国出身。

つまり地震が少ないオーストラリアで育ったから、慣れてないってわけだ。

それに比べて流石は異世界でも日本は地震大国なだけはある。他のみんなは落ち着いてるねー。

「大丈夫大丈夫。この辺じゃ珍しくなくてすぐ終わる…はず…」

いや、この感覚…マズい気が…。

「ちょっと待って!部屋が!ダンジョンが傾いているよっ!」

「そんなバカな!洞窟だぞ!?」

しかし実際に洞窟は崩れ、傾いていく。

そして下の方ではボス部屋の入り口が獲物を待つかのように開いている。

「こんな大きいの滅多にないぞ!?おいまずい!逃げろ!」

ボルタスさんが叫ぶが、手遅れだった。


私達はついにつかまって立っている事すらままならなくなり、ついには転んでしまう。

「「「「「うわあああああぁぁあ!!」」」」」

そのまま坂を転がり落ちるかのように暗闇の中へと吸い込まれていく。

ジャッキの無い扉が音を立てて閉まる。閉じ込められた!


「おい嬢ちゃん!明かりどうした!?消えてるぞ!?」

「明かり!?えっあ、ついてます!ちゃんと光ってますよー!?」

すぐ近くに落ちていた光る魔石を拾い、周囲を照らす。

皆んなの姿…だけが光で照らされる。

周囲は暗いままだ。ちゃんと明かりはあるのに。


「明るいのに…暗いっ!?何これ気持ち悪っ!」

「壁が見えない…いや、むしろ壁なんかないのか?」

「ふむ…そういえば聖書にはとある場所で聖者達がこの世界と平行に存在する外部空間を観測したとあります…眉唾ものですが。」

「ええここ異空間ってことっ!?」

「いやいや俺はちゃんと壁に触れているぞ。この壁見た目はツルツルなんだが触れた感触はゴツゴツだ。気味悪ぃ。」

「ちょっとまってください!異空間!?お姉ちゃん!異空間と異世界って同じ様なものだと思わない!?…あれ?お姉ちゃん!?」


皆んながあれこれ言い合う中、私はそれらに一切反応しない。

この時私の頭は高速回転していた。

元々頭は良い方じゃない。

だけど地球にいた時の一般常識とか、あと謎の雑学はこの頭に詰め込まれてるんですよねー。

だから何か、何かこの知識達が通用する物があると思ったんだ。


そして、突然私は理解した。


ここで突然始まる新コーナー!お姉ちゃんのドキドキ授業!!パート1!!

私達は普段、光源から発せられた光が物に当たって反射し、目に届くことで物を見ているんだ!

白色光の中から、赤い光以外を吸収するリンゴは赤く見えー?

あまり光の届かない部分は影となってー、黒っぽく暗く見える…小学生の頃理科でやるよね?

じゃあ、完全に光を吸収する300色の中から選ばれし黒色の中の黒色で、全てを統一するとどうなる?

そう!そこの君正解だ!(?)

光を反射しないんだから目にとっては元々光がないのと同じこと!

凹凸もわからないし何があるかもわからない!

なんでこんなん思い出したかって?地球にもそーゆー色の塗料があったんだよ。

確か漢字で…いや、カタカナだっけかな?えーっとベント…いやペント…


その時、低い咆哮のようなものが響き部屋が大きく揺れた。

黒いのは壁だけとは誰も言っていない。そして、同じ色なら、何があっても、分からない!!

それは最初からちゃんとそこにいた。


存在がわかった瞬間、それまではなかった圧倒的存在感に押しつぶされそうになる。

何かが動いていいる。そしてその輪郭が仄かに紫色に光る。

輪郭がわかって初めて私たちはそれを完全に認識できた。

…巨大な龍の『シルエット』が目の前で起き上がった。

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